5-24 あかりの服を捜したい
テストで赤点を取っても、体育でミスしても、マナに本気で怒られても、へらへらしているあかりが、珍しく、本気で落ち込んでいた。取り繕う余裕もないらしい。
「お姉様、わざわざ足をお運びいただき、ありがとうございました。今後は十分、警戒いたしますから、帰っていただいて大丈夫ですよ」
「そう言わずに、私も混ぜてくださいません? 三人とも楽しそうで、羨ましくて」
「いえ、お断りいたします」
「そんなに遠慮なさらなくても──」
「お断りいたします。早く公務にお戻りください」
「……釣れないですね」
マナはモノカを帰らせようとしていた。ふと、まゆを探すと、離れたところから私たちを観察していた。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「……別に」
まゆは露骨に私から目をそらした。
「あれ、何か悪いことでもしたの?」
「なーんにも。いい子にしてたもん」
「本当にー?」
「ほんとだもん。わたし、いい子だもん」
「……何か、隠してる?」
「隠してなーいっ。わたし、何にも持てないでしょっ!」
「それもそうね」
気のせいかと、私はまゆから離れて、あかりたちの方へと戻る。
「あかり、探しに行きましょう。風で飛ばされたのかもしれないし」
「……いや、やっぱいいや」
「は? なんで? あたしに迷惑かけるとか思ってるなら、別に気にしなくていいわよ」
「んー、そういうわけじゃないんだけどさ」
先ほどまでのどうしよう、がなくなり、今度は静かになった。また、いつもの笑みを浮かべるあかりが、なんだか、心を閉ざしてしまったような気がした。
「それでは、私はこれで。くれぐれも、体調には気をつけてくださいね。それから、羽目を外しすぎないように」
そう言い残し、モノカは大量の荷物を抱えて去った。本当に泊まる気だったのだろうか。
「あかりさん、本当に探さなくていいんですか?」
「んー……どうしようねえ」
マナの問いかけに、あかりの視線が、一瞬、私に向いたのが分かった。私がいると、都合が悪いらしい。
まあいいけれど。私にも、二人に言ってないことがあるのだから。
「あたし、ちょっと、探してくるわ。お姉ちゃん、行きましょう──」
そうして、まゆを連れて部屋を去ろうとすると、あかりに腕を掴んで引き留められた。そちらは、傷のある右手の方だ。
「うっ……」
「あ、ごめん」
「いいえ。自業自得だから。それで、なんだった?」
「えーっと……探さなくて、いいよ」
「それは、探してほしいのかほしくないのかどっち?」
「だから、探さなくていいって」
「とても、言葉通りとは思えないんだけど。本当はどっちなのよ」
「……分かんない、から、捜さなくていい」
普通のワンピースだ。見たところ、特別な要素など、何もなかった。私にぴったりのサイズだったけれど、ただそれだけだ。
となれば、何かそれなりに、思い出のあるものなのだろう。彼にとって、それが、すごく大事なものであるということだけは、分かった。
「そう。それなら探しましょう」
「いや、ほんとにいいんだって──」
「捨てたり、壊したり、無くしたりするのはいつでもできるわ。でも、ずっと大事にするのは、すごく難しいのよ。見つかる可能性があるうちに、あたしは、捜すわ」
私はまゆの手を掴み、二人を置き去りにして部屋を出る。
「えー、わたしも捜すのー?」
「お姉ちゃん、色んなところ飛んだり、走ったりできるでしょ。水中とかも見てきてよ」
「仕方ないなー」
「お願い」
海は旅館からも見える。すぐそこだ。私は水着のまま、パラソルの付近を探す。すっかり日も沈み、海風が冷たかったので、上着の前を閉めた。
「まなさん、手伝います」
「あんた、本当にもう治ったの?」
「はい。元気ですよ」
あれだけのことがあって、よくもまあ、少しも疲れを見せないものだ。
「あかりさんは、捜さないそうです」
「そう。まあ、あたしが勝手にやってるだけだから」
「──そうですね。私も勝手にします」
「わたしもー!」
マナが来ると、海風の冷たさが和らいだ。今までも、こうして風や日光を防いでいてくれたのだ。忘れそうになってしまうけれど。
それから、二時間ほど捜したが、砂の中にも、海の底にも、近くの民家にも、あかりの服は、どこにもなかった。