5-18 尻尾を労りたい
着いたのは、和風な旅館だった。私たちの宿舎と雰囲気が似ている。扉は襖、床は畳、窓に障子、通路はフローリングだった。際立って、珍しくもない造りだ。
「他に人がいないわね……」
「ここの旅館に泊まることは、城にも連絡したんです。おそらく、勝手に貸し切りにしたのでしょうね」
「まあ、妥当な判断ね」
私とマナは大きな露天風呂に浸かっていた。まゆは部屋で寝ていたので、置いてきた。
「まなさんは、ご入浴の際も、サイドテールはそのままなんですね?」
「──何の話?」
何を言われたのかさっぱり分からず、私は首を傾げる。そして、色の違うサイドの髪の毛をくるくると指に巻きつける。水で濡れてぺちゃんこになっていた。
「それは、まなさんの髪ではないですよね」
「そうね。多分、違うと思うわ。色が違うから」
「多分、ですか?」
「ええ、多分。今は余計なことは考えなくていいでしょ」
「それもそうですね」
腕の傷が痛む。触ると傷口が開くので、あまり触らないようにしていた。そして、傷を眺めながら、まゆみ、まゆみと、頭で唱え続ける。その行為に何の意味もないことは知っていたけれど。
「──痛くないんですか?」
「そりゃ、痛いに決まってるでしょ」
「そうですよね……。まなさんは巣から旅立ったモンスターではありませんもんね」
入浴中なので、尻尾と角も出していた。ずっと出したままだと気分が悪くなるが、出さずにいると、主に、尻尾が可哀想だからだ。
「尻尾、湯加減はどう?」
そうして表面を撫でると、尻尾は嬉しそうに、くるくると回った。ちょうどいいらしい。
「まなさんの尻尾さんは、勝手に動くんですか?」
「ええ。魔族の尻尾は、寄生虫みたいなものいでづ──!?」
寄生虫という表現が気に入らなかったのか、尻尾は私の背中を、尖った先端で刺してきた。
「角は出しておかなくてもいいのではないですか?」
「そうなんだけど、まあ、ウインクみたいなものね。あたしには、どっちかだけしまうなんて器用な真似はできないわ」
「なるほど、そういった感じなんですね」
そう言いながら、マナが片目ずつウインクしていた。可愛い。真似しようとして、両方半目になった私に、マナは生暖かい眼差しを向けてきた。
「空気中の魔力を隅の方にまとめておきましょうか?」
「そこまでしなくていいわよ。それだったら、角から魔力を吸い出してくれる?」
「い、いいんですか?」
マナが食い気味にそう言って迫ってきた。魔力を吸うというのは、一種の治療行為だが、マナの反応が怖い。
「全部吸っちゃっていいわよ」
「じゃあ、ちゅーちゅーしますね」
「はいはい、ちゅーちゅーしちゃって」
私は魔法が使えないので、体内に魔力を取り込んだところで、自分で外に出すことができない。しかし、角は魔力を自動的に取り込む仕組みになっているので、言わば、毒素が体に溜まってしまうようなものだ。自分で出せない以上、誰かに吸いとってもらう必要がある。
「今まではどうしていたんですか?」
「ギルドでやってもらってたわね。まあ、色んなところを旅してたから、そればかりじゃなかったけど。ギルドの受付にも気が合わない人とかいたし」
「まなさんって、意外と社交的ですよね」
「友だちはいないけどね」
「じゃあ、私と結婚しましょう」
「なんでそうなるのよ」
「友だちがいなくても、私がいれば、困ることなど、そうありません」
「……それは、すごく、心強いわね」
魔力を吸い終わると、倦怠感が少し和らいだ。そして、尻尾がゆらゆらと、揺れていた。