6-20 大丈夫って言いたい
口に出してみて、ようやく、実感が湧いてきた。
──ああ、こんなに簡単なことだったのか。
今まで、なぜ言えなかったのだろう。それが、不思議で仕方ないほどに、言葉にしてしまえば、それは意外と、受け入れられるものだった。
「ごめんなさい、まなさん。まゆみさんを、あなたの中で死なせてしまって」
「ううん。──ありがとう、マナ。やっと、ちゃんとまゆみと向き合えたような気がする」
今でも、まゆを思えば、心が苦しい。それは変わらない。
でも、自分のせいだと受け止めた今の方が、まゆを近くに感じられる。寂しさは増したけれど、まゆのためになっていると、そう思える。
「どうして、まゆみのことは覚えていられないのかな」
「死は二度あると言います。一度目は肉体の死。そして、誰の記憶からも忘れられたとき、二度目の死を迎えることになるんですよ」
「……なんでそんなこと、望んだのよ」
だんだんと、色んなことを思い出してきた。夢だと思っていた現実も、現実だと思っていた夢も、いくつもあった。私が高いところが嫌いになったのは、まゆの最期が嫌でも思い出されるからだ。
『二度と、私の前に、姿を見せるなぁッ!』
あれは、本当のまゆに向けた言葉だった。
あんなに酷いことを言ったのだから、二度と現れるはずがない。記憶ではない、現実のまゆが、私の脳裏に鮮明に浮かぶ。
「それでも、今度は忘れない。忘れてやるもんか。──まゆみが命を落としたことも、ちゃんと、覚えてる」
死にたいと望んだとしても、これ以上、死なせない。私の記憶に残り続けている限り、まゆみは死なないのだから。
「あれ。あたし、ちゃんとまゆみを覚えてる……」
「不思議ですね。──まるで、魔法みたいです」
「あはは。本当に、不思議ね」
腕に傷がなくとも、私はもう、まゆみを忘れないと思う。理屈では分からないことが、この世の中にはたくさんあるけれど、こんなに嬉しいことはない。
「ねえ、マナ」
「なんですか?」
「まゆみを、生き返らせたいな」
願いがあれば、それくらいのことはできる。死者蘇生の代償は、本には書かれていなかった。こういったものはいくつかある。禁忌とされていることの代償は、簡単には分からない。
「亡くなった命は、どんな理由があっても生き返らせてはいけません。それに、まなさんには、まゆみさん以外にも、失った命がたくさんあります。命の価値に差なんてないんです。だから、一人だけ生き返らせるなんて、他の亡くなった方々に失礼だとは思いませんか?」
「そうね、その通りだわ。……あたしは、二度と、まゆみに会えないのよね」
「まだ怖いですか?」
私は首を縦に振る。ずっと、当たり前にそこにあったものが消えるというのは、すごく、怖いことだと、改めて実感した。
「でも、大丈夫」
これまでのことが思い出される。まゆみと一緒だった時間は少なかったけれど、その思いを糧にして、私は、確かに今、ここに生きている。
たくさんのものに支えられて、私は一人でここまで生きてこられた。
だから。もしも、まゆみに会えたとしたら。私はきっと、こう言うべきなのだ。
「あたしはもう、まゆみがいなくても大丈夫」
私はマナから離れて、部屋を見渡す。
そこには、まゆみの姿も、ハイガルの姿もなかった。そう、これが正しい光景なのだ。すごく、寂しいけれど。
マナが私の手を握ってくれる。それが、すごく、心強い。
「──ハイガルは、殺されたのよね」
「はい。もう、この世のどこにもいません」
「そうよね」
この目で死体を見たわけではないから、どこかで、生きているのではないかと、期待してしまう。生きているはずがないのに。
「あたし、自分がこんなに引きずるタイプだとは思わなかったわ」
「まなさんは、一途ですから。そんなところも、私は愛していますよ」
マナは私を膝に乗せて、抱きつき、肩に顔を乗せてきた。本当に、マナは私が好きだ。
なぜここまで、とは思う。まだ、分からないことはたくさんある。けれど、その想いが本物であることだけは、よく分かった。これで疑えという方が、無理な話だ。
「──あたしも、マナのこと好きよ」
「愛していますか?」
「愛……はさすがに重いわ」
「重い!?」
「あたしは、まゆみしか愛してないから。相思相愛にはなれないわよ」
「し、知ってましたよ? それくらい。はい。知ってました、知ってましたよー? だから、傷ついたりしてませっ……んっ、ごほっ、ごほっ!」
「あはは……大丈夫?」
慌てて咳き込むマナの背を擦る。
「本当に、あたしって愛されてるわね」
「はい。本当に、心の底から、愛しています」
それが、すごく嬉しかった。
マナがいれば大丈夫だと、そう思った。
マナに大丈夫だと思わせたいと、そう思った。
何より、向き合うよりも、マナを怒らせたり、悲しませたりすることの方が、よっぽど怖かった。
だから私は、ちゃんと向き合っていこうと、そう思ったのだ。
止まっていた時が、今、動き始めた。