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どうせみんな死ぬ。  作者: さくらもーふ
第二章 ~溺れる日記~
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1-8 押しつけられた役割

 しばらくすると、まなは立ち止まって辺りを見渡し始めた。


「どうやら、道を間違えたことに気づいたようですね」

「こっちに戻って来るかな? 移動した方がいい?」

「……少し待ってください。何か、様子が変です」


 まなは、少し戻ったところで、立ち止まり、街路樹のうちの一本を見上げた。そこには──シーラの姿がある。


「シーラさん、いましたよ」

「え、嘘、どこ?」

「クレイアさんが見ている木の上にいますね。……どうやら、降りられなくなっているみたいです」

「あー、シーラ、高いところ苦手なくせに、木登りは好きだからねえ。じゃ、まなちゃんを追いかけつつ、助けに──」

「いえ、待ってください」

「今度はどうしたの?」

「……何か言っているみたいです」


 そう言うと、あかりは魔法で、まながいる位置の音を集め、耳を傾ける。視覚とは違い、聴覚は魔法で強化しやすい。私がやるまでもないと判断し、彼に任せておく。


「なんと言っているんですか?」

「んーとね。──言っておくけど、あたしは善意だけで動いたりしないわ。恩返し前提で助けてあげる。後は、ちょっと、木登りがしたい気分だっただけだから──だってさ」

「……それ、クレイアさんの真似ですか?」

「うん! どう? 結構似てない?」

「──は? ふざけてんの? はっ倒すわよ」

「うわあお、そっくりー……」


 軽く声帯模写(もしゃ)をしながら、まなの様子を確認していると、なんと、まなが木に登り始めた。


「だ、大丈夫でしょうか……。落ちたりしませんかね……」

「ん? なんでそんなに心配してるの?」

「クレイアさん、魔法が使えないみたいなんです」

「──あーそうなんだ。それは、ちょっと危ないねえ」


 先程の魔力探知の際、私はまなの気配が探知できないのを確認した。生きている限り自然と魔力が取り込まれるものであるが、それがないということは、おそらく、彼女の周りでは魔力が非活性になっているのだろう。


 魔力には、活性状態と非活性状態がある。生物の体内に取り込まれた魔力の一部が活性状態となり、その活性化されている魔力を、私たちは魔法の力へと変えている。逆に、大気中の魔力は基本的に非活性だ。


 そして、体内の魔力がすべて非活性だということは、魔法が使えないことを指している。活性状態だから魔法が使えるというわけではないが、非活性の場合は確実に魔法が使えないということになる。


 とはいえ、ほぼすべての人類は──この場合、人間と魔族とを含めて人類と呼んでいるのだが──魔法が使えるようにできている。つまり、まなのそれは、かなり特殊なケースだ。


「シーラがかなり怯えていますね。……嫌な予感がします。行きましょう」

「あ、待ってマナ! 足が速い!」


 私は走るのが速いのだが、あかりは遅い。いや、かなり遅い。


 とはいえ、仕方のない話で、彼は持病のために、足に筋肉がつきにくい体質なのだ。幼い頃は歩くことさえままならなかったとか。


 それを努力と根性で、なんとか走れるまでにした、のはいいのだが──やはり、遅い。


「魔法を使えばいいじゃないですか」

「いや、そこは、なんかこう、プライド? 的なあれがさ──」

「置いていきます」

「分かった! 分かったから!」


 魔法は願いを叶える力だと言われている。残念ながら、魔法を使うためには魔力が必要であり、その魔力の量には個人差があるのだが、彼はそこだけは恵まれているため、たいていのことは魔法でできる。


 それでも、自力で速く走りたかった理由は単純かつ愚かなもので、──その方がカッコいいから、だそうだ。


 要は私へのアピールのつもりだったそうだが、私から言わせれば、走っている時点でもう遅い。他人にこう言うと必ず問い返されるのだが、それはさておき。


「……やっぱり」

「どうしたの?」

「シーラさんは自力で降りましたが、代わりにクレイアさんが木から落ちかけていますね」

「え! ヤバくない!?」

「ヤバいです。急ぎますよ……ん、何か言いましたか?」

「いや。何か聞こえた?」


 耳を澄ますと、「助けてー!」と叫び声が聞こえてくる。


「あの状況で、迷わず助けを呼ぶとは……さすがクレイアさんですね」

「いや、どんな状況?」


 簡単に言えば、木にぶら下がっている状態だ。ただ、木の枝が想像以上に柔らかく、ほぼ垂直にしなっている。まるで、木に逆さまにしてくくりつけられた四足動物だ。普通なら恐怖で声も出せないか、出せたとしてもせいぜい、叫ぶしかできないだろう。


「そこの人! 助けて!」


 しかし、私たちに気づいたまなは、冷静さを保ちつつ、声をかけてきた。元より助けるつもりではあるのだが、──一体、どのようにして助けるべきか。


 彼女に触れると魔力が非活性になるということは、彼女に魔法が効かないことも示している。となれば、魔法での救出は困難だ。


 落ちてきたまなを腕で受け止めることも考えるが、いくらまなが軽くても、高さがある分、落ち方によっては怪我をさせてしまう可能性がある。


 となれば、木に登って助けるのが速い。


「あっ──」


 などと考えている間に、まなが木から手を離した。非常にマズイ。抱えて、いや、下敷したじきになれば怪我けがはさせずに済むだろうか──、


 そこで、私は思考を放棄し、時を止める。


「……なんとか、止まりましたね」


 魔法が効かないから、時を止めても無駄かもしれないと考えていたが、なんとか止まってくれた。内心、冷や汗まみれだ。


「あれ、マナ、時止めた?」

「見ての通りですよ。まったく、なんで動けるんですか?」

「そりゃあ、マナに夜逃げされないよう、色々と対策を……」


 あかりに向かって、石や砂を投げつけ、まなを抱える──すると、時間停止が強制的に解除された。


「──あっっっぶなっ!?」


 止まった時の中で物を動かし、その状態で時を進めると、凄まじい威力を発揮する。一握りの砂で人が殺せるくらいに。まあ、彼には一つも当たらなかったようだが。腹立たしい。


 ──直後、目眩がした。時を止める魔法は魔力の消費が激しく、短時間の急な魔力の消費に耐えられるように人はできていない。ただ、この症状は一時的なものであり、放っておけばそのうち治る。


「えっと、助けてくれたのよね。ありがとう」


 腕の中からまなの声が聞こえる。すごくいい匂いがするし、温かいし、可愛いし、すりすりしたい。が、それをやると、変態認定されてしまうので、今は我慢する。


「いえ。見返りありきで助けたまでですから」

「……あんた、さっきの聞いてた?」

「はて、何のことでしょう」


 とぼけるついでにあかりを見ると、何かを思いついたような顔をしていて、嫌な予感を覚えた。


 そのとき、シーラがネコのフリをして私の足元にすり寄ってきた。視線で訴えると、彼はシーラを抱き上げる。


「ガブ」

「痛いっ!」


 腕を噛まれながらも、あかりは少し離れたところでシーラを降ろす。


「そろそろ、降ろしてくれる?」

「あ。すみません、どうぞ、降りて……あ」


 私はまなが痛そうに左腕を押さえているのを見て、シーラに引っかかれたのだと気がつく。


「あかりさん、クレイアさんが引っかかれたようです」

「え!? うわ、ほんとだ! まなちゃん、大丈夫!?」

「え? ええ、別にたいした怪我じゃないわ」

「いや、ネコに引っかかれるって、結構痛いよ」


 ここでうっかり、ごめんとか、シーラとか、ノラニャーとか言わない辺り、あかりも人をだます才能だけはあるらしい。


「腕貸して」


 まなに差し出させた腕に向けて、あかりは回復魔法を発動させる。しかし、彼女には魔法が効かない。とはいえ、それを私の口から言ってしまうと、なぜ知っているのかという話になるため、黙っておく。


 れなから聞いたということにできれば一番いいのだが、彼女には、自分のことはまなに黙っておくよう言われている。面倒な話だ。


 ──そして、まだ、近くに、刺客の気配がある。このまま一人で出歩かせるのは危険だ。とは言っても、まなが人の言うことを聞かないであろうことは容易に想像がつく。


 となれば、ついていくのが彼女の安全のためだ。きっと、今まではれながこうして守っていたのだろう。


「……とんだ役割を押しつけられましたね」

「何か言った?」

「いえ。なんでもありません」


 まなを守ること自体は別に構わないのだが、せめて、説明の一つくらいはしておいてほしかった。

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