6-33 彼女を悼みたい
ふわふわと飛びながら、私とあかりは空を飛んで移動していた。いくら魔王になったとはいえ、トイスの恨みが消えるはずはなく、城にたどり着くまでの間、妨害が入るであろうことは、簡単に想像がついた。そのため、今回も透明化していた。
トイスはあれで意外と、手段を選ばなかったり、感情に左右されやすいタイプだと、私は思っている。
「ふぁああぁ……ねむー……」
「間抜けな顔ね」
あかりは、「すっぴんの寝顔とかマジ無理」と言い出し、「男用の化粧品、持ってないんだよねえ。てか、すっぴんで行くとか無理」と、駄々をこね始めた。さらには、「すっぴんで人前とか、ほんと無理」と──置いていきたくなるほど、鬱陶しかった。
正直、どの辺りが無理なのか、教えてほしいくらいだ。肌は白くてつやつや、顔立ちは整っていて──まあ、詳しいことはよく分からないけれど。
結局、マナの葬儀に間に合わない、の一言で黙らせたのだが。
「お通夜だか、お葬式だか、葬儀だか、告別式だか、お別れの会だか知らないけど、すっぴんとか、究極に無理なんだけど」
「大丈夫よ。そのままでもマナに嫌われたりしないわ」
「それは分かってるんだけどさあ……。そうじゃないじゃん?」
「大丈夫よ。元々、マナはあんたに期待なんてしてないから」
「ねえ、酷いって! 事実だけど!」
そうして、幾度か攻撃を受けながらも、私たちはトレリアンの門の列にたどり着き、透明化を解く。透明化していても、魔力探知をされれば居場所は分かってしまうので、戦闘は避けられなかった。
「なんとか、たどり着いたわね……」
「ほんとに、死ぬかと、思った……」
着く前から、元気など一絞りも残っていなかったが、これからが本番だ。すでに辺りは暗く、十時までそう時間もないだろう。しかし、なかなか列が進まない。
それもそのはず。明日は一般向けに、マナのお別れの会が行われるため、世界中から、マナの死を悼む人たちがやって来ているのだ。
それだけで、平原が埋まるほどの行列ができていた。仕事を急に休んできた人もいるだろう。会社ごと休みにしたという話も聞く。
マナが愛されていた証だ。
「……このままじゃたどり着けそうにないわね。魔王権限で優遇させるわ」
「そういうの、ショッケンランヨーって言うんじゃない?」
「いいのよ。あたし、魔王なんだから。すごく、偉いんだから。きっと、ここが使い時よ。それに、誰も、今のあたしを怒れないわ」
あかりに列で待つよう伝え、私は最前列まで行き、門番に書状を手渡す。いつかの、顔が怖い門番ではなかった。
しばらくの後、通っていいと言われて、私はあかりを手招きし、ともに中に入る。
一度、トレリアンに入ってしまえば、城に入るのは簡単で、招待客の扱いを受けた。当然、会場にはトイスがいて、気まずいことこの上なかった。怖いのと、申し訳ないのとで、正直、合わせる顔などなかった。
だが、名前だけとは言え、魔王という立場で来ている以上、魔族の代表なのだ。いずれ、戦争に関して話し合うことも考えているし、怯えてばかりもいられない。
すごく怖いけれど、虚勢を張るのは得意だ。
「昨日、魔王に即位した、マナ・チア・クレイアよ。今日は即位したことを伝える手紙を持ってきたの」
「魔王自ら足をお運びいただけるとは、光栄だ」
全然、光栄な顔じゃなかった。むしろ、早く消え失せろと顔に書いてあった。だが、意地でも、帰らない。
「それと、こっちは付き添いだから、気にしないで」
「付き添いだよー」
あかりが軽い感じで挨拶をしたが、対するトイスはしっかりと頭を下げた。
「髪、切ったのか」
「そそ。どう? スーツ、似合ってるでしょ?」
「ああ、よくお似合いだ」
そこに感情などなく、あかりは苦笑いをしていた。笑う余裕があるというのがさすがだ。私は間違いなく、ひきつった顔をしている。
魔王に即位する際に引き継がれた莫大な財産を使って、私たちの葬儀用の服が特急で見繕われた。こっそり、ナーアに値段を聞くと、金銭感覚がおかしくなりそうだった。でもこれで、毎日ご飯が食べられる。
まあ、王位はすぐに放棄するつもりなのだけれど。いや、その前に豪遊するべきだろうか。シャンパンタワーを作ったり、札束であかりをはたいたり、世界の珍味を食べまくったり。
──それくらいふざけたことを考えていないと、この場では息をすることさえ、難しかった。
「せっかくの機会だ。葬儀の後、話し合いの場を設ける。ちょうど、今日は公務も片づいている」
あ、殺される……。とは、さすがに口に出せなかったけれど。
「話し合い、ならいいわよ」
「大丈夫だ──穏便に済ませる」
***
「マナあぁぁああぁ……!!」
「大号泣ね……」
式の途中で、あかりが泣き出した。こんなに泣かれると、こっちが泣けない。母のときのユタと同じものを感じる。
何人かは、あかりの泣きっぷりに思わず、笑みを漏らしていた。当然、空気は重いが、あれは笑ってしまうのも仕方ないと思う。あかりに釣られて、どんどん涙の数が増えていくのだ。しまいには、聖書を読む教会の人まで泣いてしまって、結局、途中からほとんど読めていなかった。
だから、却って、化粧をしていなくて良かったのではないかと思う。
マナの死は、知人を助けたことによるもの、とだけ伝えられた。




