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どうせみんな死ぬ。  作者: さくらもーふ
第二章 ~溺れる日記~
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0-7

「どうして、見ず知らずの土地のために、違う世界の方たちが、傷つかなければならないの!? 友人を、恋人を、家族を、財産を、仕事を、故郷を、思い出を捨てさせてまで、どうして、命を危険に晒さなければならないの!? どうして、私は、勇者になれないの!? どうして、どうして、どうして……っ!」


 こんなに弱い姿は、この場所でしか見せられない。息苦しさの中では、泣くことすらも自由にできない。私には、国民を安心させ、笑顔を守り、信頼される義務がある。


 だから、どんなに辛くても、決して、人前にそれを出すことはできない。これほど恵まれた環境にいるのに、さらに切望し、欲張り、世の中を嘆くことなど、誰の前でだって、できるはずがない。そうすればきっと、誰かを困らせる。私の願いを叶えようと、大勢が動く。私が望んでいなくても。


「……人を殺すほどの罪を背負ってでも、元の世界に戻りたいと。そう、願わせると分かっていて、どうして、勇者を、呼ばなければ、ならないの……っ!」


 人々に愛され、頼られ、必要とされる私は、天秤の上で、ある意味で、世界よりも重みを持つ。だが、本当は、命の重さに違いなどないはずなのだ。


 それでも、誰にも事情を話せない以上、私がテルムたちを守ることはできない。話せば、テルムの首が飛ぶ。私が誰にも内緒で、直接助けるとなれば、魔の国の住民を皆殺しにするか、付きっきりで彼らを守るか。どちらも、不可能だ。


 テルムは、自分の首と引き換えにでも、家族を守りたいとは言い出さなかった。ならば、私はそれを尊重する。罪のない人間が死ぬことになるとしても、私の話を聞いてくれた彼が、それを望むのだから。私が、勝手な同情で、私情で、主観で、彼の生死を決めるわけにはいかない。


「本当に、お姫ちゃんは優しいねえ」

「優しく、ない、です。全く。だって、口先でこんなことを言いながら、数分後には勇者を召喚しようと、それに──」


 彼女に抱きしめられ、私は言葉を詰まらせる。そして、


「頑張ったね、お姫ちゃん。その決意を、あたしは誇らしく思うよ。友人としてね」


 これでいいのだと、彼女はそう思わせてくれた。この選択が正しいかどうか、その答えはきっと、出ない。それでも、私がどれほど悩んで決意したのか、彼女だけは知ってくれている。本当に、私は幸せだ。


「一つ、助言をしよう。お姫ちゃんがどれだけ悲しんでも、それは、お姫ちゃんにしか分からない。だから、伝わるように行動しなきゃ。思い出も、人間関係も、居場所も、財産も、この世界で作っていけばいいんだからさ、ね?」


 ──そう。私にはこれ以上、立ち止まっている暇などない。儀式を成功させ、勇者を召喚し、世界を救ってもらわなければならないのだ。


 私は彼女から離れ、手袋と指輪を外し、涙を手の甲で雑に拭う。まだ、苦しさは残っていたけれど、それを全部、吐き出す時間は残されていない。すぐに、手袋と指輪をつけ直す。


「さて、お姫ちゃん。そのお顔、どうするつもり?」

「大丈夫です。これしきのことで、私の美貌は崩れません。──ませんが、魔法で何とかします」

「でも、時間は? あと、少ししかないよ?」


 時間に関しては、どうしようもない。最悪、レイが暇を与えられてしまうかもしれない。急いで戻らねば。しかし、国民を無視して走るわけにも──、


「実はここに、お城に繋がる地下道がありまーす!」

「隠し扉?」

「お姫ちゃんから奪ったお金で作りましたー! いえーい!」


 簡素な石造りの壁が、回転扉になっていようなどと、一体、誰が思うだろうか。さすがの私でも、その可能性は考えていなかった。


「勝手に……」

「ほら、走って走って!」


 彼女に続き、私は薄暗い地下道を駆け抜ける。一体、彼女は、いつからこうなることを見越して、こんなものを作っていたのだろう。


「うん、なんとか間に合いそうだね!」

「それより、どこまでついてくるおつもりですか?」


 城に招かれていないものを、城内に入れるわけにはいかない。加えて、一本道なので、間違えようがなく、ついてくる必要がない。


「あれ? 言ってなかったっけ? ──あたし、結構偉い人なんだよ?」


 辺りが明るくなり始めると、彼女が珍しく整った格好をしていることが分かった。フードのせいで台無しだが。


 階段を上がり、上に開く扉をくぐると、そこは、私の部屋の床だった。


「いつの間に床下にこんなものが……」

「うん、間に合った。よし、行こう──って、うわあっ!?」


 歩きかけた彼女が、使用人たちに身柄を捕らえられる。予想通りの光景だ。

「ち、違う違う! 怪しい者じゃないって! あたしだよ、あたし!」


 すると、彼女はフードを取り、緑髪と赤い瞳を衆目に晒した。なかなかに整った顔立ちだと見とれていると、


「床下に通路を作るなと、あれほど言いましたよね?」


 レイが不気味な笑みを浮かべて、彼女に迫った。二人は知り合いなのだろうか。しかも、そんなにピンポイントで注意されるほど、問題行動ばかり起こしているのだろうか、この人は。


「えー、間に合ったんだからいいじゃん。それにそれにー、この子の部屋を一階にしない方がいいよって、前に言ったしー?」

「地下牢に行きたいのですか?」

「えー、やだ。あそこつまんないもーん」


 どうやら、前科があるらしい。本当にこんなのに頼ってよかったのだろうかと、少しだけ不安になった。

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