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どうせみんな死ぬ。  作者: さくらもーふ
第二章 ~溺れる日記~
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0-6

 ──知っていることと、受け入れることとの間には、大きな溝がある。


 私は自分が席を立つことができないことに、気がついていた。魔法で動きを封じられているのだ。


「テルム様。別々に帰りましょう」

「どうしてだい?」

「あなたのような人に、私は道を踏み外してほしくない。それだけです」

「君は、どこまでも、優しい。きっと、いい女王になるだろうね──」


 瞬間、振り下ろされたハンマーを、座ったまま、素手で受け止め、掴む。勇者の力と魔力で向かってこられては、さすがの私も──、


「やはり、これでも駄目か」


 手の骨は砕け、地面にはヒビが入っているが、それで駄目だというのなら、そうなのだろう。


「あなたに、私を殺すことはできません。それから、私は優しくありませんよ」


 骨を魔法で再生させ、私は掴んでいたハンマーを、素手で粉砕する。勇者ごときに、私が負けるはずがない。世界で一番強いのだから。


「元の世界に戻る方法は、存在しません。この世界の人間は、別の世界に行くことなどできない」

「君を殺せば、元の世界に戻してやる。そう言われてねぇ。もちろん、知っているさ、そんなのは嘘だって。──ただ、分かっていても、そのわずかな可能性に懸けてみたいと、そう、願ってしまったんだ」


 レイに知らせなかったのは、危険に巻き込むと分かっていたから。そう、先日、彼と話した時点で、彼が私の命を狙っていることには勘づいていた。瞳を見れば、それくらいは感じ取れる。何度も、そうして謀られてきたから。だから、あえて、人気のない場所に誘い出したのだ。


「それは、勇者の召喚を恐れる、魔王の手のものの指示ですね」

「きっとそうだろうねぇ。だけど、ただ純粋に、君の瞳が欲しかったのもある。その、美しい瞳がね」


 私は目を閉じ、少しだけ、愚かなことを考える。だが、やはり、


「──できません。私は私が持つものを、少しも他人に与えることはできないのです」

「ずいぶんと、欲張りだねぇ」

「恥じてはいます。それでも、私は何一つ、失いたくない」


 この両手から、こぼれそうなくらい、私は多くのものを持っている。それを、一つも落とさないようにしながら、私は今まで生きてきたのだ。


「もう一度言います。あなたに、私を殺すことは、できない。できることなら、死んで差し上げたいのですが、まだ、死ぬには早すぎます」

「口先だけなら、なんとでも言えるさ」

「おっしゃる通りです」


 しかし、皆が死んでほしいと望むなら、私は、喜んで首を差し出すだろう。もし、私が魔王であったなら、きっと、ここにはいない。


 でも、私は、王女なのだ。


「あなたは旅に出た。城の誰にも告げることなく。そして、私はあなたに追いつけなかった。だから、私とあなたは、ここで出会わなかった」


 毒入りと思われるカップの中身を、草むらにぶちまけると、すぐに草たちは枯れていった。椅子にかけられた魔法を解除し、動けるようになった体で、先ほど取り出したものを空間に収納する。そして、動けなくした彼を置き去りに、私は城へと向かう。


「待ってくれないか。依頼を失敗したと知れば、私の愛する家族は──」


 態度を変え、彼は私に手を伸ばす。本当に、彼に、この国のために戦っていた時代があるとは思えない。だが、これが現実だ。


 質問をされれば返答をする。それが常識であり、求められる姿だ。だから、私は振り返って、とびきりの笑顔で、優しい声で、告げる。


 彼の家族と私の命。どちらが大事かなんて、考えるまでもない。それだけ多くの人から、私は必要とされている自覚があるのだから。


「あなたの家族がどうなろうと、私には関係がありません。私自身を天秤にかければ、必ず私に傾きます。たとえ、それが、世界であっても」

「色々と、話をしたじゃないか?」

「紅茶に毒を盛ったこと、私の綺麗な手に傷をつけたこと、私を殺そうと画策していたこと。それで相殺されていると思いますよ。あなたは、道を踏み外した。もう、元には戻れない」


 私は深々とお辞儀をして、城へと踵を返した。


「ああ、そうか。──貴様は、魔王と同じだ」


 青色の瞳は、雲に覆われた空のように、すっかり濁りきっていた。それでも彼は、美しいその双眸そうぼうで、いつまでも、私を睨みつけていた。


 その言葉と瞳が、私の心に深く突き刺さった。


***


 勝手に外出したことを、レイにこっぴどく叱られたのも、一ヶ月前。今日は儀式の日だ。さすがに、ふざけるわけにもいかないので、使用人たちの手を借り、私はいつもより念入りに支度をした。


「町を見てきても、いいでしょうか」


 召喚の際には、多くの兵士、国王、女王、他国の王や大賢者なんて偉そうな人までもが立ち会う。決められた時刻までは、あと三十分ほどしかない。幸い、支度は済んでいるけれど、そんな勝手が許されるはずがないことくらい、私にも分かった。


 ただ、ずっと押し込めていた感情が、本番前の今になって、急に、膨れ上がってきて、とても、耐えられそうになかった。


「──くれぐれも、遅刻しないようにしてくださいね」


 しかし、それを、レイはあっさりと許してくれた。他の使用人たちの驚きようを見ていれば、いかに、常識からかけ離れた判断であるかすぐに分かった。


「ありがとうございます!」


 私は、身なりが崩れないようにして、しかし、できるだけ速く走った。あの場所までは、歩いて十分程度。なんとか、戻ってこられそうだ。


「廊下が長い! 走りづらい!」


 不満を隠すこともなく、叫びながら、私は走っていた。


 しかし、町に出れば、そうはいかない。いつものように、愛する民たちへ、笑みを向け、挨拶を交わさなければならない。嫌なわけじゃない。ただ、時間がないという焦り。レイとの約束が、私の心をかきむしる。誰も、私の内心には気づかない。隠しているのだから、当然だ。私もそうして、何も知らないふりをすることは多い。だから、自分だけ助けてもらおうというのは、勝手が良すぎる。


 そうして、普通に歩くより長い時間をかけ、私は扉を開けた。


「いらっしゃーい。座って、と言いたいところだけど、急いでるみたいだね」


 女性は扇子で風を送ってくれた。そうして、熱を冷ましながら、何から話そうかと、言葉を探し、


「私は、勇者になりたかった」


 自然とその言葉が口をついて出ていた。


 そこからは、せきを切ったように言葉が止まらなかった。


「でも、私は、勇者にはなれない。それは、自分が一番、よく分かってる。魔王を倒すには、勇者が必要で、だから、異世界から勇者を呼び出すしかない。今は平和な時代で、魔王を倒す必要なんて、ほとんどないけど、時計塔の記述は絶対だから、呼び出すしかない。でも、彼らを故郷に戻すことはできない。彼らの意思を問うこともできない。私たちの世界の都合で、勝手に召喚される……」


 そうして、不満は爆発した。

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