1-11 私の勝ち
私は辺りを見渡し、手頃な高層ビルめがけて、少量の魔力を利用し、一足飛びで移動する。それから、壁を跳躍と疾走を利用して駆け上がり、屋上へとたどり着く。
そこからさらに、残量すれすれの魔力を使って飛び上がり、ホールにできる限り近づく。そして、
「はあっ!」
使える限りの魔力を解放し、時空に大きな歪みを生み出す。別名、無限収納とも言われ、なんでも入れることができる歪みだ。
ホールは衝突する物体を得られないまま、溢れんばかりの魔力を制御する発動者を失い、膨張しつつあった。
──ビルを丸のみにしそうなほど大きなホールを、歪みに収納する。
一繋ぎの大きな歪みを作り出そうと思えば、歪みを調整し、途切れないようにする必要がある。大きくなればなるほど、波打つそれを制御するのは困難となり、並外れたセンスと莫大な魔力を必要となる。
だが。
「──いける」
広げた歪みに、ホールが収納されていき──、完全に入りきったのを確認して、魔法を解除する。
「馬鹿な……!」
「──私の勝ちですね」
その結末を見届けて、クロスタは意識を失ったようだ。
一方、私は沈みゆく意識をなんとか引き寄せ、落下の衝撃に備えようとする──が、全身のどこにも力が入らない。いや、正確には動けないと言った方が正確か。
「アー」
──あのカラスの仕業だ。カラスが私の動きを魔法で封じているのだろう。
なんとか体勢を変えようとするが、指先一つすら動かない。マンションの屋上からこのまま、逆さまに落ちて、果たして、無事でいられるだろうか。魔法で治療することもできるが、即死の場合はなんともならない。
地面が近づいてくるがまだ動けない。そのうちに、自然と目が閉じていく。
だが、恐怖はない。死を受け入れているわけではない。
──ただ、助けが来ると、信じているから。
「マナ──!!」
風で落下の勢いが消え、腕に優しく抱き止められる。
やっぱり、来てくれた。
「大丈夫、マナ!?」
口を動かそうとしてみるが、まったく動かない。目も開きそうにない。これは夢なのではないだろうかと思ってしまうほどに、すべての感覚がぼんやりとしていた。ただ、彼が助けてくれたのだろうと、その実感だけがあって。
「マナ、マナ!」
──うるさい。今は、静かに眠らせてほしい。
「ねえ、マナ!」
──あーうるさい。本当にうるさい。少しは黙っていられないのか。心臓も呼吸も瞳孔反射も正常だ。ちゃんと生きている。
「マナアアア、マアアアナアアア!!!!」
「うるさい……!」
空気中の魔力を取り込み、少しは気力が戻ったのか、やっと目を開けることができた。
──だが、気がつくとそこは、宿舎の部屋だった。
「起きたのね、良かったわ」
近くには、まなの顔もあった。はっとして起き上がると、外から日が射しているのが見えた。
「マナアアアアァァァ……!」
あかりが顔中から体液を出して、私に抱きつこうとするのを、避ける。
「汚いので近づかないでください」
「ばっで、ばだが、ばだがああああ!」
「気持ち悪いです。何言ってるか分かりませんし。この通り元気ですから」
「……あんた、丸一日寝てたのよ。覚えてないの?」
「──そんなにですか?」
となると、今は二日後の朝で、私は昨日学校を休んだということか。とはいえ、魔力を使い果たせばこうなるのはある程度分かっていたが、
「まさか、あれからずっと、あかりさんはこの調子なんですか?」
「ええ、そうよ。学校に連れて行くのも無理そうだったから、もう放っておいたわ」
──聞こえた寝息に視線を落とすと、あかりはベッドの端に顔をのせて、眠っていた。目が半分くらい開いていて、怖い。いや、気持ち悪い。
「──クレイアさんがここにいるということは、まだ始業前ということですね」
「ええ、そうだけど……まさか、行くつもり?」
「はい。この通り元気ですし。連続でお休みすると、皆さん心配されるかもしれませんから」
ぐがーと、イビキをかくあかりの顔に、私はティッシュをぺたぺたと貼り付ける。よくくっつく顔だなと思いつつ。特に深い意味はない。
「起きたときにあんたがいなかったら、あかりが宿舎を壊しかねないから、やめてあげなさい」
「それなら、今、起こせばいいだけの話です。あかりさん、起きてください」
「んー……」
「ほら、行きますよ」
そもそも、泣きすぎで休むなんて、死んでいたわけでもあるまいし、大袈裟だ。加えて、私とあかりは今のところ、他人だ。昨日も休んでおいて、次の日、睡眠不足で休むなど、許されるはずがない。
なかなか起きないあかりに痺れを切らし、私はその耳を思いきり引っ張る。千切れない程度に。
「いでででっ!」
「早く起きろ」
「今日は、休ませて……」
私はあかりの襟首の後ろを掴んで引き寄せる。何か言おうとして、一昨日の服のままのあかりから、少し、かぐわしい臭いがすることに気がつく。私ももしかしたら、同じ臭いがするかもしれない。
「クレイアさん、私、臭いますか?」
「まあ、ほんのり」
「……昼には必ず行きます」
「そう。伝えておくわ」
まなは部屋を出る直前、私の方を振り返り、
「そうそう、この間はありがとう。地図はあかりが取り返してくれたわ。このお礼はいつかさせてもらうから」
そう言い残して去っていった。彼はちゃっかり、地図を取り返していたらしい。自分で盗ませたのだから、当然、そのくらいはやってもらわないと困るが。
「──とりあえず、お風呂に入りますか」
嗅いでみたが、自分の臭いはよく分からなかった。本当に臭うだろうか。ショックだ……。




