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どうせみんな死ぬ。  作者: さくらもーふ
第二章 ~溺れる日記~
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1-28 一堂に会する

 翌朝、平原で軽いトレーニングを済ませて、部屋に戻る。基礎を徹底的に究めることは部屋でも十分にできるが、実戦を顧みるとなると、部屋を壊しかねない。そのため、外に出ていた。


 とはいえ、今日は、この間のように市街戦に持ち込まれたときの対策を講じていた。大立ち回りをせずとも済むように──最終的には、室内にも被害を出さないくらいの余裕を持ちたいところだが、いきなり部屋で特訓して、この間のようにまなに見られるのは恥ずかしすぎる。


 というわけで、フィールドに出ていたのだが、自室の扉を開けて──直後、硬直した。


 そこには、一同が勢揃いしていた。


 ──エトス、モノカ、トイスという、私の兄、姉、弟。それから、私の母でもある現女王ミレナだ。


 普通の人には、この宿舎は見えないように魔法がかけられているのだが、彼らには見えるらしい。また、部屋にはあらかじめ、防音の魔法がかけられているのが分かった。


 それにしても、なんとも、場にそぐわない面子だ。一般の物よりいくらか小さめな部屋に、古ぼけた外装、手入れだけは行き届いているが、築年数は誤魔化せない。そこに国王、女王、王子、姫と揃っているのだから、いっそ、笑ってしまう。今ここで何か問題が起きたら、ルスファは終了だ。せめて、護衛くらいはつけてきてほしいところだが、私がいれば大丈夫という考えも分からなくはない。


「マナ。座りなさい」


 幼子を叱るように女王に諭されて、私はどうしたものかと動きを止める。ふざけたことを考えて現実逃避してはいるが、ここまでされて状況が分からないほど、私も愚かではない。


「女王が座るよう仰ったのが聞こえなかったのか」


 なかなか座ろうとしない私に、兄であるエトスが鋭い剣幕でそう言い放った。先代の王である父が病死した際、私が王都から逃げたため、継承権に従い、王となった人物だ。


 事実、エトスがこの国の王なのだが、即位したときは民衆からの不平不満があまりにも多かった。私を王女にして実権を握らせるべきだという意見が大多数を占め、激しい反対運動が繰り広げられた結果、彼は自らを王と名乗ることができなくなってしまったのだ。


 そのため、慣例に従い、私は十六になるまで即位できないとし、エトスはその間だけの代理だと、公には説明している。そうでもしないと、あの混乱は抑えられなかった。


 しかし、なぜ、そんなにも私を支持する声が多かったのか。一言で言ってしまえば、私には国民の支持を集める圧倒的な才能があった。それだけのことだ。


 ──お茶でも用意しようかと思ったが、とても、そんな雰囲気ではない。私はそれ以上、何かを言われる前に自分から座った。王座を空けてまで来るほどだ。さすがに、無下むげにもできない。


「本題から入る。──女王になるかならないか、どっちだ」

「……本当に本題ですね」


 正直、甘えはあった。まだ、大丈夫。私が女王にならなくても、きっとエトスが代わりにやってくれる。なんとかなる、と。


 そうして、私の十六の誕生日から、一ヶ月が経った。国民の不満は日に日に積もっていくばかりだ。学校でも、いつ即位するのかと聞かれることが増えてきた。


 それでも、ずっと目を反らしてきた。そんな問題を、今、目の前に突きつけられた。先の爆発事件のこともある。これ以上、誤魔化し続けるのは不可能だ。


「女王になるというのなら、今日から二日かけて儀式を行い、蜂歌祭ほうかさいの場で発表する予定だ。そこまでは、なんとか国民の不満も抑えられるだろう。だが、すでに各地で、小規模ではあるが動きがあるのは知っているな?」

「──はい」


 なんとか、大きな動きを抑えられているのは、蜂歌祭ほうかさいがあるからだ。


 それは、三百年に一度の大きな祭で、女王の歌声を蜜に変えることにより、先三百年の魔法植物の実りを決める、大事な行事。


 そこに、私が女王として参加すると思われているからこそ、なんとか抑えられている。そのときに、なるしかないと、言われているようなものであり、誕生日祝いのパーティーをすっぽかしても咎められなかったのはこのためだ。


 しかし。


「……今はまだ、そのときではないかと」

「マナ。あなたには、一年という、十分な時間を与えたはずよ。それを、勝手に魔族が運営する高校へと進学して、宿まで借りて、一体どういうつもりなの?」


 まったく女王の言う通りだ。私は城を抜け出した。しかし、そのときに、即位するまでの一年、自由な時間をもらったのだ。そして、宰相としてエトスを補佐するという約束を免罪符めんざいふに、私はあかりとともに城を離れた。


 その上、入学手続きの際は、保護者が書くらんも勝手に書いて提出した。さすがに嘘だとバレるかとも思ったが、今、通えているということは、なんとか誤魔化せたのだろう。ちなみに、宿舎を借りるときは、管理人が杜撰ずさんだったので、保護者の許可がなくても済んだ。


「なぜ女王になることから逃げている」

「それは──」

「マナ、冷蔵庫になんか入っ……てええぇっ!? もしかして、僕、めっちゃタイミング悪い!?」


 いつもの要領で、あかりがノックもせずに、鍵を開けて入ってきた。本当に、間が悪い。それを見もせず、エトスが言う。


「そこに座れ、榎下朱里」

「いやあ、僕、この空気はちょっ、とお、無理な感じ──」

「座れ。次はない」

「……はーい」


 あかりが私の隣に座った。もちろん、椅子など人数分揃えていないので、正座だ。しかし、彼は座った瞬間から、すでに苦しいという顔をしている。それを見たエトスがため息混じりに言う。


「できないのに無理に正座しようとするな。椅子に座ればいい」

「あ、はい、すみません……」


 そうして、みんなが正座する中、あかりは一人、椅子に座った。居心地悪そうに、小さく背中を丸めている。それはエトスの優しさというよりも、そうしないと話にならないからという、呆れの方が大きい。


「榎下朱里。昨今、巷でまことしやかにささやかれているうわさについて、何か弁明はあるか?」

うわさとは、どれのことでしょうか……?」

「マナと婚約破棄したそうだな? それも、随分ずいぶんと一方的な形で」

「あー……はいはいはいはい、それですね。それですよね。それしかないですよねえ」

「お前が話していいのは、肯定と謝罪──はいとすみませんだけだ」

「はい、すみません!」


 肯定と謝罪では、あかりには通じないと判断したらしく、エトスはわざわざ簡単な言い方に置き換える。それが誇張こちょうでも、何でもなく、事実だというのが、なんとも情けない話だが。


「弁明もなしか」

「……すみません」


 エトスはあかりが敬語を使う数少ない相手の一人だが、どうにも、あかりはエトスが苦手らしい。傍から見ても、二人の相性が悪いのはよく分かる。


 エトスが立ち上がり、あかりの方へと向かう。


「奥歯を食いしばれ。気絶するなよ」

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