1-27 私の食べかけ
まなには魔法が効かないが、それは限りなく効きづらいという意味であり、全く効果がないわけではない。加えて、瞬間移動は距離に比例して、魔力の消費が大きくなる。王都と宿舎を往復するとなれば、それ相応の魔力が必要だ。
それを、まなを瞬間移動で連れ帰るなんてことになれば、一体、どれほどの魔力が必要になるのか。私が真似をすれば、間違いなく、魔力切れで意識を失う。彼の場合は気絶というよりも、単に疲れて寝ているだけだろう。
「ありがとうございました、クレイアさん。よく居場所が分かりましたね?」
「ええ。あかりが一晩考えて、あんたと戦ったのがレックスってやつだったって、思い出したのよ。──まあ、顔を見てるんだから、すぐに思い出しなさいよって話だけれど。とにかく、それで、脅迫して吐かせたってわけ。なのに、トイスに聞いたら、あんたは城から逃げたって言うし、エトスには人質にするとかで追われるし、もう散々だったわ」
──長っ。
「……すみませんでした」
「そもそも、あんたが王女だなんて話、聞いてないんだけど? 命を狙われるような心当たりはないとか言ってなかった?」
「それは、知らないクレイアさんが悪いと思います。以前、警察に取り調べを受けた際に、お気づきにならなかったんですか?」
「うぐっ、そ、それは……ええ、ええ。その通りね。まったくだわ」
それから、まなは誤魔化すように、勢いよく人差し指を突き出す。
「とにかく! これで、借りは一つ、返したわよ」
「……どの借りですか?」
「木から落ちたときに助けてもらったお礼! それから、先日のお礼がまだだったわよね」
「先日?」
「スーパーまで道案内してくれたときのお礼よ」
「アルタカアイスを奢ってくださいませんでしたか?」
「あれは、トンビニまで着いてきてくれたお礼。もう忘れたの?」
「そんなの、忘れましたよ……」
忘れたと言ってももちろん、覚えてはいる。私に忘却という機能は備わっていない。
──だが、心の底から、どうでもいい……。
まな相手にお礼を受け取らないって選択肢はないから、受け取りはするけど。しますけど。とっても嬉しいんだけどね?
と、そこまで考えて、さすがに素を出しすぎだと気がつき、襟を正す。まなの前だからと、咎められるようなことはないが、それにしても、気を抜きすぎだ。
「とにかく、受け取りなさい。あんまり嬉しくないかもしれないけれど」
そう言って、ビニール袋差し出される。ちなみに、袋も有料だ。
「クレイアさんからいただけるなら、何でも嬉しいですよ。見てもいいですか?」
「ええ、ご自由に」
受け取った袋を覗くと、中にはホイップクリーム鯖サンドが入っていた。もう一度言う。ホイップクリーム鯖サンドだ。
「これは、あの伝説の、ホイサバ……」
「ええ。あのホイサバよ。たまたま手に入ったの」
ホイサバといえば、大手コンビニチェーン店、トンビニトラレルの商品だ。そして、
「あの、絶妙に美味しくないと噂の、ホイサバですか?」
「ええ。そのホイサバよ」
人気がなく、国内のトンビニで、わずか三店舗しか取り扱いがないと噂の、あのホイサバだ。
いつ販売停止になってもおかしくないと揶揄されており、その三店舗でも週に一個しか仕入れないという、レア中のレア商品だ。むしろ、人気商品だとも言われている。
「本当にいただいてよろしいんですか?」
「ええ。そんなに喜んでもらえると、あたしも嬉しいわ」
「クレイアさん。……一緒に食べませんか?」
しかし、いざ、食べるとなると、勇気が足りない。偶然にも、前々から食べてみたいとは思っていたのだが、ホイサバはお腹を満たすことを前提に、他のサンドイッチと同じように、二つ入っているのだ。誰も実用性など求めていないというのに。
「別に気を使わなくても──」
「真剣なお願いです」
「え、ええ……」
それから、臭いを考慮し、庭に出て開封した。瞬間、ホイップクリームの甘ったるさと、鯖の水煮を煮詰めたような臭いが周囲全体に蔓延する。──ちょっと、吐きそうなレベルだ。
「ん! これ、すっごく美味しいわ!」
「えぇ……本当ですか?」
「食べてみなさいよ」
勧められるまま口にして、猛烈に後悔した。
結局、一口でギブアップしたが、不思議と、また食べたくなる気がする味だった。いや、食べたくないけど。
ちなみに、まなは一個完食して、もうお腹がいっぱいだからと、私の食べかけをあかりに食べさせるため、冷蔵庫に入れていた。色んな意味で恐ろしい。
こんなことができるということは、先日、あかりがアルタカアイスをまなと取り替えた理由が、まるで分かっていないのだろう。




