表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうせみんな死ぬ。  作者: 桜愛乃際
第一章 ~願いの手紙~
19/315

0-4 緑茶とワサビと梅干しと

 目が覚めると、こう問われた。


「外に出ないと誓うか?」

「出たいって言って──んー!」


 今度は、意識を失う直前で、手を離されて。


「外に出ないと誓うか?」

「……出たいっ」


 このまま、死ぬんじゃないかと思った。それでも、私は外に出たかった。


 そうしたら、今度はナイフが出てきた。キラキラと光っていて、きれいだと思った。ただ、あれは、何かを切るのに使うものではなかったか。


「それはさすがにまずいですって! あの方にバレたらどうするんすか!?」

「あのお方は今日から一ヶ月、カルジャスへ行くことになっている。その間に治る傷しかつけない」


 そして、ナイフが腕に当てられると、ピッと引かれた。


 痛い。痛い。怖い!


「うわああああぁん!!」

「出ないと誓うか?」


 私は泣きながら首を横に振る。私は、ここまでして外に出たいのだろうか。今までの生活に、何か不満があったわけでもない。ただ、外の世界を知りたかっただけなのだ。それが、こんな思いをすることになるなんて、思っていなかった。


 私はもう、自分がどうしたかったのか、もう、分からなくなっていた。


「何かあったの?」


 私の声を聞いたワサビがやって来た。そうか、そこには、塩もいるのだった。助けて──。


「まな様がどうしても外に出たいと仰って。あれだけされても、出ないって言わないんっすよ。……見てられないっす」

「そう……。まあ、あの子にとっては、外が輝いて見えるのかもしれないわね。……さ、ローウェル。任務に行くわよ」

「──はいっす」


 ワサビの人がローウェルと何か話しながら、二人で去っていく。何を話しているのか。そんな暇があったら、助けてほしい。


 私が助けてほしいと言わないから、分からなかったのだろうか。


 そちらに気をとられていると、今度は太ももに激痛が走った。


「あああああ!!」

「出ないと誓うか?」


 出ないとは言わなかった。でも、首を横に振る勇気もなかった。すると、また足音が聞こえた。二人が戻ってきたのかと思ったが、そうじゃなかった。


「本当にまな様が痛みに悶えて、悲鳴を上げていらっしゃるじゃないですか。はあっ、はあっ……なんて、いい悲鳴……! 生きてて良かったあ……!」

「この異常者が」


 緑茶と梅干しが話していた。緑茶は頬を赤らめていて、梅干しはぴくりとも表情を変えなかった。


「くれぐれも、殺すなよ。私たちが何をされるか分からない」

「まな様の血液、ぺろぺろしてもいいですかあ?」


 そう言って緑茶は、私の腕と太ももの傷を執拗になめた。気持ち悪い。なんでそんなことをするのか分からない。何より、傷口が痛い。


「あはぁ……! もっとください! もっとぉ……」


 青髪は私の腹にナイフを刺した。


「あああぁっ……!!」

「ありがとうございまあす……!」


 その傷がなめられる。痛い、痛い痛い。おぞましい。恐ろしい。心がない。でも、言わなきゃ。


「たす、け……て」


 それを聞いた緑茶は、頬を赤らめて私を見ているだけだった。梅干しは、私と目を合わせる気もないようで、眼鏡のレンズを拭いていた。


「早く任務に向かえ」

「はい。行って参ります」

「はあい」


 それから、再び問われた。


「外に出ないと誓うか?」

「──」


 そうして、みんなから見放されて、私はやっと、首を縦に振った。


***


 それからしばらく、何もする気が起きなくて、また天井を見上げる日々が続いた。ふと、窓が目に入ると、それが怖くて、私は体を背けて縮こまり、一人で震えた。


「まな様、お食事のお時間です」

「ああ……ありがとう」


 それは、最初に私が味覚を知りたいと言ったとき、止めた方がいいと言った、青いダイヤの女性だった。今日は月曜日らしい。


 私はゆっくり起き上がって、ピンクのうっすら甘いドロドロした液体を食べる。しっかり三十回噛むよう言われているので、仕方なく噛んで飲み込む。


「──あんたの言う通りだったわ。味覚なんて、知ろうとしなければよかった。そうすれば、あの人たちを信じたりしなかったのに」


 私は、私が持つ本の中で、唯一、夢を叶えることを諦めた登場人物の話し方を真似てみた。それが、どうにもしっくり来て、きっと、私も諦めるべきなのだと、そう思った。


 私は何かを望める立場になかった。誰からも愛されていなかった。それどころか、憎まれてすらいた。


「あんたたちにとっては、どうか知らないけれど、あたしには、外の世界が、すごく、輝いて見えるのよ。私の知らないことがたくさんあって、すごく、魅力的だった。でも、もう、諦めることにしたわ」


 私は静かな部屋で、回数を数えながら、しっかりと噛む。


 どうせ、私が話したところで、誰も何も思わない。私がいてもいなくても、世界はたいして変わらない。返事を返してくれたのは、同情や狂信、ただの機械的な対応。誰も私に言葉をくれたわけではない。信じていても、こうして裏切られる。


 すべて、私が悪いのだ。白髪で赤目で女で魔族だから。だから、外には出られない。だから、誰にも愛されない。みんなそう思っているのだから、それが正しい。悪いのは私だ。


「諦めてしまうんですか?」

「ええ。どうせ、外の世界に出ても、裏切られるだけだわ。誰も助けてくれないし、きっと、今よりも辛いことだって、あるんでしょうね。──だから、物語は、諦めなければ叶うのね。現実では叶わないから。そうなんでしょ?」

「その通りです」


 それから、女性はぽつりと、呟いた。


「日曜日の担当に、同じ話をしてみてください」

「日曜日? ……ああ、あのカタコトの若い女ね。でも、なんで?」

「──三十回、噛んでください」


 私は今しがた、液体をそのまま飲み込んだことを思いだし、それから、噛むことに集中した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ