6-48 時を戻したい
──まなちゃへ。
この手紙を読んでいるということは、レナは死んでしまったのでしょう。ああ、死んでしまうとは我ながら情けない……。ごめんねえええ、まなちゃあああ。ま、それは置いといて。
「……ずっとこのテンションだと、読むのが辛いわね」
私はため息をついて、再び紙に目を落とす。しかし、変わらない彼女の在り方に安堵しているのが、自分でも分かった。
──まなちゃは、すっごくいい子だから、いつも誰かが側にいてくれたと思う。だから、あんまり心配はしてなかったよん。
……いや、嘘。めちゃんこ心配だった。すんごく心配だったけど、これを読んでくれてるってことは、なんとか、乗り越えてくれたみたいだね。よきよきー。ってことは、お姉ちゃんの慰めはいらなかったと思うけど、本当は、側に行って抱き締めてあげたかった。それももうできなくなっちゃった。ごめんね。
でもさー、やっぱり、まなちゃには頼ってほしかったなー。あんなに頼ってって言ったのに、一回も頼ってくれないんだもーん。もう、拗ねちゃった。ぷんぷん。
──まゆみのことはね、あたしも知ってた。どうなったかとかは言えないけど、もう、この世界でまなちゃの前に現れることはないよ。絶対にね。
れな様はこー見えても、えらーい大賢者様なのです。だから、まなちゃが今、何を考えてどうしようとしてるかなんて、全部お見通しなのです。この手紙、いつ書いたの? って、思ってるでしょ? そりゃあナイフを渡す前に決まってるじゃん? ってことは、おっとおっと、もらったのは、まなちゃが八歳のとき? おやおや、れなはいつからこうなるって知ってたんだ!? みたいになってるでしょ?
実は、中身は後から入れ替え可能なのです! だから、まなちゃに最後に会ったときにこっそり差し替えておきました。へへーん、びっくりした?
ここからが本題ね。
ずばり、まなちゃは今、時を戻そうとしています! はい、大正解!
「まるで、どこかから見てるみたいね……」
とはいえ、れなはもう亡くなっているのだから、そんなはずはないのだけれど。幽霊が見えると言っても、そんなに便利なものではない。こういうのは、会いたい人に限って、だいたい会えないものなのだ。
再び、手紙に意識を向ける。
──時を戻してもね、世界は複製されて、この世界はこの世界として続いていくの。それで、まなちゃがいる方の世界だけ、時が戻る。まあ、世界を一つ作っちゃうみたいなもんだよ。パラレルワールド的な?
つまり、起こってしまったことは、時を戻したとしても、決してなくならない。それは忘れないでね。
とにかく、過去の世界にまなちゃが移動することになるんだけど、記憶や物は持っていけるよ。あ、体は元の年齢に戻るから、心配しなくてダイジョーブ。いやー、それにしても、若返るなんて、羨ましい! あ、れなも若返るのか! やったね! わーい!
ただし、注意事項があります。それはね、この世界のまなちゃが過去に戻ると、過去にまなちゃが二人いることになっちゃうってこと。そーれはさ、良くないよね? ドッペルゲンガーってやつだよね? 同じ魂が同じ世界に二つあるなんて許されないから、会ったら、どっちかが死ななきゃいけない。
だから、時を戻すなら、まなちゃはまなちゃを消さなきゃいけない。
つまり、時を戻すのは絶対に、ダメ。
「じゃあ、どうしろって言うのよ──」
どうするかは、自分で考えなきゃ。まなちゃの願いなんだから。
──まるで、私の考えを読んだみたいだが、確かにその通りだ。私の判断を、誰かのせいにしたくはない。
あ、それから、この紙、持ってかないでね。その辺にぽんって置いといて。ああ、紙が少なくなってきちゃった! ここからは巻きでいくね!
まなちゃ、誕生日おめでとうかけるたくさん!成人おめでとう!魔王即位おめでとう!退位おめでとう!戦争終了おめでとう!いやー、まなちゃならやり遂げてくれると思ってたよー!それから、今まで、頑張ったね。生きててくれて、ありがとう!
最後ね。色々あると思うけど、どうするかはまなちゃが自由に決めていいんだよ。どんな答えを出したとしても、れなはまなちゃの味方だから。考えるのが嫌だっていうなら、それから逃げてもいい。お金に困ったら、魔王城から盗めばいいし。嫌なことに、わざわざ立ち向かわなくていい。どんなときでも、まなちゃの選択が一番だから。
……いや、一つだけいいかな。死なないで。絶対に。生きてね。どんなに辛いことがあっても、生きることからだけは、逃げちゃダメだよ。
最後にもう一つ。本当にこれが最後ね。まなちゃ、ごめんね。ずっと一緒にいてあげられなくて。顔もあんまり見せられなくて。こんなに遠くからしか、言葉を伝えられなくて。何にもできなかったれなを、まなちゃが嫌いになるのは、当然だと思う。許して、とも言わない。
それでも、れながまなちゃのことを思ってたのは本当。れなは、まなちゃのことが何よりも大切だよ。本当にごめんね、れな、こんなに早く死んじゃって。本当に、何もしてあげられなくなっちゃった。一緒に行きたいところとか、食べたいものとか、してみたいこととか、色々、本当に色々、たくさんあったんだけどね。
ごめんね、まなちゃ。ずっと、永遠に、大好きだよ。
まなちゃの姉、レナ・クレイアより
***
「結局、読もうと思って、後回しになっちゃったわね」
白い本の表紙を撫で、私は少し、ため息をつく。マナが最期に残したものだ。それを今から見るとなると、緊張する。
「どうするか考えてから……いや、でも…………いいえ、今しかないわね」
──さあ、何が出てくるか。ビックリ箱でも、今なら笑って許そう。
しかし、開けばそれは、ちゃんとした本だということがすぐに分かった。そして、私は最初に書かれている言葉を読み上げる。
「──私は、世界で一番、幸せです」
(第一章 願いの手紙 END)




