6-2 努力家な女王
「少し、お休みになってはいかがですか?」
目の前に湯気の立つ紅茶が置かれる。ちらと見ると、中性的な顔立ちの女性が、心配そうに私の顔を見つめていた。
私はカップを手に取り、くるくると回し、その香りを味わって、一口啜る。相変わらず、味は分からないが、淹れ方の違いくらいは判別できる。
「冷めないうちに飲みます」
「──そうですか。では、失礼いたします」
静寂に包まれた自室で、私は書類とにらめっこする。全部デジタル化してくれればいいのに、重要書類は書き換えを防ぐため手書きにしろというのだから、億劫で仕方がない。
印鑑だってデータ化されている時代だというのに、なぜこんなに手間のかかることをしなければならないのだろうか。
とはいえ、文句ばかり言っていても、手は進まない。
宰相でも雇えば、今よりは仕事も減るのだろうが、私より優秀な頭脳を持つものなど、この世にそうはいない。だとすれば、自分でやる方がいい。
確か、三日ほど寝ていない気がするが、体も頭もまだ動く。問題はない。これでも、戦後処理に追われていた頃よりはまだましで、ヘントセレナ付近の復興も一年のうちに終わらせて、だいぶ落ち着いてきた。
ただ、最後の砦を陥落させたことと、昨今の魔王の血筋が根絶やしにされている事件、それから、魔王カムザゲスが張った五年の結界が解かれたことにより、人類は勝利を半ば確信していた。
そして、人間たちは、魔族をより軽蔑するようになった。前回、仕掛けてきたのがあちら側だということも、原因の一つだ。
だが、そもそも、ヘントセレナが蜂起した原因は──、
「──はあ」
──目の焦点が合わなくなってきた。少し、目眩がする。
私は目頭を押さえて上を向いた。
やはり、レイの言う通り、少し休んだ方がいいのかもしれない。紅茶を飲みきったら、数分だけでも仮眠を取ろうと心に決め、私は再び机に向かう。
ふと、一通の封筒が目に入った。私はその中身を再度確認する。
──四月二日、魔王城にて、ユタザバンエ様の魔王即位のパーティーが行われます。この日限りは人間と魔族の壁を取り払い、貴重な時間を共有いたしましょう。当日はこの封筒をお持ちください。スケジュールは以下の通りです。
そんな内容が書かれていた。人間と魔族を並べて書くときに、相手の種族を先に書くのは礼儀の一つだが、それが守られているのを見る限り、敵意はないのだろう。
とはいえ、人間の女王である私が招待されるのは、ただの社交辞令であり、本来、行く必要はない。私の即位のときにも、先代魔王は顔を出さなかった。昔から、そういう関係を続けてきたのだ。
その上、先代魔王を追い詰めたのは私だ。直接の死因は結界を張ったことによるものだが、魔族たちが私を快く思わないだろうことは容易に想像がつく。
ただ、即位する人物と個人的に面識があるため、どうするべきかと、私は悩んでいた。
個人的な気持ちとしては行きたいのだが、却って迷惑になるかもしれないし、即位を祝うだけなら、わざわざパーティーに出席する必要もない。
──そもそも、出席する時間などあるのだろうか。
「──それに、私の誕生日と被っていますが……まあ、分身にお願いすれば、行けなくもないですね」
こちらのパーティーに分身を出席させるのもどうかとは思うが、ニコニコ笑って座っていればいいだけなので、おそらく大丈夫だろう。他国の王たちの相手もする必要があるが、それくらいは分身にもできる。
それに、普段から、書類整理と現地調査を平行して行いたいときなどに、分身はよく使うので、慣れている。数年前は特に、使う機会が多かった。
というのも、戦後まもなくなどは、一ヶ月では暴れ足りなかったと言わんばかりに各地で小競り合いが起きたのだ。
基本的には大きな争いに発展する前に兵士たちに対応させていたが、大きくなりすぎたものは、私自ら現地に赴き、解消していた。
ルスファは、大陸一つが一つの国なのだ。元々、紛争の火種など、どれだけでもあった。
しかし、それまではなんとか抑えていたものが、魔族との内戦が起きたことにより爆発したのだろう。
当時は、今が契機と言わんばかりの荒れようだった。最低限とはいえ、よく一年で復興まで漕ぎつけられたものだと思う。
だが、復興を終えたとしても、問題は山積みで、すでに私一人では手が足りていない。
その上、頼れるもの全部に頼っても、足りない。
「やはり、休んでいる暇はありませんね」
私は仮眠の予定を無かったことにして、業務へと戻った。
──それから、一時間ほどが経ち、私は深い眠りについていた。
「まったく、無理をしすぎですよ、姫様」
レイは睡眠薬入りの紅茶のカップを片づけて、その証拠を消した。