1-26 見慣れた天井
「ルスファは死刑が禁止されてるからねん。極悪人は、対処しておかないと。あの子たちってば、捕まえて魔法封じておいたって、飛行機乗っ取って自爆テロ起こすんだから」
どれだけ魔法を使えるかには、個人差がある。生活していくのに必要な最低限の魔力はだいたいの人が持っているが、上下の差は激しい。
膨大な魔力が良い方に活用される分には問題ないが、悪い方に向けば、想像もつかないことをする危険性も十分ある。
とはいえ、魔法を封じる腕輪が素手で破壊された試しはまだない──いや、壊せることは私が証明しているが。それは例外として。
また、百年以上前の話になるが、外部からの魔法を防ぐ障壁が破壊され、死刑囚数名の脱走を許したケースもあるらしい。どれだけセキュリティを強化しようとも、敵も同じように知恵をつけるのだから、そう簡単に平和は訪れないだろう。しかし、
「──なぜ、私なんですか?」
私が知っていて、本当の王が知らないなんてことがあっていいとは思えない。それでも私を選んだのは何故かと、れなに尋ねる。
「エトスは真面目すぎるし、モノカちゃんはショック受けちゃうだろうし、トイスくんは正義感強いし、その下はまだちっちゃすぎるでしょ?」
「私がその事実を知ったのは、まだ六つの頃でしたよ」
「その頃からお姫ちゃん、賢かったからねー。すでに政界のおじさんたち操ってたじゃんじゃん?」
「さあ、記憶にありませんね」
そう答えて、最後の一口を食べ終える。城の料理と同じくらいの満足感だ。このままころんと眠りたい。
「ふぁあ……」
「あれ、お姫ちゃん眠いの? そのまま寝たらモーファローになっちゃうよ?」
「いいんです。動くと痩せてしまうので」
「ぐぬぬ、羨ましいぜ……」
私は食器を魔法で洗うと、行儀が悪いと思いつつ、れなの布団を敷いて、くるまり、横になる。すると、途端に静かになった。その静寂に当てられたからか、私はなんとなく、れなに会うのはこれが最後になるだろうと感じた。
私には少しだけ、未来が見える。予知夢で見ることもあるが、大体の場合、勘が教えてくれる。そして、それが外れた試しはほとんどない。
「──遠いところとやらには、いつまで滞在される予定なんですか?」
「しばらく。きっと、お姫ちゃんが思ってるよりも、長ーい旅になるよ」
「何の目的で行かれるのでしょう?」
「観光だよん。行き先はねー、夢のカルジャス! カルジャスだよ? あのカルジャスだよ!? きっと、ルスファに帰ってくるのがやんなっちゃうね!」
本当の目的は観光ではないだろうに。その興奮がまったくの嘘でもなさそうだから、思わず笑ってしまう。
「お土産は温かいカルジャスバーガーでお願いしますね」
「分かった! れな、頑張る!」
ちなみに、れなは時空の歪みを利用した収納方法の発案者なので、当然、空間収納が使える。そのため、食べ物も温かいまま、保存の効いた状態で持ち運べるのだ。
だが、胎児を抱える今、わざわざ向こうに行くとなると、急ぎの用である可能性が高い。加えて、出産前にこちらに戻ってくるわけでもなさそうだ。
かなり嫌な予感がしたが、引き留めるわけにもいかず、聞き入れてくれそうもないので、お土産を頼んだ。無事に帰ってくるという約束の代わりに。
そうして、私は、深い眠りに落ちて──。
***
はっと、目を覚ますと、そこは見覚えのある天井だった。だが、先刻まで寝ていたはずの、れなの小屋の天井ではない。城の天井でもない。そこは、
「宿舎──」
辺りを見渡せば、そこが見覚えのある部屋であることはすぐに分かった。以前、空間収納を用いて運んできた段ボールをすべて開封し、すべてのものを然るべき場所に置いた、紛れもない私の部屋だ。これが私物のすべてというわけではないが、それでも、大変な作業だった。まあ、魔法を使ったのだが。
ともあれ、今は事情の把握が先だ。開いたままのカーテンの方を見れば、窓の外には夜空が広がっている。私は隣の部屋──あかりの部屋の扉をノックし、勝手に鍵を開け、部屋に踏み入る。
「ねえ──」
そして、問い詰めようとして、私は口をつぐむ。
あかりは静かにベッドで寝ていた。そんなに寝ていた自覚はないのだが、もう、寝静まるような真夜中なのだろうか──、
「起きたのね」
代わりに背後からかけられた声に、振り向くと、白いサイドテールが目に入った。
「クレイアさん……わざわざ、王都から連れ帰ってくださったんですか?」
「あたしは特別なことはしてないわ。あかりがあたしとあんたを連れて、瞬間移動でここまで帰ってきたってわけ」




