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どうせみんな死ぬ。  作者: 桜愛乃際
第一章 ~願いの手紙~
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6-13 まあいいけど

 そして、始発にも乗り遅れた私は、慌てて支度をしていた。


「あんたたち、なんで起こしてくれなかったの!?」

「だってー、すやすや寝てたからー」

「ああ。ぐっすり眠っていて、起こしづらかったな」

「そんなことはどうだっていいの! ただでさえ、一日遅れてるんだから……あー、もう!」

「まなさん。落ち着いてください」

「ええ、そうね、落ち着くわ……」


 最近、何かとイライラしていけない。歳のせいかもしれない。いや、単に、食事が少ないために、脳に栄養が足りていないのだろう。うどんも吸収されなかったわけだし。もったいないことをした。


「ユタさんのところへ行かれるんですか?」

「ええ。あんたは、もう行ってきたって感じね」

「はい。ですが、まなさんは行かない方がよろしいかと」

「なんで? てか、あんた、女王になったんじゃなかった?」

「いいじゃないですか、誕生日くらい羽目を外したって。公務の方は……まあ、置いておきましょう。考えても疲れるだけなので」


 重要なことを置いておかれた気がするが、思えば、私は国政についてよく知らない。まあ、周りに興味がないのは、いつものことだ。


「まなさんは、どこまでご存知なんですか?」

「何の話?」

「五年前に、戦争があったことは?」

「さすがに知ってるわよ。エトスが亡くなったって聞いたわ」

「まなさんのお父様もですよね」

「ああ、そうだったわね。まあいいけど」


 確か、結界を張って死んだのだったか。相変わらず、どこまでも魔族思いの魔王だった。家族よりも魔族の未来を優先していた。


「……何が、まあいいんですか?」


 マナが少し怒ったように問いかけてきた。なぜ、怒っているのだろうか。


「あたし、何か、気に障るようなこと言った?」

「──本当に、私が言わないと分かりませんか」


 マナはさらに剣幕を強める。思い当たる節がないわけではないが、


「あんたが怒ることないじゃない。あたしと魔王の問題なんだから。どう思おうと、あたしの勝手でしょ?」


 マナの視線が鋭く光ったような気がした。私はその瞳から目をそらし、長い白髪を手櫛でとく。


「本は、読みましたか?」

「本? ……あ。あー、あれね。すっかり忘れてたわ」


 私はリュックに入っている、白い装丁の本を思う。何が書いてあるかは知らないが、八年経ったら読んでもいいと、以前、マナに言われた本だ。それから、ちょうど、八年になる。


「まあ、売るにも売れないし、たいした荷物にもならないから、持ち運んでただけよ。意外と軽いし」


 どうせ、他にリュックに入れるものもなかったので、入れておいた。リュックを開けることなんて滅多にないので、すっかり忘れていたけれど。


「……きっと、私が命を落としても。まなさんは、まあいいやで済ませて、すぐに忘れてしまうんですね」

「ええ、そうね。きっとそうに違いないわ」


 マナが何を言っているかは知らないが、とりあえず肯定しておく。もう、何もかも、すべて。どうでもいい。まゆさえ、いてくれれば。


 ふと見ると、マナは右手を握り、寒そうに擦っていた。


「──指輪、まだ持ってたんですね」

「ああ、これ? 売ろうとしたんだけど、こんな状態じゃ売れないって言われたのよ。あーあ、あのとき、あかりに時を戻してもらえば良かったわ。なんで断ったのかしら」


 マナは手を握ったり開いたりして、深呼吸をしていた。私はそれを半分くらい意識に入れて、絡まる髪に苦戦していた。


「れなさんが亡くなったことは、ご存知でしたか?」

「そうらしいわね。ずいぶん騒がれてたから。本当に有名だったのね、あの人」

「……それだけですか?」

「ええ。それだけよ。もうあたしとは関係ないし。あれから、一回も会ってないし。手紙も来てないし」


 マナは手を強く握ったまま、目を閉じていた。私は髪をとくことを諦め、半ばから絡まったまま、リュックを背負って立ち上がる。


「まな、もう行くの?」

「もう、って言うほど早くないわよ。それに、行かないでどうするの?」

「ここまで来ると、急いだって、たいして、変わらないだろ」

「そ、そんなことないわよ。少しでも早い方がいいはずよ」

「誕生日は昨日だけなんだろ?」

「もう、ほんっとうに、うるさい!」

「ははっ」


 マナがどこか痛そうな顔で、私を見ていた。多分、二人が見えないから、どうしていいのか分からないのだろう。まゆのことはすぐに忘れられても、ハイガルの方は記憶に残るだろうし。



 それでも、私にはちゃんと見えている。



「まなさん」

「ああ、マナ。何?」

「どうして、ユタさんに会おうと思ったんですか?」

「なんでそんなこと聞くの?」

「──答えてください」


 マナは真剣な表情で尋ねた。たいした理由ではないのだが、聞かれたので答える。


「今でも別に何もしてないんだけど、ユタをよろしくって、色んな人とかドラゴンに言われたから。……まあ、これで、魔王に即位したら、一応、ユタも大人になるわけでしょ? だから、もう面倒見なくてもいいわよねって、その確認だけしておこうかと思って」

「……それで?」

「それでって、それだけよ。簡単に言えば、ちゃんと縁を切ろうかと──っ」


 ──一瞬、何が起こったのか、分からなかった。

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