6-5 本日の主役
「このまま、ずっと私と、一緒にいてくれませんか?」
そう問いかけると、あかりはゆっくり瞑目して。それから、星空を見上げた。
「──それは、すっごく、幸せだろうね」
彼の心は、いつも、揺れている。ぐらぐらと。私と願いの間をさまよっている。その、一押しすれば傾きそうなぐらつきに、私はいつも惑わされる。
たとえ、揺れていたとしても、彼の心には、歯止めがついていて、絶対に転がらないようになっているのだ。
だから、私は、すべて、飲み込んだ。
「変なことを聞きましたね」
「ううん。変なのはいつも、僕の方だから」
「──行きましょうか」
「そうだね」
あかりはフードを被り直し、私は魔法で化粧を直した。それからはあまり、お互いの顔は見ないようにした。
会場に戻ると、すっかり人はいなくなっていた。時計を見ると、終了予定時刻を少し過ぎていた。終了の挨拶も終わったのだろう。時間を押してまでユタと堅苦しい話がしたいという人は、どうやら、いなかったらしい。
「──人間の女王よ。よくぞ来てくれた。そっちは……あかりか?」
「おお、認識阻害があるのによく分かったねえ。てか、ユタくん、大きくなったね。あれ? 僕より背高くない? うわ、なんか悔しー、まあいいけどさ。……昔は偉そうなだけだったのに、ほんとに偉くなっちゃったねえ。あ、ねね、もっかい、角、触ってもいい?」
「断る」
「ええー、けちー」
「そう易々と触らせるか。あの場で楽しめたのだから、それで満足しろ。……あいつは、来ておらぬか」
「──まなさんですか」
魔王の血筋が途絶えかけており、両親と祖父母、れなも失ったユタの、たった一人の家族が、まなだ。当然、前魔王の代から魔族の方でも大々的な捜索が行われていたはずだ。
だが、ここまで見つからないとなれば、どこかの国が匿っているとしか思えない。心当たりをすべて調べ上げてもいいが、できれば、国交が悪化するのは避けたい。
私がどこかで命を落としたとき、次に国を引っ張っていくのはトイスや弟妹たちだ。余計な火種を残したくはない。
「まなちゃんはまだ捜してるとこ。そっちは? 何か手がかりとかない?」
「こちらも似たようなものだ。……ただ、生前、れなが占ったことがあってな」
そう言って、ユタは懐から紙切れを取り出す。色あせてはいるが、文字はしっかり読める。
「二〇九四年四月三日、マナ・クレイアはユタザバンエ・チア・クレイアを死なせる──うわあ、明日じゃん。なんか物騒だな……」
「れなさんの予言は絶対ですから。物騒では済まないでしょうね」
「事実ってこと? ユタくん即位したばっかなのに災難だねえ。あ、そうだ! ユタくん、ハピバー! プレゼント用意してきたんだよね。絶対、喜ぶから! えーっと、箱、箱……」
あかりが今までの会話は全部忘れたというような顔で、時空の歪みに手を突っ込んでプレゼントを探す。まあ、あえて話題を変えたのだろうが。
だが、れなが予言したということは、絶対だということだ。冗談では済まない。まながそんなことするはずがない、などと楽観視するわけにもいかない。ユタは強いから大丈夫だろう、と考えるのも、おそらくは間違いだ。
しかし、「どうやって」という部分が分からない以上、対策のしようがない。ユタがこの紙をもらったのはかなり昔だと考えられるが、見る限り、ユタに不安がる素振りはない。
本当は、魔王の心配などしていてはいけないので、表には出さないけれど。──杞憂で済めばいいのだが。
「ふむ。余はたいていのものは持っているが?」
「大丈夫大丈夫。そういう、マナと同じタイプだと思って、ちゃんと考えてきたから。ま、いいから、開けてみなって」
あかりはユタに箱を渡す。簡素な白い立方体の、手のひらサイズの箱だ。ユタはそれをいぶかしむように眺め、箱を開けた。
──パン!
大きな音とともに、中から色とりどりの花火や、色紙が飛び出した。そうして、頭に色紙をつけたまま、ユタはしばし、目を真ん丸にして硬直する。
それと同時に飛び出した小さな布の段幕には、「ユタくん、誕生日、おめでとう!」と、汚い字で書かれていた。ユタはそこから無言になった。
「あ、あれ? 怒った? ねえ、怒った?」
「……ふっ──あは、あはははっ! 面白い。ああ、実に面白い。面白すぎるっ!」
遅れて笑い始めたユタは、段幕を閉まって蓋を閉じ、再び開けた。そしてまた、花火と紙切れが破裂音とともに飛び出す。
「あは、あははっ! 変なプレゼントもあったものだな!」
「いや、変って!」
ユタは目尻に涙が浮かぶほど笑って、それを指で拭う。そこだけ切り取れば、ユタも、昔とたいして変わっていないように見えた。