2-14 釣れた!
「あ、釣れました」
「秒で終わったわね……」
「え、僕、エサすらつけれてないんだけど」
エサもつけずに、試しに竿を垂らしてみたら、釣れてしまった。私の運の良さは今に始まったことではなく、トンビアイスの当たりも、もう一本食べたい、と願えば、わりと、いつでも引けるくらいだ。最近は節約のために当たりを引くことが多い。
そうして、体を揺らし、針から逃れようとするシーティリアを、素手で掴み、バケツに入れて泳がせる。
「釣ったシーティリアって、どうするんだっけ?」
「あとは、ギルドに持って行くだけですね。もしくは、ここで討伐して、ギルドで確認してもらうかのどちらかです。ギルドに持って行けば、水族館で展示されるのではないかと思います」
「じゃあ、実質、依頼達成みたいなもんだね」
「ええ、そういうことになります」
──静寂を打ち消すように、波がさざめく。すると、燃焼不足そうなあかりが口を開いた。
「でもさ、シーティリアってモンスターだよね? 何か危険とか、そういうことはないの?」
「産卵時に非常に強く放電するので、最悪の場合、海の生物が全滅する、ということくらいですね。とはいえ、それは最悪の想定なので、実際は数匹が巻き込まれる程度でしょうが」
「え、それだけ? いや、それも怖いけど」
「そうですね。シーバス──スズキに類似していて、増えすぎると在来種との繁殖競争、要は、元々ルスファ海に住んでいる魚の数が、大きく減ってしまう可能性があるというくらいですね。子どもがモンスターになるという点も問題視されてはいますが、産卵期は一月頃なので、今すぐに対処する必要はないかと。だからこうして、ギルドに依頼が出されているのでしょうね」
「ほうほう、よく分かんないけど、じゃあ、なんでこんなに報酬もらえるの?」
「これでも一応、知能のあるモンスターですから。釣り上げることだけは、大変難しいとされています。その上、一匹でも残したら大変なことになりますから」
「へえ、ほんとに? 一瞬で釣ってたけど」
疑いたくなる気持ちは分かるが、それが事実だ。
「あたしも何度か受けたことがあるけれど、一ヶ月あっても釣れないなんて、よくある話よ。繁殖期が近づいてきてもまだ釣れてないときは、冒険者に一斉召集がかかって、報酬も底上げされるから、みんな海に殺到するのよ。巷じゃ、シーティリア祭なんて呼ばれてたわね」
やけに詳しいな、と思う。いつから彼女が魔王に追われているのかは知らないが、その間はこうして、冒険者として生きてきたのかもしれない。
何をして追われているのかは知らないし、魔法が使えない彼女がどれほど苦労してきたかも、想像することしかできないが、大変だったのだろう。
──こうやって、彼女のことを考えるフリをすることで、罪悪感を誤魔化す。
「それでも釣れなかったらどうするの?」
「そこまでいけば、だいたい釣れると思うけれど、考えたこともなかったわね。ゴールスファさんは知ってる?」
「はい。もし、産卵のため外海の方に向かってしまい、釣りにくくなった場合、産卵前に私が捕獲することになっていました。今となっては、王女でもない私に頼むわけにもいかないでしょうけどね」
そう言って、再び、エサもつけずに竿を振ると、竿が大きくしなった。──ルアーを回し、魚の動きに合わせて竿を倒せば、どうやら弱っていたらしく、すぐに釣れた。
「あかりさん、網をお願いします」
「……愛ちゃんって、やっぱりすごいんだねえ」
「相変わらず、王女使いの荒い国ね」
そうして、釣り上げると巨大なカツオ──それも、旬の初ガツオが現れた。バケツには入らなそうだったので、シーティリアとともに、無限収納にいれておく。
「……は? 待ちなさい、カツオがこんなところで釣れるわけないでしょ? 船で沖まで出て釣るものなんだから。それも、こんな大きいの──」
「たまたま、泳ぎ疲れて浅瀬に流れ着いたみたいですね」
「よっ、さすが愛ちゃん!」
はしゃぎながら、下手な拍手をするあかりとは対照的に、まなは受け入れがたい現実に半ば放心し、しばらくしてから、諦めたようにため息をついた。
「食べる? 食べちゃう? 食べるなら捌くけど」
「そうですね。食べちゃいましょうか」
「へえ。あかりって、魚捌けるのね」
「まあねえ」




