表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうせみんな死ぬ。  作者: さくらもーふ
第二章 ~溺れる日記~
273/350

2-8 気持ち悪い

 ──気持ち悪い。


「うえ……」


 昨日の晩御飯をトイレに戻した。今朝は食欲もあまりない。必死に原因を考えていたが、何しろ、吐いたのは人生で初めてなので、分かりようもない。


 そうして、分かりようもないことを考えながら、蛇口をひねり、お湯を出す。この宿舎は基本的に、すべてのものが、魔法がなくても使用可能だ。つまり、科学が発達している。


 ──実は、吐き気が酷くて、昨日は風呂にも入らず、早めに寝てしまったのだ。そのため、今日は優雅に朝風呂と洒落込んでいた。早起きは苦手だが、今朝は吐き気で目が覚めた。最悪の気分だ。


 シャワーを全身に浴びていると、不思議と不快感も洗い流されていくような気がする。シャンプーとリンスとボディーソープの匂いが、心地いい。いつもと違う香りなので、どうやら、間違えて買ってきてしまったようだが、これはこれで好きだ。


 他に、今までと変わったこと、と言えば、まなのことだ。まなに対して、何の感情も抱かず、それでも今までと同じように──あるいは、今までよりも懇意に接している。そんな自分が気持ち悪くて仕方ない。


 となれば、原因はストレスだろうか。


 風呂から上がり、机の上の体温計を見て、忘れていたと、体温を計る。検温は癖で毎日しているが、少しだけ、体温が高い。起きてから少し経ったことを考慮しても、やや高めだ。


 いよいよ、本当に心の病かもしれない。生まれてこの方、一度も熱など出したことがなかったのだが。ともあれ、この私に限って、風邪など引くはずもないが、さっさと頭を乾かしてしまおう。


 そうして、他の部屋への騒音の被害を考え、魔法で乾かすことにする。ただ、魔法で乾かすのは、相当な技術が必要になる上、一歩誤れば髪が全焼してしまうため、普通はやらない。あかりはよく、一瞬で乾かしているが、あれは天才的な魔法の技術あってのことだ。


 私はそんな無駄な技術は洗練していないため、微風で地道に乾かしながら、考え事にふける。


「……ここ最近、色々ありましたからね」


 そう。何も、まなに限ったことではない。今までぬくぬくと育ってきたあの環境を手放したのだ。それは、自分が思う以上に、大きい存在だったのだろう。


「でも、休むと後が面倒──いえ。そんな世話を焼いてくれる人もいないんでしたね」


 昔だったら、私が熱を出したなんてことになれば、それはもう、大変なことになっていただろう。気を使われて、逆に休まらなかったかもしれない。新種の感染症だ、なんて言い出す輩もいただろう。父がそれで亡くなっているから尚更だ。


「……誰かが亡くなっても、もう、弔いにも行けないんですよね」


 きっと、こうした悩みの蓄積で、精神に大きな負担がかかっているのだろう。こんな脆弱な精神力で女王になっていたらと思うと、ぞっとする。と同時に、私も人間だったのだと、やけにしみじみと感じた。


「甘えている暇はありませんね」


 そうして私は、隣の部屋でまだ眠っているであろう彼を思い、乾いた髪を櫛で梳かしながら、たまには、弁当でも作ってやるかと考えるのだった。


***


 三人で登校する途中、私はトンビアイスを買って、無限収納にしまった。値は張るが、完全食であり、なにより、今のところは、美味しい。今日の昼食だ。


 ──弁当? 何の話かさっぱり。


「僕、ちょっと席外すね」


 あかりができもしないウインクをしてきて、不細工になっていた。彼はこうして、平日はほぼ毎日、まなの件で魔王と連絡を取り合っているらしい。


 私は魔法で収納しておいたトンビアイスを取り出して、開封し、口に入れる。


「大丈夫?」


 まなにそう声をかけられ、私は内心、動揺する。しかし、それを内心だけで抑える。


「何の話ですか?」

「あんた、体調悪いのに、無理して来たでしょ」

「そうですか? 顔色も普通だと思いますが」


 鏡で見たら、相当酷い様子だったので、魔法と化粧で細工してきた。見た目はいつもと変わらないはずだ。


「どこがよ。まあ、みんな気づかないところからして、おおかた、魔法でも使ってるんでしょうけど、あたしに効かないってこと、忘れてない?」

「あ……」


 ──迂闊だった。いや、いつもならこんな失態は演じない。どうやら、心の傷は相当に深いらしい。


 元々、大した失敗も挫折も味わったことがない私の精神力が、強いわけがない。だから、後先考えず、愛に溺れて国を捨てるような選択を平気でするのだ。


「はあ……」

「あんたがため息なんて、珍しいわね。いつもニコニコしてるイメージだったから。何かあったなら聞くけど?」


 まなの言う笑顔は染みついているだけであって、内心を正確に表しているわけではないが、今はそんな笑顔を浮かべる余裕もない。


「──クレイアさんは、お優しいんですね」

「なんでか知らないけど、すごく嫌味に聞こえるわね……」


 こうして突き放しておかないと、また、体調が悪くなりそう──いや、すでに、吐き気が込み上げてきた。


「……気持ち悪い」

「え?」


 私はまなに事情を説明する暇もなく、トイレに駆け込み、食べたばかりのトンビアイスを戻した。本当に、私はどうにかなってしまったのだろうか。悪いことをした、その罰なのだろうか。


 そのとき、背中がさすられる感触があった。見なくとも、その手が誰のものであるかは分かる。そして、その温かさに私は深い安心感を覚えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ