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どうせみんな死ぬ。  作者: さくらもーふ
第二章 ~溺れる日記~
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2-10 ゾンビ?

 金銭面で苦労しているからといって、先日のカルカルのように、報酬のいい依頼が都合よくあるわけではない。


 難易度が高くても、私たちにしか達成できないほどの依頼はそうそう転がっているものではなく、本業の冒険者たちに取られてしまうことも、しばしば起こりうる。登校前に確認していても、下校する頃には解消されている、なんて話はこの数日だけでも、頻繁にあった。


 レイから聞いた話によると、依頼は人の少ない平日に発生することが多いそうだ。それは、人が少ないとモンスターの動きが活発になるからであり、その分、アルバイト感覚の冒険者まで現れる休日には、依頼が少なくなる。


 当然、学生の立場でそうそう、いい依頼など受けられるはずもなく、難易度の高いものに挑むか、それすら全部解決してしまったときには、それこそ、雑草を抜くくらいしかやることがなかった。とはいえ、ランクはみるみるうちに上がっていき、難易度を選ばず依頼を受けられるようになるまでには、あっという間だったが。


 一つ、幸いなのは、レイのおかげで、それなりの依頼を横流ししてもらえることだ。平日に発生した依頼の一部を掲示せず、そのままこちらに回してくれると約束してくれた。なんともありがたい話だ。ここまで来てレイに甘えてしまうというのも、情けない話だが。


「何か、気になる依頼でもありましたか?」


 まなは、「ええ」と肯定の意を示して、ギルドで印刷してもらったらしき紙を差し出す。そこには、「ゾンビ退治」と書かれていた。


「この依頼、ずいぶん前からあるわよね。なんで、誰も受けないのかしら? 報酬も難易度もそんなに悪くないと思うんだけど」

「──精神的嫌悪の度合いで言ったら、これを上回るものはないかと」

「精神的嫌悪……気持ち悪いとか、そういう話?」

「はい。あれと戦うくらいなら、便器に顔を突っ込んだ方がまだましです」

「とてもお姫様とは思えない発言ね……」


 元々、こちらが素だというだけで、私は決して清楚な姫ではない。人目があるからこそ、常に見られているという意識を持って生活しているだけだ。


「ゾンビ──つまり、死体に魂が入り込み、動くようになったものの総称ですが、ここ最近、多く報告されていますね」

「へえ、説明ありがと。でも、なんで多いのかしら?」


 二十年ほど前までは、世界全体で見ても、せいぜい、月に一、二体程度しか発生しなかったそうだが、ここ十五年の間にその数は急増し、現在では、どこの国でも問題視されるようになってきた。現在のルスファでは、月に千は下らない数のゾンビが発生している。


「原因究明が急がれるところではありますが、そもそもゾンビとは、その起源からして正確な情報が何一つない存在なので、考えようがないんです」

「じゃあ、死体に魂が入ったっていうのは、どこから来たの?」

「それは、大賢者がそう公言しているので、間違いないかと」

「大賢者? ああ、れなのことね」


 思い出したように確認するまなに、首肯する。まなはおそらく、王都でれなと顔を合わせたのだろう。おおかた、彼女は自分が、まなの姉であることは伏せたのだろうが、ともかく、世界を見通す存在である彼女の発言に嘘偽りなど、あろうはずもない。


 となれば、この世には肉体とは独立した、魂、というものがごく普通に存在し、それらが悪さを起こすことも、あり得ない話ではないのだろう。


 加えてれなは、そういうものが「見える」体質らしい。私は霊的なものとはまったく無縁の生活をしてきたが、まなもおそらく「見える」のだろう。病院で酷く怖がっていた姿を、よく覚えている。


「じゃあ、れなに聞けば原因が分かるんじゃない?」

「しかし、彼女が公言していないということは、今はまだ、そのときではないとも考えられます」

「単に忘れてるだけかもしれないわよ。あれで以外と適当だから」

「……さすがに、こんなに大事なことを、忘れてはいないだろうと思いたいところですが」


 彼女への絶大な信頼はあるが、彼女でも、お酒の入ったチョコレートを取り除くのを忘れることはある。あるいは、あれは故意だったのかもしれないが、それはともかく。


「とはいえ、彼女もあれで、暇ではありませんから。直接尋ねるのは難しいかと。あるいは──」


 妹であるまなの求めになら応じる可能性は否定しきれないが、それに頼るには、まなに一から説明しなければならなくなる。それでは、れなとの約束を破ることになってしまう。


 だから、言葉の続きを待つまなに、私は、なんでもない、と首を振った。


「そう? まあ、とにかく、今週末はゾンビ退治で決まりね」

「なんでですか!?」

「汚いくらい、生きるためならどうってことないわ」

「……その言葉、今に後悔しますよ」

「お金がもらえるなら、便器でも下水でも構わないわ。手洗い場の水だって、いっそ水溜まりですら啜るわよ」

「そんなに困窮しているんですか?」


 ちょうど話の流れが回ってきたので、それとなく、奨学金に関わる話を聞いてみる。


「ええ。色々あって、頼る人がいないの。最近は貯金を切り崩してる状態ね。だから、この間の臨時収入は助かったわ。ありがとう」

「いえ、私たちはパーティーですから、気にすることはありません。でも、そうなんですね……」


 今となっては、私も同じような状態だが、彼女の平然とした態度には驚かされる。私はうじうじと、いつまでも、どうにもならないことを考えてしまい、不安で仕方がないというのに。


「クレイアさんは、強いですね」

「あんたは弱いの?」

「弱いですよ。私以上に弱い人なんて、きっといません」


 私と同じ立場にあったとして、国を捨てるような愚か者はいないだろう。もちろん、彼のことがあって、こちらを選んだというのは嘘ではない。


 ただ、期待されることへの重圧に耐えきれなかったというのが、なかったわけではないのだ。私の言葉一つで変わってしまう世界が、恐ろしかった。初めてのことでも、なんでもできてしまう自分は、気味が悪かった。


 私に懇意にしてくれるその理由が、私の才能や地位に向けられたものなのか、私の取り繕った性格のおかげなのか、生まれながらにして愛される運命にあるだけなのか。だとすれば、神に見捨てられたら、その時点で終わりではないのか。私は何でも持っているが、それをいつ失うかは分からない。


 それが怖い。


 そうして、私は、欲に流された。一時の感情に。これだけのものを与えられていながら、本当に、どうしようもない──。


 すると、頭に小さい手が添えられて、ゆっくりと、慣れない調子で頭を撫で始めた。


「まあ、大丈夫よ。たいていのことは、意外と何とかなるものだから」

「まなさん……」

「あたしはクレイアよ。誰がどうやってつけたかも分からない名前より、出自が分かる苗字で呼ばれた方がしっくり来るわ」

「それでも、私は、まなさんと呼ばせてほしいです。無理に、とは言いませんが。──それから、ゾンビだけは絶対にないです」

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