表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうせみんな死ぬ。  作者: さくらもーふ
第二章 ~溺れる日記~
259/349

0-3

「召喚した勇者は、二度と、元の世界に戻ることができないそうです。──なんとか、できないのでしょうか?」

「結論から言えば、不可能だね。これまで、千年と歴史を紡いできた中で、召喚された者が元の世界に戻った試しは、一度も、ない」


 これ以上ないくらい、明瞭な答えだった。だからこそ、私の中の迷いは、大きく膨らんでいく。


 国を救うためには、勇者が必要だ。しかし、異世界から呼び出してまで、魔王を退ける必要が、本当にあるのだろうかと。


「難しい顔してるね、お姫ちゃん」

「難しいことを考えているので」

「あはは、そりゃそうだ」


 魔王による虐殺を止めるためだけに、一人の運命をねじ曲げるのは、正しいのだろうか。虐殺と言っても、結局は、罪人を、その罪の重さに関わらず、全員殺しているというだけ。


 それは、どんな罪であっても殺さない私と、本質的なところがよく似ている。つまり、罪に重さをつけないということだ。


「私のように、魔王には、彼のしたいようにする権利はないのでしょうか。私も、きっと、彼と同じくらい、人を傷つけています」

「お姫ちゃんは、まだ若いのに難しいことを考えるねえ。それは、すごくよく分かるけれど、ただ一つ、確かなのは、数の力だね。多くの人は、人に人を殺す権利があるなんて思ってないし、ある程度までの罪人なら、生きて罪を償ってほしいと思うものだよ。だってさ、人を殺すのって、嫌じゃん?」


 生かすことは尊ばれ、殺すことは疎まれる。分かってはいる。人間は殺人を忌み嫌う。当然だ。それが、清く、正しく、美しいに決まっている。


 しかし、ならば、なぜ、勇者を召喚するのか。


「どうして、魔王を倒す必要があるのでしょうか。こんなにも平和な時代に、勇者など、本当に必要なのですか? その上、罪を背負う人間を異世界に頼るなんて、それこそ、罪深いことではないのでしょうか」

「うん。それは本当に罪深いことだよ。ただ、一つ。魔王の悪は、多くの人が、生きて償え、とは思えないほどに膨れ上がってしまった。そして、もう一つ。世界を救うために、一人の尊い犠牲で済むなら、結果には釣り合うんだよ。そうでしょ?」


 それは、十分、理解していた。綺麗事ばかりでないのが世の中だ。世界と人一人を天秤にかければ、当然、秤は世界に傾く。しかし、だからと言って、一人を軽んじることは、決して許されない。続ける言葉を迷っていると、彼女が口を開く。


「だから、その日まで、しっかり悩んでおいてよ。そうして、お姫ちゃんが出した答えを、あたしに聞かせて。どんな答えでも、あたしが肯定するから」


 それは、大きな責任で、頼れる言葉で、真剣な覚悟だった。だから、私はそれ以上の言葉をのみ込んで、胸の内に溜めることにした。


「それから、もう片方の勇者のことなのですが──」

「うん? どしたん?」

「その勇者の、『マナ』という名前に、何か心当たりが?」

「お姫ちゃんの名前でしょ? マナ様、だよね?」


 彼女は平気で嘘をつく。それを、読み取ることは難しいが、彼女の先の動揺は、魔王に関するものだけだとは、とても思えなかった。それ以上、言及はしないけれど。


「私はおそらく、いえ、確実に勇者ではありません。でも、だからこそ、真実が、知りたいのです」


 私はフードの奥を覗くようにして見つめる。マナという名前の勇者のことは、今でなくとも、そのうち分かることだろう。


 ──ただ、その名前に、何か、自分の心が沸き立つのを感じた。


 何かしらの秘密が隠されている予感。そこに関われさえすれば、危機に出会える。刺激を得られる。生きる実感を、与えられる。そう、まるで、立ち入り禁止を越えていくような──、


「マナ」


 咎めるような彼女の声に、私の思考は止められる。


「好奇心だけで、危険に近づいちゃダメだよ。お姫ちゃんは、王女様なんだから。息ができなくても、苦しくても、辛くても、それに向き合って、それを受け入れて、その先にいかないと」

「……返す言葉もありません」


 そう、こんなでも、私はれっきとした、王女なのだ。私の兄弟たちが私より王に向いていたとしても、一番魔法が強いのは私で、この国はいずれ、私が統治する。私の心だけでは、私の行動は決められない。


「でも、お姫ちゃんには、やっぱり、女王様なんて向いてないかもね」

「どちらですか?」

「どっちも本音。正解はお姫ちゃんにしか分からないんだよ。おっけい?」


 冗談めかした態度に不満を覚えながら、私は首肯した。


「でも、もし、好奇心以外の理由が見つかったなら、そのときは、ちゃんと話すよ」


 ただ、続くこの言葉にだけは、彼女の人生の重さがあるような気がした。


「──じゃあ、今日はここまでね。はい、これ、次のお店の場所。それじゃあ、代金を貰おうか?」

「今日は私とあなたの情報が半々だったと思うのですが。たいしたことも聞けていませんし」

「そりゃあ、採れたての国家機密なんて、あたしも知らない──と言いたいところだけど、実は直前に情報をもらってたんだよねー。それにそれにー、心のケア? してあげたじゃん? ってことで、はい! マネー、プリーズ?」

「家をお金で埋め尽くしますよ」

「わあ、すっごく嬉しいけど、やめてー」


 茶封筒一杯に入れたお金を手渡し、金額を確認させる。満足のいく額だったらしい。つまり、彼女は知恵者であり、提供するのは飲食物ではなく、その知識なのだ。より簡単に言うと、彼女は「聞き屋」のような存在だ。


「まいどありー! また来てちょっ」


 庶民の感覚を知っていると、彼女の情報は高すぎると思うのだが、他の人は一体、いくら払っているのだろう。多めに取られている気がしてならない。どれだけお金を持っていても、お金の価値は変わらない。


 詐欺と分かれば、こちらも黙ってはいない。とはいえ、お世話になっているし、情状酌量の余地はあるが。


「ミルク、ご馳走さまでした」


 サービスのミルクにお礼を告げて、私は通りへと戻り、何事もなかったかのように人混みに紛れる。追っ手──つまるところ、監視の目は、すぐに私を見つけたようだ。


 人に迷惑をかけてばかりいるが、私ももう、十三だ。あと三年もしたら、王位を継がなくてはならない。


「いつまでも、こうしているわけにはいきませんね」


 愛する国民たちの声に笑顔で応えながら、私は少しだけ街を歩いて、城へと戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ