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父からの勇者召喚の依頼を快諾し、私は儀式の準備に臨んでいた。強い魔法使いというのは、独自の魔法陣を持つ。私にも、私だけの魔法陣があり、それを使って、勇者を呼び出すのだ。
とはいえ、勇者の召喚は大きな魔法だ。そのぶん、魔法陣も大きくなる。私が描く、円形の魔法陣の大きさは、直径十メートルにも及ぶ。衣装を着て、虚空に魔法陣を描くのは、踊りと大差ない。当然、入念な準備が必要となる。
「一、二、三、四──一応、ミスは無かったと思いますが。レイ、どうですか?」
「まだ少し、動きに迷いがありますね。魔法陣の覚えに自信がない部分が……とも思えませんし」
「やはり、そう見えますか。それが分かっただけで、十分です」
タオルで汗を拭き、水分を補給する。原因は分かっている。魔法陣を描く最中に、ふと、思考が頭をよぎるのだ。本当に、勇者を召喚しても良いのかと。
この世界において、マナという名前は珍しいものではない。苗字が分からない以上、個人を特定するのは不可能だ。現に今も、「勇者マナ」は見つかっていない。もしかしたら、苗字のない、ただのマナのことを指すのかもしれない。そんな人も、この国には少なからずいる。先例が少なく、特定はしづらいが。
「なぜ、苗字が記されなかったのでしょうか」
「勇者の件ですね。マナ様が勇者である可能性も、少なからずありますが──確かめようがありませんからね」
魔王を倒す者が勇者と呼ばれるだけで、それは倒すまで確かめようがない。あるいは、魔王ならば、何か知っているのかもしれないが、会うことは不可能に近い。
「仮に、マナ様が勇者であるとしても、勇者が二人示されたということは、何かしら、理由があるはずです」
「そう、ですね」
理由がある以上、必ず、呼び出さなくてはならないのだ。私が勇者であるかどうかに関わらず。
「──そういえば、お客様にご挨拶は済ませましたか?」
「招集された勇者様方のことなら、一通り」
数日間滞在すると言っていたし、それ以外の来訪者もここ数日は、いなかったはずだ。
「その方たちの中に一人、召喚された勇者様がいらっしゃったかと」
「はい、テルム・ホーラン様ですよね。先々代の魔王を倒したという」
「さすが姫様、よく覚えておいでです」
先々代勇者、テルム・ホーラン。
──曰く、槌の一振りで、湖を生み出し。
──曰く、その美は、魔王すらも虜とし。
──曰く、相手を拘束する魔法を扱い、それによって、世界最強の種であるドラゴンの動きを封じたことがある。
そんな風に言い伝えられている勇者だ。
とはいえ、いまだ存命の勇者は、テルム含め、三人。それ以前の勇者は、すでに亡くなっており、召喚されたわけではない。私でなくても、その気になれば覚えられるだろう。
「それで、彼がどうしましたか?」
「その方と、一度、お茶をしてみるといいかもしれません。召喚された方に直接、お話をうかがってみてはいかがでしょう?」
とても気乗りしない提案だ。だが、他でもないレイからの提案でもある。そこを考慮した上で、何か得られるものが少しでもあるなら、挑戦してみてもいいかもしれない。
「せっかくのレイの助言です。あまり気は進みませんが、ありがたく聞き入れておきましょう」
「それはそれは、とても光栄です」
恩着せがましく言ったのだが、さらっと流されてしまった。
***
休憩後、すぐ練習に戻るために、私は練習のときの格好で城内を歩く。私は着る服を選ばない。つまり、何を着ていても、美しい。
それはともかく、彼がどこにいるのか、見当も付かず、城の広さに内心で悪態をつきながら探し、ついに、城内でテルムを見つけることができなかった。
「マナ様、どうかされましたか?」
城の門に立つ警備員が私に声をかける。あとは、外だけだ。
「テルム様がこちらをお通りになりませんでしたか?」
「はい、通りました。綺麗な金髪だったので、よく覚えています」
最初から、ここで聞いておけば良かったと、私は後悔する。とはいえ、過ぎたことを悔いても仕方がない。
「行き先や目的は、分かりますか?」
「さあ……。ただ、妙に、丁寧なご挨拶をされていましたね。あちらに歩いていきましたよ」
「ありがとうございます」
城の外となれば、中にいるものに何も告げずに行くわけにもいかない。一度、レイに許可を取ってから──、いや、やめておこう。
私は門番にバレないよう、昔から使っている城壁の抜け道を通って、脱出し、教えてもらった方へと歩みを進める。こちらの方面は、物を売る店が多かったと把握している。一方、反対側は居酒屋を含む、飲食店が多い。
「テルム様といえば、旅好きなことで有名ですが、どちらにいらっしゃるのでしょう」
国民たちの挨拶に誠心誠意応えながら、金髪のストレートを探す。金髪自体は、特段珍しいものではないが、あそこまで綺麗となれば、さすがに限られてくる。いっそ、国民に聞いて回りたいところだが、それをすると、色んな方面に迷惑をかけることになる。
「正直、魔法を使えばすぐに見つかるのですが」
急いでいるかと言われると、そういうわけでもない。儀式本番まで、まだ一ヶ月近くあるのだ。町を楽しみながら行こうと、焦る気持ちを抑え込む。
「さっきのテルム様、ヤバかったよね!」
そんな会話が、ちらほらと聞こえてくる。
「やはり、こちらの方で間違いなさそうです。意外と、すぐに見つかりそうですね」
盗み聞きとは、はしたないが、聞こえてしまうものは仕方ない。仕方ないので、私は聞くことに全意識を集中させる。
「さっきのって、勇者テルム様じゃないか?」
「そうだったか? ……まあ、言われてみりゃあ、そんな気もするが」
店から出てきたばかりの、若い男たちの噂を聞き、やっと、テルムがいそうな店を見つける。どうやら、武器屋に用事があったらしい。
「うーむ……」
「そんなことより、見ろよ、マナ様だ!」
「あん!? どこだ!? ……あ! いたぞ! こっち、手振りなさってらぁ」
「やっぱり、いつ見ても可愛いなあ」
私はアイドルではないのだが。まあ、私の可愛さに人々が錯乱するのも、分からなくはないので、許そう。
そうして、私は武器屋に入り、すぐに、目的の人物を見つけた。サラサラの真っ直ぐな金髪はどこにいても目立つ容姿だ。
「こんにちは」
近づいて、声をかける。振り返った切れ長の青い瞳を見て、ようやく本人である確信が持てた。




