1-6 今の私の目標
道中、まなが地図を買うならどこがいいかと尋ねてきたので、私はコンビニなら売っているのではないかと答えた。付け加えて、大手コンビニチェーン、トンビニトラレル、通称トンビニがおすすめだとも言った。
そういうわけで。
「クレイアさんは本日、地図を買いに行かれるそうですが、一人で大丈夫でしょうか」
「いや、あの子しっかりしてそうだし、大丈夫じゃない?」
「と言いつつも、いつでも出掛けられるように準備していますよね」
「ま、一応ね」
私たちはそれぞれの部屋から念話で会話していた。念話とは、魔法を使った連絡手段のことであり、思念伝達とも言われる。
声でも文字でもなく、相手の考えていることをそのままやり取りする魔法であり、相手のことを理解しているほど内容も理解しやすくなる。また、言語の壁があったとしても、特性上、問題はない。
念話可能な距離は双方の魔力に比例する。自慢するようで気が引けるが、私は現在、世界で二番目に魔力が高い人間なので、相手の魔力に関係なく、世界の裏とでも連絡がとれる。
ちなみに、魔族と人間を含めた人類最強の魔法使いは誰なのかと言えば、
「……はあ」
「ため息なんてついてどうしたの? アイちゃんらしくもない」
「切りますね」
「え、あ、ちょっ!?」
そう、色々と残念なこの彼だ。ちなみに、彼をこの世界に召喚したのは私だが、何度後悔したか分からない。
「ねえ、切らないでよ!」
そんな件の彼が、部屋をノックもせず開け放ち、直接文句を言いに来た。これでも一応、年頃の乙女なのだが、そういった配慮は感じられない。
「なぜ切ってはならないのでしょうか」
「なぜって、それはその……」
「私との婚約を一方的に破棄したのはあなたですよね」
「いや、それには事情が──」
「では、その事情とは何ですか?」
「それは、言えない」
本気で殴ってやりたいところだが、やめておく。
彼は私に、分かってほしいとも、分からなくていいとも言わない。ただ、私が望んだときに、私が欲しい言葉をくれる。しかし、それは本心ではない。
だから、彼の本音はなかなか見えない。私にどうしてほしいのか、言ってくれさえすれば、可能な限り、それに応えるつもりなのだが。
「本当に頑固ですね」
「意志が強いって言ってよ」
「変える勇気がないの間違いでは?」
「うーん、否定できない。でも、それでもいいってついてきたのは、マナの方でしょ?」
そう、私の方が負けたのだ。これでも実は、私はどうしようもなく、彼に惹かれている。目をじっと見られると、思わず顔をそらしてしまうくらいには、負けている。悔しい限りだが。
「でもさ、念話しないでとは言われてるけど、通話もメッセージも全部ブロックされてたら、念話以外連絡の取りようがないじゃん?」
「こうして直接伝えに来てはどうでしょう?」
「そんなに僕の顔が見てたいの?」
「いりません」
そう言うと、彼は笑った。どうして分かるのかとは聞かない。顔が見たくて念話を切ったと、認めることになるから。
「いやあ、僕もマナの国宝級に可愛い顔はいつまでも見てたいんだけど、まだちょっと、緊張するっていうかさ」
「出会って二年。交際期間は一年もあったというのに、今さら何を緊張することがあるんですか?」
「日に日に可愛くなってくからさ」
「死ねばいいのに」
「おっと、照れ隠し? 可愛いねえ、マナは」
これで、向こうには内心が筒抜けなので、救えない。だが、手放しに喜ぶこともできない。
──別れてまだ一ヶ月も経っていないのだ。それなのに、今までと変わらない対応をされる上、それでもなぜ別れたか教えてもらえていない。
「クズですね、本当に」
「ごめんね、マナ」
「絶対に、許しません」
「──ごめん」
──いつの日か、絶対に、彼を妄執から解き放ち、再び、私の元に戻って来させる。それが、今の私の目標だ。彼が少しでもこちらを向いている限り、それは叶うはずなのだから。
私には彼以外の選択肢など、初めから眼中にない。そうしていつも、私は自分がいかに愚かであるか気づかされる。
──そして、そんな彼の今、一番の興味が、マナ・クレイアに向けられているというわけだ。だが、見たところ、恋、という感じでもない。そもそも、まなは彼を知らないようだった。
「それにしても、まなちゃん、まだ地図買いに行かないのかなあ?」
「部屋にいる気配はしますが、動く様子はありませんね。おおかた、勉強でもしているのでしょう」
「いや、気配って何?」
「心臓の鼓動や、呼吸の音が聞こえます。この壁は薄いですから。それくらい分かるでしょうに」
「いや、普通、聞こえないから……」
今は、こうして、チクチクといじめるのが精一杯だった。




