1-12 願いの魔法
事件から数日が経った。意外にも、あかりとまなは、打ち解けつつあるらしかった。利用する気でいるあかりはともかく、まなの方は、まだ完全に心を開いたわけではなさそうだが、それでも、確かに、二人の距離は縮まっていた。
そんな二人を意識しつつ、私はクエストを軽くこなしたり、鍛練をしたり、読書したりして日々を過ごしていた。変わり映えのない毎日だ。何もないに越したことはないのだが。
この頃になると、なぜ、彼がまなに執着し、あまつさえ、宿舎まで同じにしたか、その理由にも、見当はついていた。
──おそらく、願いの魔法があるからだろう。
願いの魔法──一生に一度だけ、なんでも願いが叶う魔法。だが、そのほとんどは、自動的に魔法の力に還元される。
そして、まなには魔法が使えない。これが、願いを使っていない証明だ。もちろん、すでに他のことに使ったという可能性は否めないが、まず、前者で間違いないと考えていいだろう。よく当たる勘がそう告げているというのも一つの理由だが、それだけではない。
──まなのあれは、願いを叶えた人の顔には到底見えないのだ。むしろ、何か妄執めいたものさえ感じる。
まなの願いはともかくとして、なんでも願いが叶う魔法を狙うということは、やはり彼は、また何か悪いことをしようとしているに違いない。
彼の願いならなんでも叶えてやりたいところだが、それが本当に彼のためになっているのかと自問すると、今の私にはまだ、明確な答えは出せないのだった。
しかし、まなは何故、願いを使おうとしないのか。当然、何か願いがあるからなのだろうが、その願いというのは一体──、
「……あ」
考えごとをしていたら、つい、木刀で合金の人形を切ってしまった。これは、私が悪いわけではない。木が合金に勝つなんてことを起こせる、世界がおかしいのだ。
そう内心で言い訳をしつつ、私は魔法で人形を元に戻す。
「集中しなくては」
いずれ来る、魔族との内戦。そこできっと、私は最前線で、勇者であるあかりとともに戦うことになる。
王女である私が戦場に足を運ぶことに反対する者も多いが、私より強い人間などこの世にいないのだから、やるしかない。持って生まれたものの宿命というやつなのだろう。
そんなことを考えていると、まったく関係のないところにまで思考が飛躍していく。
「──もうすぐ、蜂歌祭ですね」
城を抜け出してから、はや一年。約束の期限はとうに過ぎている。──城へと帰る期限が過ぎているという話だ。
今までは、人目を避けるようにして過ごしてきたが、学園に入ってしまった以上、居場所はすでに割れていると、私は考えていた。
その上、学園の生徒たちから、写真撮影を求められたり、それをネットにアップしていいか尋ねられることも少なくない。
生徒全員の口を塞ぐことはできないことや、城に隠し通すことの不可能さ、すでに居場所が割れているであろう事情等から、基本的には許可している。
呟き系のサイトでは、『あの、マナ・クラン・ゴールスファがノア高校に!』なんてことも呟かれているらしい。ほとんどがあかり情報だが、いちいちそんなことをチェックするなんて、彼はそんなに暇なのだろうか。私に時間を分けてほしい。
そして、蜂歌祭というのは、三百年に一度の大きな祭であり、開催地は王都トレリアン。女王の歌を蜜に変え、先三百年の魔法植物の生育を決める大事な祭りだ。
今の女王は私の母なのだが、これが、音痴で片づけられるようなものではない。どうしても音程のつけ方が分からないらしく、何を歌っても聖書の朗読にしか聞こえない。ちなみに、十八番は国歌。それはともかく。
私はと言えば、自己評価はともかく、世間では、「歌姫」とも呼ばれている。
魔法、頭脳、ルックスと来て、歌にまで才があるとなると、なんでもできると思われがちだが、当然、弱点もある。くすぐりに弱いとか。口笛が吹けないとか。耳と、指の第一関節は曲げられるけど。まあ、それも置いておくとして。
とにかく、どんな手段を用いてでも、祭には連れ出されるだろう。そして、おそらく、その機に即位させられる。
私が即位したことを世間に公表する場として、蜂歌祭を利用するつもりであろうことは想像に難くない。即位するとは一言も言っていないのだが。




