5-16 愛する理由が知りたい
決まっている。まゆを信じていればいい。まゆさえいればいい。まゆが私のすべてで、まゆに生かしてもらった命で、まゆのために、私の人生がある。
「……お姉ちゃん」
「うん、そう。わたしが、まなのお姉ちゃん。わたしだけが、まなの家族だよ」
リュックの中のまゆが答えた。隣にいるまゆは──ただ、冷たい瞳で、私をじっと見ていた。もの言わぬその瞳に、胸の内をかき回されているようで、体の奥から、何か、熱いものが込み上げてくるのを感じた。
「あのね、まなちゃ。れなのこと、恨むのは当然だし、許してとも言わない。信じてほしいけど、信じてくれなくてもいい。れなは、まなちゃのこと、大好きだから。まなちゃがどう思ってても、まなちゃが何をしても、れなは、絶対に、まなちゃの味方だから。──でも、一つだけ、聞いてほしいの。まなちゃが、誰かに助けてほしいときとか、一人じゃどうにもできないとき、最初に、れなのことを思い出してほしい。そして、どんな形でもいいから、れなを、一番に頼ってほしい。すごく、自分勝手だって分かってるけど──」
「まな。この人は、すごく頭がいいんだよ。だから、耳を貸しちゃダメ。実の姉なのに、肝心なときに、助けてくれなかった。それが事実でしょ?」
「まなちゃ、お願い。──約束してくれないかな」
「まな、お願いだから。──どこにも行かないで」
隣の少女は、何も言わない。すがる視線を向けても、何も言ってくれない。眼差しも、笑顔も、声も、そこには、一欠片の優しさもない。
──それが、すごく、懐かしく感じられた。
でも、それを認めることで、何かが変わってしまう気がした。世界が大きく変わってしまうような、そんな予感があった。
私には、勇気が、なかった。
「マナ。このまま、駅に向かって」
「──はい」
マナは余計な口出しをせずに、私を駅まで運んでくれる。
「まなちゃ……っ!」
背後から聞こえる悲痛な叫びと、何も言わない、まゆに似た少女の亡霊。そして、
「ありがとー、まな。わたしを選んでくれて」
「……ええ」
リュックの中から、私を覗く、空色の瞳。その瞳が、なんとなく、くすんで見えたから、私は目を擦って、空を見上げた。
「きれいな夕焼けですね、まなさん」
「本当に、きれいね──」
沈みゆく夕日に向かって、私は手を伸ばす。決して、手を届かせることができないからこそ、きっと、夕日は美しい。だとしたら、それは、思い出も同じなのかもしれない。
だから、このリュックの中の少女が、とびきり輝いて見えるのは、もしかしたら。
「まなさん」
「何?」
「愛しています」
「──本当に?」
「はい。まなさんのためなら、私は、この命を捧げることを躊躇いません。国を捨てることもできます。何を失ったとしても、それがまなさんのためになるのなら、構いません。──私は、あなたを愛しています」
マナはそう答えた。彼女は出会ったときから、ずっと、こうだった。
出会ったとき。──そういえば、ノラニャーの一件は、あかりによって仕組まれたものだった。そして、それがきっかけとなって、私は二人と仲良くなったのだ。あれがなければ、今、こうしていただろうか。
「どうして?」
「人を愛するのに、理由が必要ですか?」
「いらないけれど……一つの理由もないなんて、ありえないわ。知らないものは愛せないのよ」
「私はまなさんを知っています」
「──でも、出会ったときから、マナはあたしを好きだったでしょ?」
「そんなことはありませんよ」
マナの表情は、夕日の影になっていて、よく見えなかった。声はいつも通りの調子で、短くなった髪が風になびいていた。
「まなは、わたしを信じてくれれば、それでいいんだよ。まな、わたしのこと、一番好きでしょ?」
「ええ。もちろん、それは変わらないけれど──」
「だったら、それでいーんだよ。難しく考えなくても、ね?」
「──そうね」
考えるのをやめにして、私は近づいてきた駅の方向を見つめる。カラスが鳴いていた。