6-10 匂いに釣られて
──二〇九四年四月二日。私は二十四歳になった。
そして、今日は弟の誕生日だった。
「どうしよう……!」
「どーしょーもないよ。まあ、一日くらい遅れてもいーんじゃない?」
「いいわけないでしょ? 誕生日は一年に一度しかないんだから。しかも、今年は魔王に即位する年だってこと、すっかり忘れてたわ……」
「──そんな日に、まさか、電車に乗り遅れるとはな。さすが、クレイアだ」
嫌味を言われて、私は隣のハイガルから視線を外す。
「うっさいわね……」
「ははは」
他国からこちらに帰ってきて、南端の町のギルドにお世話になっていたとき、明日から、四月であることに気がついた。昔から、その月が何日まであるか、よく忘れてしまうのだ。
そして、ユタの誕生日は四月の二日だった。魔王城は北端に位置しているため、移動するのに時間がかかる。そうして、すぐに、なけなしの所持金をはたいてここまで来たはいいけれど、
「セントヘレナまで来て、まさか、終電に乗り遅れるなんて……」
「しょーがないよ。ヒツジさんたちの大移動で遅れてたんだから」
「ヒツジさんじゃなくて、カルカルね」
「どっちでも一緒じゃんかー」
カルカルはヒツジに似たモンスターだ。火、水、土、風の魔法を使うことができ、人を見るとすぐに襲ってくる。ちなみに、カルカルの毛で作ったポンチョなどは、高級品として扱われている。
また、カルカルは群れで行動しているのだが、たまに、牧草を求めて大移動を行う。今回、それに巻き込まれたというわけだ。
電車も吹き飛ばすくらいの勢いで、カルカルの群れは私たちが通っていた線路を横断していった。当然、電車の方が止まるしかなかったが、なにせ、カルカルたちは一列で移動するため、時間がかかった。
とはいえ、隣の駅まで歩く体力はなかったし、カルカルの行進を遮って行けるとも思えなかったため、そのまま待つことにした。そして、乗り遅れた。
「はあ……。仕方ないわね。ギルドに泊まらせてもらいましょう」
「たまには、宿を借りたらどうだ?」
「今でさえ小学生料金で乗るのがやっとなのに、そんな余裕、どこにあるのよ?」
駅を離れ、ふらふらとさ迷い歩く。
「盗む? 盗んじゃう?」
「いいえ。三日くらい、何も食べなくても──そういえば、今日が、三日目だったわね……はあ」
近くに公園の水道を見つけて、私は無料の水をガブガブ飲んだ。
「はあ、生き返る……。ギルドは、どこにあるのかしら。聞いてみましょう」
私は近くにいた人からギルドの場所を教えてもらう。すぐ近くだったので、私はお腹を鳴らしながら歩いて向かった。
「今日にはもう間に合わないけれど、仕方ないわ。明日の始発で向かいましょう」
そうして、寝るつもりでギルドの机に顔を伏せると、隣のテーブルから、いい匂いが漂ってきた。──豚骨ラーメンの匂いだ。
「まな、何か食べたら?」
「あああたし、ダイエット中だから、全然、食べたいとか、おお思わないわよっよぉ」
と言いながらも、ちらと、財布の中身を見る。ダメだ、ほぼゼロに近い。
「極限状態だな……本当に、何か食べた方がいいぞ」
いい匂い、美味しそう。美味しそう。美味しそう。食べたい。食べたい。食べたい。お腹が空いた。死にそうだ。食べたい。食べたい。食べたい。食べたい。食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい。
「ぁぁああああ……誰よ! こんな時間にラーメン食ってるやつは!」
「あはは。まな、ヤバい人だー!」
私は思わず机を叩いて、隣の席を見る。隣の机に、ラーメンがある。手が届くところに、湯気の立つ、温かい、ラーメンがある。食べたい、食べたい……。
「ひひっ、一口だけ、く、くれない?」
「……え?」