6-7 押しつけられたもの
「はーっ! 城は窮屈でいかんな。いつまでも、あの空気の中に閉じ込められていては、腐ってしまいそうだ」
そう言って、ユタは宙に深く腰かけ、頭の後ろで手を組む。空を飛ぶことすら容易いのだろう。
「いや、結構楽しんでるっぽくない?」
「ユタさんには、偉そうなのが向いていると思います。私なんて、何度、脱走を試みたことか」
「マナが脱走を? ──意外だな」
ユタが目を丸くして私の方を見る。確かに、ユタの前では、清く正しく美しい姿しか見せてこなかった。とはいえ、私の本質は、いい子では決してない。
「こう見えて、昔は意外と、悪さしてたみたいだよ」
「城の暮らしは、退屈でしたから。誘拐された方がましだ、なんて、考えていた時期もありましたね」
それを聞いたユタが少し笑った。とはいえ、誘拐など、一回しかされたことがない。もちろん、レックスのときのを含めて。
「実際は、マナが強すぎて犯罪集団をフルボッコにしちゃうっていうね。マナの部屋に遊びに行ったら、悪そうなやつらが倒れててさ、『処分しておいてください』とか言うんだよ? ほんと、びっくりだよね」
「余も似たようなことがあったな。誘拐されそうになった際、全力で抵抗した結果、余の方が怒られた」
「──それ、とてもよく分かります」
「変なところで共鳴しちゃった!?」
それから、色々なことを話した。
自由研究で、ノラニャーとネコの違いを調べたとき。ノラニャーはネコのエサを食べないとか。喧嘩をすると、いつもネコの方が勝つとか。なんやかんやで仲がいいとか。
モンスターを自宅で飼育することに関して、ユタが次期魔王であることもあり、当時は世の中が色々騒いでいた。だが、そのときに撮った写真の中に、ノラニャーの珍しい習性を写したものがいくつかあったため、今では貴重な資料として国に保管されている。
これは、モンスターと動物の関係を探究する魔法生物学において、歴史的な発見であった。要約すると、モンスターは動物を真似る習性があるということだそうだ。
モンスターは主に、初代魔王により産み出されたものだが、その全容は魔族の側でも掴みきれていないらしい。まあ、ここでこれ以上、詳しく話すようなことでもない。
「シーラって、どうなった?」
「私とレイがお世話をしていますよ。ネコと違ってそんなに毛が抜けないのでいいですね」
「そっかそっか、気になってたんだよねえ。まあ、マナがいるから心配はしてなかったけど」
「ノラニャーは、ネコに擬態した人魔族だ、なんて話も当時はあったな」
「シーラはちゃんとしたノラニャーだよっ!」
──少しずつ、明日が近づいてくる。こうしていられるのは、今だけだ。明日になれば、私たちはまた、憎み合う関係に戻るだろう。そしてそれは、きっと、このままの平和な形では、終わらない。
「──なぜ、オレたちは。いや、いつまで、こんなことを続けなければならないのだろうな」
ユタが月に手を伸ばしてそう言った。きっと、そこに手が届かないことを知っているからだ。
「私が女王で、あなたが魔王だからですよ」
「……女王には昔、世話になった。感謝してもしきれぬほどだ」
「昔の話です。そんなにぬるいことばかり仰っていないで、あなたはお父様の仇をとることだけ考えてください」
あえて、厳しい態度をとる。そうした方が、今後のお互いのためだから。私の方も、ユタの存在に支えられていた部分がないわけではない。
まなに頼まれてユタの面倒を見ていたのは、高校を卒業するまでの三年間。卒業間際は即位に関する業務が続き、ユタが十一になる頃にはほとんど顔を合わせることもなくなっていた。
ちょうどその頃、ボーリャが寿命を迎え、人間と魔族の内戦が起こり、魔王が亡くなった。きっと、ユタが私に抱く感情は、想像以上に複雑なものだろう。
そして、終戦後まもなくして、魔王の血筋を狙った事件が発生し、れなも命を落とした。発見時には、王城の一番高いところにその首は吊るされていたが、体の方はまだ見つかっていない。
ちなみに、エトスは魔王軍幹部の一人と相討ちになった。魔族は魔力が強いため、平均して個々が人類の三倍の兵力を持つと言われている。その幹部と一対一でやり合って勝利したのだから、戦果としては上々だ。生きて帰って来さえすれば、完璧だった。
多くの兵士を失った。以前の爆発事件のように、一人一人を弔いたかったが、そうしている時間はどこにもない。今、こうしている間にも、と考えはするけれど、一人弔えば、全員同じようにする必要が出てくる。それは、到底、無理な話だった。
ユタに個人的な情があるとはいえ、この内戦に関しては、私の私情だけでは決められない。こちらも、失ったものは多いのだ。
このまま、停戦を続けても、和平を結んでも、いずれ、国民たちの手によって争いが引き起こされる。下手に動けば、そこに介入できなくなる可能性もある。これ以上、犠牲を増やしたくはない。
「──やはり、余に魔王は向かぬようだ。……どうしたら父は、国のためにあそこまで捨てられたのか。余には理解できぬ」
「カムザゲスは、何にも捨てられてなかったよ」
そう、あかりが言った。魔王と手を組んでいたため、よく知っているのだろう。それに、以前、親しげに話しているところを私はこの目で見たのだ。
「あの人は、すっごく弱かったから、何も選べなかったんだよ。──まなちゃんのことは、さすがにもう知ってるよね?」
「ああ。白髪の女子として生まれ、虐待および拷問を受けていたということはな。死の間際になって初めて聞かされた。今思えば、父は余に、すべてを押しつけていったのだと分かるがな」