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どうせみんな死ぬ。  作者: 桜愛乃際
第一章 ~願いの手紙~
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6-11 一口、一口でいいから……

 怪しまれないように、私は笑みを浮かべ、よだれを拭く。


「ほほ、本当に、本当に、一口でいいのよ……。一口、いえ、麺一本でもいいわ。なんなら、スープ一滴でも……」


 よだれが止まらない。食べたい。食べたい。ああ食べたい……。


「──いいですよ」

「本当に!?」

「はい。全部どうぞ」

「全部!? そ、そそ、そんなにも、もらう、うへへ……んん、わけには……」


 ダメだ。思わず笑みが漏れてしまう。うひひひひっ。


「よろしければ、別に何か頼みましょうか? しばらく何も食べていないようですし、急にラーメンは、胃腸に悪いかもしれません」

「い、いいの? で、でも、さすがに、じゅるっ、そこまでは……うひっ、た、食べられれば何でも……」

「うどんを一つ、こちらの方にお願いします」

「あいよっ」


 ギルドの食堂は、夜間限定で開かれていることが多い。だから、夜中でも営業している。代わりに昼の間はご飯が頼めないことに不満を感じたときもあったが、今だけは、猛烈に感謝している。


「ずずーっ」

「ゆっくり食べてくださいね。おかわりしてもいいですよ」


 私は無我夢中でがっついた。涙が出る美味しさだった。そして、うどんを四杯おかわりして、やっと、お腹が満たされた。


「はわわあぁ……ごちそうさま……」

「そんなに何も食べてないんですか?」

「ええ。前に食べたのは三日前だったかしら。まあ、今食べられて、こうして生きてるんだから、関係ないわよね。──それで、何かあたしに用事なんでしょ? 善意だけで食べさせてくれるほど、世の中甘くないってことくらい、さすがに知ってるわ」


 とはいえ、食べられるときには極限まで物を詰め込んでおく。生きるためには食べなくてはならないのだ。周りの目など気にしていられない。


 私はやっと、命の恩人の顔を見る余裕ができて、その顔を見上げる。艶やかな桃色の頭髪に、薄い黄色の瞳。高級そうな服を着て、きれいに着飾っている。スタイルがよく、すごく美人だ。息が止まりそうなくらいに。


 ただ、顔には涙の跡があって、目は赤くなっている。よく見ると、机の上にジョッキがたくさん並んでいた。──やけ酒だろうか。


「あんた、あたしの昔の知り合いに、なんとなく似てるわね」

「お久しぶりですね、まなさん」

「なんであたしの名前を? ……もしかして、人捜しの貼り紙を見たとか?」


 昔、魔王城から逃げ出したときも、魔王の姫が行方不明になったと、肝心な部分を隠しての大捜索が行われたようだが、その前になんとか人間の領土に逃げ込んだので、大規模な捜索の目からは逃れられた。


 だが、八年前、宿舎から逃げ出したときには、今度は魔族の国からも人間の国からも、追われる身となったのだ。追う方にしても、魔王の娘だという事実は隠していたようだが、それでも、女王と大賢者と魔王に追われるのだから、逃げ続けるのが大変だった。


 当然、すぐさま他国に亡命したが、大国ルスファの勢力を挙げての人捜しに国など関係ない。どこにいっても、自分の似顔絵を見つける生活というのはなかなかストレスだった。まゆとハイガルは、有名人だ、とか、サインを考えないと、とか言って励ましてくれたけれど。いや、楽しんでいただけかもしれない。


 結局、私を庇ってくれたのは、南のカルジャス王国くらいだった。カルジャスの王は変人で、富や名誉よりも、面白いかどうかを重視していた。そして、魔族だった。


 ルスファほど魔族と人間の関係がややこしい国は他にはないといっても過言ではないが、同じ魔族であったために、親近感が湧いたのかもしれない。


 とはいえ、ルスファに喧嘩を売るなど、自殺行為以外の何物でもないというのに、よく国にいることを許してくれたものだ。バレないようにひっそりと暮らしながら、なんとか帰りの飛行機代を貯めて帰ってきたわけだが。


 何が言いたいかというと、つまり、私のことは誰に知られていてもおかしくないということ。彼女もその類いかと思ったのだが、


「あなたのマナですよ。マナ・クラン・ゴールスファ。覚えていないんですか?」


 私は記憶をたどる。マナ……マナ。忘れるはずがない。あの、かわいいマナだ。


 しかし、どこか違う。もう少し、あどけなさが残っていたはずだ。


 私は首をひねって、考える。目の前の人物が、少しぶれて見える。くらくらする。


「まなさん、落ち着いてください。八年の間に私が、ただ、そこに居るだけで相手を殺せるくらいの美しさになったことは否定しませんが──」

「そこまでは言ってないわよ。完全に否定もできないけれど」


 その少し過剰なくらいの自意識を以て、私は過去に知り合った人物と、目の前の人物を、やっと一致させる。


「そう、なの。全然気づかなかったわ。そうよね、もう、八年経つのよね……」

「まなさんは、髪の毛が伸びましたね」

「え? ──言われてみれば、そうね。それも、全然、気づかなかったわ」

「それから、すんすん、すんすん……ちょっと、ささやかながら、少しばかり、臭いです」

「あー……お風呂に入るお金がなくて」

「一緒に入りましょうか」

「おごってくれるの?」

「図太いですね。もちろん、お金は出しますよ」


 特に、何も考えることなく、私はマナについていくことにした。

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