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どうせみんな死ぬ。  作者: さくらもーふ
第二章 ~溺れる日記~
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2-15 海辺の静寂

 彼は海沿いの町で育ったそうだが、なんでも、食べるものすら、ろくにないほどに困窮していた時期があるらしい。その上、足も満足に使えないとあって、よく魚を釣り、それを捌いて食べていたとか。


 そうして、黙々と進めていくあかりだが、生きるために身につけた技術とあっては、さすがに、手際がいい。


 普段は悪いところばかりが目立つが、こうして、魚を捌いている、真剣な横顔と、捲られた袖から覗く、程よく鍛え上げられた腕を見ていると──、


「惚れ直した?」

「……別に。魚を見ていただけです」

「はいはい。そういうのは、二人きりのときにやって」


 まながいることを思い出し、意識を現実に引き戻す。つい、見とれてしまっていた。恥ずかしい。


「……それにしても、飽きてきたわね。あかりには悪いけれど」

「ま、だよね。魚捌いてるだけだし。それじゃあ……この後どうする?」

「何か、別の依頼を受けてもいいんじゃないかしら」

「えー。せっかく来たのに」


 私が珍しい口調で不満を表すと、二人はそろって苦笑する。


 同じ都市内とはいえ、学園のある西側と、海のある東側では様相も大きく異なり、距離もかなり離れている。実は、ここまで来るのに、ギルド指定の深夜バスで数時間かかっている。その間は寝ることができたのだが、帰りは電車とバスを乗り継いで行くので、乗り過ごすことを考えると、おちおち、寝てもいられない。


 ──とはいえ、私は吐き気と酔いのダブルアタックで寝る暇もなかったのだが。普段は乗り物酔いなどしないのだが、体調が悪いからだろうか。あれは辛かった。それこそ、歩けないくらいに。まあ、あかりの前だったので、平然を装いはしたが、足が悲鳴を上げていた。


「ゴールスファさんはどうしたいわけ?」

「んー、食べ歩き?」


 まなに問いかけられて、私はそう答える。あざといと言われようが、可愛い子ぶっていると言われようが、今はとにかく、甘えたい気分なのだ。


「あんたのお姫様はこう言ってるけど?」

アイちゃんがそう言うなら、僕はそれでいいけど。まなちゃんは?」

「まあ、今日くらいは付き合ってあげてもいいわよ」

「クレイアさん、大好きーっ」

「ちょっ……!」


 ぎゅっと抱きつくと、まなは照れたように硬直した。その可愛い反応を腕の中で堪能する。好き。


 ──そうしながらも、私は遠く離れた気配に意識を集中させる。


 最初の違和感。どう考えても、人が少なすぎる。海岸沿いにすら人がいない。この辺りは観光名所のはずだ。戦渦に巻き込まれたとはいえ、この辺りの内乱はすでに収まっている。調査も終わり、仕掛けや罠がないことも確認済みのはずだ。


 それに、いくら朝が寒いと言っても、釣り好きにとってはそれが普通だし、人が少ない朝を狙って観光にくる人もいるだろう。その上、今日は土曜日。子どもたちが遊びに来ていてもおかしくはない。


 あかりも異変には気がついているようで、手を動かしながらも気配に集中している様子だ。気づいていないのは、まなだけだろう。


「ちょっと、そろそろ、離しなさいよ……っ」


 人払いを済ませたということは、おそらく、敵の狙いは結界だ。結界は、魔法陣を使って発動させる大魔法だが、その内外で私たちとまなを分断するのが目的だろう。


 結界にも種類があるが、たいていの場合、その効果は二つ。相手の魔力、身体能力を低下させる効果。そして、時空をずらし、内外の認識を阻害する効果だ。


 つまり、隔てられれば、位相が同じであったとしても、触れることも、視認することもできなくなる。解除するには基本的に、結界を内側から破るか、術者を倒すしかない。


 そう考えると、今、まなを離すわけにはいかない。本人に警戒心がないのは、初日の段階で秘密裏に対処してしまった私たちにも責任があるのかもしれないが。


 しかし、義理堅い彼女に、あまり恩を感じさせたくはない。


 敵の数は三。いずれも手練れ。体調不良の私だけでは、対処しきれない可能性が高い。あかりにしても、一人で戦わせるとなると、不安が残る。


「……どうかしたの?」


 勘の鋭い彼女を誤魔化しきるのは、やはり、難しい。となれば、対策を講じる必要がある。私は気を引き締め、まなに問いかける。


「クレイアさん、睡眠導入剤のようなものは持ってますか? カツオを捌くのに使いたいので、魔力がない相手にも使えるものがいいんですが」

「ええ、持ってるわよ」

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