6-8 殺せるの?
魔王カムザゲスが亡くなったのは五年前の話だ。それを聞いた当時、すべてを受け入れるには、ユタはまだ幼すぎた。そして月日だけが経った。
若くして魔王になること。逃げたまなを恨まないこと。魔王として、代々引き継がれてきたことを、今度はユタが魔王となって引き継ぐこと。そこには、人間たちの嫌われ役として君臨することが求められる。
──お前は恵まれているのだから、贅沢なことを言うな。
そう言われたのと同じだと、ユタは感じたことだろう。姉であるまなの境遇など聞かされれば、比較してしまうのも無理はない。そこで他人事だと思わないのは、彼の美点だが。
「──一回だけ、そんな魔王が、まなちゃんを殺した方が良かったのかもしれないって、言ったことがあるんだ。あんなに辛い目に合わせるくらいならいっそ、ってね。ほら、全然、強くないでしょ?」
「だが父は、すべてを知っていながらも、何もしなかったのだろう?」
「手、ぶるっぶるだったけどね。──オレが一体、どんな気持ちで! 何もせずに! とかなんとか。あははっ」
あかりは先代魔王の真似をしているようだったが、何も似ていなかった。その上、笑える要素が一つもなかったと思うのだが。
「……父も、人だったのだな。魔王になれば勝手に血が凍てつくものだと思っていたばかりに、そうなれない余が弱いのだろうと、そう思っていたが」
「先代の魔王は、素晴らしい方でしたよ。多少、臆病な印象があったのは否めませんが、自分の命を人々を守るために使ったのは、彼が初めてです。……私もそこだけは、計算外でしたから」
ヘントセレナを陥落させたら、降参してはくれないだろうかと、そう思っていた。そうすれば、残りの魔族たちを死なせることなく、この戦争を終わらせることができるから。
ただ、私はユタザバンエのもつ力に気がついていた。昔から、彼の魔力は段違いだった。今のユタであれば、私とあかりが組んだとしても、勝てるかどうか微妙なところだ。
おそらく、ユタザバンエ一人で、ルスファの人類を残らず滅ぼすことすら可能だろう。だから、カムザゲスはユタに魔族の未来を託したのだ。
「──人間の女王にそう言われるとはな。生前の父が、お前を敵ながら高く評価していたことを思い出す。この争いを終わらせるためには、お前の力が必要だと、そう言っていた」
「敵を正しく評価することも、また才能ですよ」
「あははっ。たまには、謙虚な姿勢の一つでも見せた方が、あかりも喜ぶのではないか?」
「え、僕? 何々、何の話? 全然聞いてなかった」
私は静かに、あかりの顔をじっと見つめてみる。
あかりは頭に疑問符を浮かべて、私の顔を見つめ返してくる。
そうして──先に、私の方が目をそらした。
「え、ん、どういう反応? よく分かんないけど、めちゃくちゃ可愛いね」
「うわぁ……」
「ユタくんまで? 僕、なんかした?」
「爆ぜろ」
「いや、ほんとに何したの、僕!? マナ、後で教えて?」
「嫌です」
「そう言わずにさあ……あれ、マナ、体調でも悪い? 顔が赤いような……べふっ」
「こっち見ないで」
あかりの顔を手で遮り、反対に向ける。いつまで経っても勝てそうにない。悔しい限りだが。
「甘いな……」
「すみません。取り乱しました」
「──ははっ、やっぱり、マナをからかうのって楽しいよね」
「……え? 演技なの?」
思わず、ユタも素が出ていた。私も正直、少しだけ、自信がなかったけれど。やはり、演技だと思った。最初から分かっていて、私の顔を見つめてきたのだ。
「そうだよ。この程度に騙されるなんて、ユタくんもまだまだだねえ」
「女王は分かっていたのか?」
「分かっていましたよ」
「分かっててあの反応な辺り、マナってだいぶ純情だよね」
「うるさい」
そんな私たちを見るユタは、羨ましそうで、寂しそうだった。これでユタが、平和的解決を望んでくれればと、そう思う。薄情なようだが、今の時代では、魔族が敗戦を宣言するのが、一番被害が少なくて済む。
きっと、あかりはすべて分かっているのだ。その上でユタに、こう問いかけているのだろう。
──君は、僕やマナを殺せるの?
と。