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どうせみんな死ぬ。  作者: 桜愛乃際
第一章 ~願いの手紙~
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5-9 距離をとらせたい

「マナ、お疲れ様」

「まなさんの方は大丈夫ですか?」

「何が?」

「ああいう光景は見慣れていらっしゃらないのかと思いまして。以前、ノラニャーの首が飛ぶのを見て、不快そうな顔をされていましたし」

「……まあ、どちらかと言えば、見慣れてるわ。だからって、慣れたりはしないけれど」


 私は何かと巻き込まれやすいので、血生臭い光景にも他人よりは抵抗がある。それにかつて、血も傷も、嫌というほど見せられた。今でもよく自分の傷を見ているし。まあ、自分の怪我と他人の怪我では、気持ちが全然違うけれど。どちらにせよ、見ていて気持ちのいいものではない。


「そうですよね──トイスを見に行きたいのですが、ついてきていただけますか?」

「ええ、もちろん」


 私たちは、トイスがいる病室に入る。搬送時、ズタズタに引きちぎられていた腕も、骨折していた頭の骨も、すべて、綺麗に治されていた。ただ、目の怪我だけは治すことができず、左目の視力は失われたらしい。


 トイスの他にも、多くの人が入院することになった。命を救うことが最優先であり、怪我を治すことはその次だからだ。マナは魔力を使い果たしたので、これ以上、傷を治そうとすれば、意識を失い、最悪、命を落とすだろう。今、こうして普通にしているのがおかしいのだ。


「トイス。駆けつけられなくて、ごめんなさい──必ず、犯人に、裁きを下してみせます」


 マナはトイスの手をしっかりと握ってみせた。寝ているトイスからの反応はなかった。


「……犯人は、時計塔を狙ったってことよね。ってことは、時計塔が霊解放のときに開かれるのを知っていた人物ってことになるわ」

「また身内ということになりますね」


 蜂歌祭の騒動は、実は、何も解決していない。子どもの姿をした敵には逃げられ、捕獲した盗人は自害したそうだ。爆弾は爆発してしまったので、なんの痕跡も残らなかった。あのとき、連れられていた子どもにも後日、話を聞いたそうだが、有力な情報は得られなかったらしい。


「時計塔の何が狙いだったと思う?」

「壁の記述だと思います。あの塔だけが、正しい歴史を刻んでいる──歴史の改ざんなど、いくらでも行われていますからね」

「え、そうなの?」

「すべてを記載してしまったら、世界は大きく変わります。隠し事が多いんですよね」

「それって、人間に不利な歴史ってこと?」

「──場所を変えましょうか」


 マナはトイスの手を離し、私の手を掴んで歩いていく。ここでは話せないようなことなのだろうか。


 そして、私たちは、マナの部屋に移動した。この状態で帰宅して、万が一のことがあると困ると、結局、泊まっていくことになった。マナはベッドに座ると、私を抱きしめて、膝に乗せた。


「人間にとって不利な歴史は、隠さず明かしています。昔、魔族の側と歴史が食い違ったことにより、国は信頼を失ったからです。──問題は、人間にとっても、魔族にとっても、不利な歴史が存在することです」

「それ、あたしが聞いてもいいやつ?」

「本当はダメです。でも、言います」

「言っちゃうのね……」

「それは」

「それは?」


「──」

 マナが何か言いかけたそのとき、扉がノックされた。


 マナはいぶかしむ様子を見せる。はかったようなタイミングだ。


「マナ、私です、モノカです。部屋に入れてくれません?」


 マナは扉をじっと見つめ、開けるのを躊躇っている様子だった。


「開けないの?」

「……どうぞ」


 この扉は声帯認証で解錠するらしい。そして、マナは私を膝から下ろし、扉が開かれるのをじっと見つめた。


 そこには、赤髪に黄色の瞳の女性──モノカが立っていた。


「こんな時間に、何のご用でしょうか?」

「いえいえ。たいした用ではないのですが……。女子会! しませんか?」


 そういって、モノカは後ろ手に隠していた枕を出した。私とマナは困惑する。


「女子会って、何?」

「女の会です」

「あっそう……」


 マナに、何の説明にもならない説明をされ、私は頭のメモ帳に女子会と書く。


「ガールズトークですよ、ガールズトークっ! 入浴してから寝るまでの間、三人でお話しません?」


 私は部屋の隅に置かれたリュックを見る。まゆにベッドで寝るよう言ったのだが、リュックが落ち着くと言って聞かなかったので、そのまま寝ている。


「えっと……お邪魔、でした? それなら、私は退散しますが──」

「はい、はっきり言って、邪魔です。私とマナさん、二人きりの、貴重なひとときを奪おうとするなんて、誰であれ許さ──へなんっ」


 私はマナのおでこにデコピンを打った。


「どうぞ。あたしも、モノカさんとお話してみたいと思っていたので」

「本当ですか? きゃー、嬉しいですっ! さすがまなさん、話が分かりますね!」


 私はモノカに手を掴まれ、ブンブン上下に振られた。それを、マナが引き剥がす。


「まなさんがいいと言うなら、許しましょう。ですが。まなさんから必ず、二メートルは離れるようにしてください」

「え、なんで?」

「ディスタンスです。命の距離です」

「あたしは何に狙われてんのよ……?」

「はいはい、ちゃんと離れますから」


 モノカは両手を挙げて、ヒラヒラと振り、私から大股で三歩分後ろに離れた。


「まなさん、二人でお風呂に行きましょう」

「ああ、あたし、もう入ってきたわよ」

「いつですか!?」

「マナが治療するのを待ってる間に。あたしは医者じゃないし、魔法も使えないんだから、そんなには役に立たないわよ」

「そんな……! 以前のように背中を流しあったりできるかと……」


 以前は私ではなく、れなが一緒だったので、実のところ、私はそんなことはしていない。果たして、れなは私の姿で、一体、何をしてくれたのだろう。


「あ、私もまだ入ってないんですよー。マナ、久しぶりに一緒に入りません?」

「──分かりました。まなさん、一人で心細いときは、迷わずこれを押してください」


 私はマナから簡素なボタンをもらい、くるくる回して観察する。特に目立った点もない、ただのボタンだ。


「何このボタン?」

「それを押すと、私がここに駆けつける仕組みです」

「どんな仕組みよ」

「入浴中は服を着ていませんから、あられもない姿をお見せすることになったら、申し訳ありません」

「安心して。絶対に呼ばないから」

「呼ばれなくても行きますよ?」

「はいはい。早く入ってらっしゃい」


 渋るマナと苦笑するモノカを送り出し、私はボタンは机に置き、ベッドに横になる。そして、腕で視界を覆い、目を閉じた。

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