6-35 二人の道を歩きたい
「何の話だ……? 分からない。俺には、少しも、理解できない」
「分からなくていいよ。たとえ、マナが忘れても、誰にも理解されなくても、僕だけが分かっていれば、それでいい。誰がどう思っていようと、僕はまなちゃんを守るだけだから」
それだけの思いだとは、知らなかった。──本当にあかりは、マナを愛していたのだろう。
「殺す、絶対に殺す……殺してやる……!」
今のトイスにはきっと、誰の言葉も届かない。愛していたものを、彼は失いすぎた。失う度に、膨れ上がっていた世界への恨みは大きく、それが、マナという最後の歯止めを失ったことで、爆発したのだろう。
「ねえ、トイス。一つ、聞かせてくれる? ──マナの血液型って、何?」
その質問の真意に、すぐ気がついたのだろう。トイスは顔をさらに歪めた。
「本当にお前はっ……何も、何一つも、少しも、知らない! ルスファの女王となるものは、血液にその印が刻まれ、他の血を一切、受けつけなくなる──輸血なんて、できるはずがないだろ!!」
──やはり。最初から分かっていて、マナは、病院に行くのを断ったのだ。
もっとも、なぜ、女王に輸血ができないことを認知しておいて、何年も放置しているのかという疑問は残るけれど。
「そう──やっぱり、あたしって、すごく愛されてたのね」
「……っ! 死ね! マナ・クレイアアアア!!」
気がつくと、あかりが氷の剣で、トイスの斬撃を受け止めていた。速すぎて見えなかった、というやつだ。遅れて、背筋を冷や汗が伝う。直後、目の前で剣戟が繰り広げられる。
私はそれを放心して眺めていたが、やがて、トイスが攻撃の手を止め、こう言った。
「戦争だ……。戦争に勝利し、お前と魔族全員を葬る……!」
「いやいや、もう少し平和的な解決をさ──」
「とっくにその段階は過ぎてるんだ、榎下朱里──いや、榎下朱音、だったな」
「ちょっと名前が違うだけじゃん? たいして変わんないって」
「いいや。勇者の名前は榎下朱里だ。つまり、お前は勇者ではないということだ。それが何を意味するか、分かるか?」
「……難しいことは分かんないなあ」
「これまで、十年以上も、お前は国を欺いてきたことになる。それとも、最初から、そちら側の人間だったのか?」
「いや、そんなわけ──」
「果たして、一体、何人がお前の言葉を信じるだろうな」
先の発言に見逃せないものがあって、私は口を開く。
「──ちょっと待ちなさい。さっき、とっくにその段階はすぎてるって、言ったわよね? どういう意味?」
すると、トイスは口角をにぃっと上げた。
「魔王城っていうのは、ずいぶんと物が少ないんだな。おかげで、隠し場所を探すのが大変だったらしい」
「え? 何の話?」
「──爆弾、でしょ?」
「察しがいいな、マナ・クレイア。まあ、もうすでに手遅れだがな……はは、ははははは、ふはははは──」
「あかり、一度、城を出るわよ! どんな方法でもいいわ!」
「おっけえ!」
すると、あかりは城の天井を落下させ、トイスにその対応を強いる。その隙に、城の壁を溶かして、脱出した。
それから、走って壁まで駆け抜ける。魔王なので、裁かれはしないが、開戦を宣言された以上、殺される可能性はある。
「ねえ、さっきのって、魔王城が爆発したってこと!?」
「ええ、そうね」
「──あれ? なんか、やけに落ち着いてるような……」
「とりあえず、レックスのところに向かいなさい。人間の側につかないなら、だけど」
「はははっ。言ったじゃん、君を守るって。──それに、人間の側につくなんて無理でしょ。僕、ほんとは勇者じゃないんだからさ」
「それもそうね。……ありがとう」
「お礼を言うのはこっちの方だよ」
私は足りない頭を回して、なんとか考える。昨日、ご飯は食べたので、頭の巡りもいい気がする。
王様が戦争を起こすと宣言したのだ。戦いは避けられない。
なんとしてでも、私は、生きなければならない。この命を無駄に散らすわけにはいかない。どんな手段を使ってでも。
「それから、聞きたいことがあるんだけど──」




