4-32 宿題を終わらせたい
カルジャス行きは、なしになり、バイトは断り、断れない分はハイガルに代わってもらった。
そうして、私に残されたのは、悠久にも思われる時間だけだった。
「まな、遊ばないの?」
「遊ぶ暇はないわ。──早く、お姉ちゃんを治さないといけないから」
まゆが誰にも認識されない存在であるということを、私は思い出したのだ。何がきっかけだったかは、忘れてしまったが。
まゆは腕の痛みがないと、簡単に忘れてしまう。紙や皮膚にペンで書いたところで、すぐに消えてしまうので、刻むしかない。
──私がまゆを、こんな風にしてしまったのだ。だから、なんとしてでも、治さなくては。
願いの魔法があるのだから、まゆを治してと願えばいいではないかと。そんな風に考えたこともあるが、治すという言葉の定義が曖昧だ。まゆが何かしらの病気にかかっていた場合、全く無関係の何かが治るという可能性もある。
「お姉ちゃんを救って、とかは?」
「うーん。って感じ」
「そう。……チャンスは一回しかないんだから、確実に戻せるような願いを考えないと。魔法で治るなら、それに越したことはないけれど」
「まあまあ、難しいことはいーじゃん」
「良くないわよ。ていうか、お姉ちゃんのことなんだから、お姉ちゃんも、もう少し真剣に考えてくれる?」
「私は、トンビアイスさえあれば、このままでもいいかなー。食べたことないけどねー」
「……そうよね。お姉ちゃんは何も食べられないものね」
「まなはいつも二本買ってくれるよね。ありがとー」
まゆはにへらと笑った。出会ったときは夕焼け空のような桃色だった髪も、拷問のストレスですっかり白くなってしまった。そのときのことがあったからか、何かしらの力が働いているからか、まゆの見た目は、まゆが十才のときのままだ。
そのとき、扉がノックされた。
「まなちゃーん、暇でしょ? 入るよー」
「鬱陶しいのが来たわね……」
南京錠などなかったかのように、扉が開けられる。せめて、鍵を閉めるまでやってほしいところだ。
「お邪魔しまーす」
「おはよう……ございます」
あかりとマナが朝から勉強道具を持ってやってきた。マナはまだ半分くらい寝ている顔だ。
「あんたたち、もう来たの?」
まだ、午前十時。マナは起きたばかりだろうか。靴を脱ぎ、私にもたれ掛かってきた。目が閉じている。
「早く宿題終わらせて、後半はどこかに泊まりに行こうと思って!」
「へー。せいぜい頑張るのね」
「まなさんも行きますよね?」
「行かないわよ」
「予定もないのにですか?」
「予定ならあるわよ。勉強っていう大事な予定がね」
マナは床に寝転がって、うだうだと揺れながら、
「まなさんの水着が見たいですー。まなさんといちゃいちゃしたいですー。海で追いかけっこしたりー、砂でお城作ったりー、水かけあったりー、ビーチバレーしたりー」
と、指折りやりたいことを数え始めた。そういうのは、あかりとやってくれ。第一、腕に傷があるのだから、水着なんて肌が出るものは着られない、とは言わないけれど。
「あんた、マナを部屋に連れて来るのはいいけど、しっかり目を覚まさせてから来なさいよ……」
「いやー、マナがさ? どうしてもまなちゃんの顔が見たいって、おねだりしてくるから、連れて来ちゃったっ」
「はあ……」
「まなー、眉間にシワ寄ってるよー?」
「伸ばすわ」
眉間のシワを伸ばしていると、肩にマナの頭をのせられた。
「すやあ」
「あんたって、どこでも寝るのね……」
起こす気にもなれない、困った寝顔だ。仕方ないので、私はマナを肩にのせたまま、宿題に取りかかる。
「まなちゃん、宿題どのくらい終わった?」
「今日で全部終わらせる予定だけど?」
「夏休み昨日始まったばっかじゃなかったっけ!?」
「あんたの補習と追試と課題を手伝わないといけないから、こうして急いでやってるんでしょ」
「読書感想文は?」
「あんなの、宿題になるって分かってるんだから、とっくの昔に終わらせたわ」
「いやー、やっぱり賢いねえ」
「口より先に手を動かしなさい。社会のワークでもやったら?」
「いやあ、僕、勉強してると、頭痛くなってくるんだよねえ……」
「それでも、やるのよ」
「はいはい」
途中、マナを床に寝かせたりしたが、起きあがりこぼしのように戻ってきたので、諦めた。
昼食を適当に済ませ、午後からも勉強していると、扉がノックされた。