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どうせみんな死ぬ。  作者: さくらもーふ
第二章 ~溺れる日記~
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1-9 彼の悪巧み

 道中、緊急のクエストが入った。なんでも、魔王幹部、それも四天王がこの付近に潜伏している可能性があるため、それを調査してほしいとのことらしい。私は何でも屋ではないのだが、見当もついていたため、すぐに対処するという趣旨のメールを送信した。


 そうして、まなを無事、店まで送り届け、彼女が地図を購入する間、私たちは外で待っていた。私のおすすめ、トンビニ、またはトントラ。多方面に手を出しすぎて赤字が出そうな分を、トンビアイスという、牛乳アイスの売上だけで毎年なんとかしのいでいる企業だ。


 ちなみにトンビアイスは、三年に一度くらい、そのあまりの美味しさとリピート率に、何か怪しい薬が入っているのではないかと調査が入るほどで、一本食べるとまた食べたくなるほどに美味しい。個人の感想だが。


 そうして、アイスの味に想いをせていると、ふと、視界に入ったあかりが、今度は瞳に覚悟のようなものを湛えているのに気がつく。


「また何か悪巧わるだくみですか」

「まあねえ」

「あまり、彼女を傷つけるようなことはしないでくださいね」

「それは約束できないかなあ。もうすでに、うちのシーラがやっちゃってるし」

「あれは仕方なかったと思います。ですが──」


 あかりは、敵と見なした相手に一切の容赦をしない。殺生せっしょうを嫌がる素振りは見せるのだが、内心では、その実、なんとも思っていない可能性があり、ある種、慣れのようなものも感じる。


 だから、まなに何を望んでいるのかは知らないが、彼女を敵と見なせば、きっと、彼女を傷つけることなど、なんとも思わない。それは、身体的な面だけでなく、精神的な面でも。


「私が言っているのは、心の問題です。あれで彼女も傷つきやすいそうですから」

「ま、それはあの子次第かな」


 私の心配など、気にも留めていないのか、彼の視線は前方に向く。その視線の先には、シーラがいた。


 そして、私は彼の悪巧みについての思考を巡らせて、ある一つの仮説に思い当たる。


 シーラを含む、ノラニャーの習性の一つに、人の物を盗むというものがあるのだ。


「──まさか」

「そ。さすがアイちゃん、察しがいいねえ」

「まだ敵の目もあります。今日でなくても──」

「今日じゃないとダメなんだよね。初日だからこそ、特別感があるってもんでしょ?」


 私がそれに言い返そうとしたそのとき、トンビニの入り口が開く音がして、まなが出てきた。そちらに気を取られている間に、シーラは姿を消していた。


「無事、買えたわよ。それで、明日トンビアイス買ってこればいいんでしょ?」

「いや、冗談だからね? 別に暑くもないのに食べたくないし」


 先ほど、まなはあかりに、助けたお礼にトンビアイスが食べたい、と脅されていた。だが、まなの財布には地図のお金きっかりしか入っていなかったため、買うことは叶わなかった。


 ちなみに、彼女は魔法が使えないため、スマホによる通信はできない。そのため、値段はあらかじめ、宿舎に設置されている固定電話から問い合わせておいたらしい。そこまでする必要があるのかと問いたいところだ。言及はしないが。


 そうこうして、帰り道を進んでいくと、突然、目の前にシーラが現れ、まなの足元にすり寄ってきた。シーラは人見知りなので、知らない人にはあまりなつかない。となれば、間違いなく、あかりの差し金だ。


 まながシーラをでようとしゃがむ。それを私は注意深く見つめ──突然、シーラがまなに飛びかかった。驚き、尻餅しりもちをつくまなを置き去りに、シーラはそのまま私たちの後方に歩いていく。


 その様子を注視していた私は、すぐに気がついたが、まなはまだ気がついていない。今動けば、彼女に気づかれることなく終わる。だが、ここには彼の目もあるし──、


「びっくりしたー……ってあれ、地図がない」


 などと考えているうちに、まなが気がついてしまった。こうなれば、知らないフリをするしかない。


 そうして、ゆっくりと振り返ると、シーラは二本の足で立ち、口に地図を加えて、まなの様子をうかがっていた。横目で静かにあかりの様子をうかがえば、それが故意であることはすぐに分かる。


 つまり、飼い主であるあかりに、地図を盗めと命令されて、シーラが素直に従っているのだ。


 まなが状況を理解しきる直前、あかりの指示でシーラが二足で走り出す。同時に、まなが叫んだ。


「待ちなさい、ノラニャー!」


 そうして走り出すまなを追いかけようとすると、あかりに腕を掴まれる。


「すぐに捕まえたら、感動が薄れるじゃん?」

「あなたという人は──っ!」

「ってのと、あれね」


 あかりが指差す方向──上空に、先程取り逃がした人物が浮遊していた。空を飛べるというだけでも、相当、魔力は強い。手練てだればかりの城仕えの者の中でさえ、空を飛べるほどの人物は、おそらく、いない。


「アイちゃんはあれを倒してきて。僕はまなちゃんを上手く誘導して遠ざけておくからさ」

「……あなたが心臓を潰せば一瞬で死ぬのでは?」

「それがさあ、殺しちゃうと、ちょっとまずいんだよね」

「はぁ……?」

「事情は後で。とにかく、今はまなちゃんを見失わないようにしないと。だからアイちゃん──僕のことは置いて、先に行って」

「この状況で言うのはダサいです」


 まなが受けた精神的ダメージの分、私はあかりを攻撃する。彼の反応を聞く前に、地面を蹴り、地面すれすれを飛ぶように移動して、数歩のうちにまなを追い越す。


 と、そのとき、シーラが家屋の隙間に入っていくのが見えた。すぐに腕を伸ばしたが、指先が尻尾に触れるだけで、捕まえることは叶わず、シーラは地図を縦にくわえて去っていった。


「あっ! ──これは、もう追えないわね」


 すると、まなは踵を返して宿舎の方へと歩き始めた。やっと追いついて、走って向かってくるあかりがすれ違うまなを声で引き留めて、問いかける。


「え、まなちゃん、追わないの??」

「ええ」

「なんで?」

「一度、巣に持ち込まれた物を取り返したところで、この先、ずっとノラニャーたちに追いかけられ続けるのよ? それに、盗んだ子を見失ったら、取り返すのはまず無理だし。予定は狂ったけれど、まあ、新しいのを買えばいいわ」

「え──」


 あかりが実に間抜けな顔で、まなを見つめる。そして、珍しく、本気で焦り始める。


「えええええ!? それは困るって!」

「は? 何が困るのよ」


 あかりのイメージするまなは、取り返すまで粘るような人物だったのだろう。おそらく、ある程度泳がせて、いい感じのところで取り返す予定だったのだ。


 ただ、実際は、いさぎよさすら感じるほどに諦めが良かった。


 それは、決して諦めることをしないあかりには、考えられなかっただろう。彼は欲しいものがあればなんとしてでも手に入れる。走る足を手に入れたように。


 加えて、私は以前、彼に百回、告白されて折れた身なので、そのしつこさは身に染みるほど理解している。今では私の方が《《ぞっこん》》だというのが、なんとも悔しい話ではあるのだが──それはともかく。


「諦めなければ取り返せるって! 頑張ろうよ! まだそんなに遠くには行ってないって!」

「暑苦しいわね……。たかが地図一つでしょ? 別にられたってたいして困らないわよ」

「それはそうだけどさあ……ほら、やっぱり盗られたままだと悔しいじゃん?」

「盗られたあたしが悪いんだから、仕方ないでしょ。次から盗られないように気をつければいいだけの話よ」

「……ちょっとは、何とかしようとかないの!?」

「ないわね。世の中、どうにもならないことの方が多いもの。諦めも肝心よ。それに、もうお風呂入っちゃったし、汗かきたくないし、明日も学校だし」

「何その正論過ぎる正論!? アイちゃんもなんとか言ってよ!」


 ここで私に振るとは、いい度胸をしている。


 しかし、その気がまったくない者を説得するのは無理だ。


 ──それよりも、上空の人物からまなを遠ざけるのが先決だろう。


「私が探しておきますから、あかりさんはクレイアさんを宿舎まで送り届けてください」

「は? ……あ、待って!」


 まなの制止の声が聞こえなかったフリをして、私は通りの角を曲がり、上空へと飛行した。

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