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どうせみんな死ぬ。  作者: さくらもーふ
第二章 ~溺れる日記~
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 しかし、軽く六十歳は超えているだろうに、二十代と言っても通用しそうな美貌だ。却って恐ろしい。


「おや、誰かと思えばお姫様じゃないか。今日も麗しいねぇ」

「ありがとうございます。テルム様も、相変わらずですね」

「ハハハ、よく言われるよ。もしかして、捜させてしまったかな? それは申し訳ない」

「いえ、こうして時間を割くことも、私の楽しみの一つですから」


 無駄な時間にこそ、楽しみは隠されていると、私はそう考えている。だから、もう少し、探していたかったというのは、本音だ。


「これは、ハンマーですか?」

「ああ。見てくれ、このヘッド。可憐だと、そうは思わないかい?」


 なんの変哲もない、ただの大きなハンマーだ。ヘッドは顔ほどの大きさがあり、どうやら、プラチナでできているらしい。ずいぶん、重そうだ。そして、その感性で美しいと言われたのかと思うと、複雑な気持ちになる。


「命を容易く砕きそうですね。私はこちらの方が好みです」

「工具用? ──いや、違うな。君は、いい目を持っているねぇ」


 私が手に取ったのは、どこにでもある、ただの鉄製ハンマーだ。工具としか思えないフォルムで、重さも大したことはない。


「それは、魔力が込められる特別製みたいだ」

「魔力に応じて威力が変わるのですか?」

「イエス!」


 完璧な私に、これ以上、見る目まで与えて、神は私をどうしたいのだろう。いよいよ、なんでもできるような気がしてくる。


「君さえ良ければ、プレゼントするよ」

「では、機会があれば、お願いします」


 今、このハンマーを買ったところで、置物になる未来しか見えない。数々の贈り物がすでにそうなっていることが証明だ。


 結局、テルムは私が見つけたハンマーを自分用に購入し、私と共に店を後にした。


「それで、私にどんな用事だったかな?」

「少々、お尋ねしたいこと、と申しますか。お茶を一緒にと」

「それは実に興味深い提案だねぇ。ぜひとも、行こうじゃないか」


 飲食店に向かうには、来た道を戻る必要がある。しかし、私はそれとは反対へと足を向ける。


「飲食店はこちらにはないと思ったが……」

「こちらへ進みたい気分なので。お付き合いいただけますか?」

「──ああ、喜んでお供しよう」


 通りを真っ直ぐ進むと、人気のない道に広い草原が広がっていた。遊具などは設置されていない公園だ。


「この辺りでどうですか?」

「生憎、お茶もお菓子も、私は持ち合わせていないが」

「私が魔法で用意します」


 指を鳴らし、椅子とテーブル、日除けのパラソルを用意する。城から持ち出したものだ。私にかかれば、これくらいのことは魔法で簡単にできる。


 それから、同じく、城から持ち出した紅茶とクッキーをテーブルに並べれば、完成だ。何もしないのは悪いからと、カップには、テルムが紅茶を注いでくれた。


 椅子を引いてもらい、私は先に座る。


「それにしても、素晴らしいねぇ! どうやったんだい?」

「魔力で時空の歪みを作って、そこに収納しておいただけですよ」


 詳しく説明したところで、テルムに理解できるとも思えない。おそらく、使いこなせるのは、世界で私と一部の魔族だけだ。


「それより、テルム様は、異世界から召喚されたそうですね?」

「あぁ、その話か。事実だよ。こちらに来て、ざっと五十年といったところか」

「五十年……」


 テルムは紅茶に口をつけ、その青い瞳で私の瞳をのぞくと、ふっと、表情を緩めた。


「勇者を召喚すべきか否か。それで悩んでいるのかな?」

「はい。でも、答えは決まっています」

「だが、決心がつかないと、そういうことかい?」

「……はい」


 テルムは、テーブルに肘をつき、その上に顎をのせる。


「テルム様は、やはり、今でも元の世界に帰りたいのでしょうか」

「もちろん、帰れるなら帰りたいと、そう思うねぇ」


 私は琥珀色の紅茶の水面に目を落とす。それはそうだろう。私も、今あるものすべてを失うなど、考えられない。


「でも。それ以上に、私はこの世界を愛している。故郷に残してきたものは多いが、その分、新しく得たものもたくさんあるんだよ」


 私はテルムの青い瞳を正面から見つめる。きっと、彼は私のためを思って、そう言ってくれたのだ。ならば、その気遣いを無下にするわけにもいかない。だから、私はその嘘に気がつかなかったふりをして、話を進めた。


 それからしばらく、テルムは、自身が愛するものについて語った。先ほどのハンマーや、その直前に買った宝石、家の鍵から、ついには、気候まで愛している、なんて言い出した。なんでも、もとの世界では、なかなか雨が降らず、乾燥した暑い場所に住んでいたらしい。


「──それに、私には愛する家族がいる。これ以上の幸せはないさ」

「だから、望んではならないということでしょうか」


 ぽつりと、口から本音が漏れ出した。自分から出た、無意識の言葉に、私は嫌な記憶を思い出させられる。


 流石だ、天才だ、普通の人とは違う──昔から、何度も言われてきた。すべて、事実だ。そして、皆、最後には口をそろえて、羨ましいと、そう言うのだ。


 確かに、私の人生にはなんの不都合もない。だから、何も望まない。望めない。私より不幸な人々を差し置いて、どうして私が、これ以上の幸せを望むことができるのか。


「君は、まだ若いのに、難しいことを考えるんだねぇ」

「もう十三です。いつまでも、子どものままではいられませんから」

「まだ、十三だ。──それから、私はできる限り多くを愛したいと、そう思っているよ」


 それは、やっと聞くことのできた、彼の本心だった。


 だからこそ、きっとそうなのだと、分かってしまった。


 彼は、人生の半分以上をここで過ごしていても、やはり、元の世界に帰りたいのだ。きっと、今でも、元の世界に戻る方法を探しているのだろう。


 日が傾き、風が出てきた。私の手付かずの紅茶が、どんよりとした空を映し出す。


「──冷えてきましたね」

「そうだねぇ」

「帰りましょうか」


 その提案に、しかし、テルムは動こうとしなかった。

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