表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうせみんな死ぬ。  作者: 桜愛乃際
第一章 ~願いの手紙~
122/315

4-22 傷に触れたい

「私には、四月以前のあなたの記憶がありません」

「……うん」


 何度、言われても、やはり、受け入れがたい事実だった。それでも、僕は、もう一度、マナの口から、説明がなされるのを待つ。


「より正確には、今年の四月二日を含む、それ以前の記憶です」

「そうだったね」

「なぜ記憶がなくなったのかは不明です。しかし、私の記憶には、あなたという存在が欠落している。それは、今でも変わりません」

「……そっか」

「私が今後、あなたを思い出すことは決して、ありません。私はあなたを忘れたのではなく、私の記憶から、あなたのことだけが、跡形も残らず、消えたのです。誰かに記憶を覗かれたとしても、その痕跡すら見つけ出すことは不可能です」


 わずかな望みもなかった。マナと過ごした二年間の思い出は、もう僕の中にしか残っていない。マナの顔を見るたびに、そのことばかりが思い返される。


 でも、王女が記憶をなくしているなんて、誰にも言えなかった。それに、僕たちは城から逃げてきたのだ。だから、マナの家族にすら、言うことができなかった。それを、この間、蜂歌祭のときに、やっと、打ち明けられた。


「蜂歌祭のとき。私には、女王になる覚悟がなかった。そこで、初めて、欠落しているものの大きさに気がつきました。──あなたという存在が、私にとって、いかに大きかったかということです」

「……え?」

「少し、照れますね。えへへ」


 ──こっちが照れてしまいそうなほどの笑みだった。僕には彼女が何を言いたいのか分からなかったが、そんなこと、どうでもよくなるくらいの美しさだった。いや、でも、マナの言うことは出来る限り理解したい。


「でも、あのとき、マナを後押ししたのは、まなちゃんと、れなさんで──」

「あなたも来てくれた。そうですよね?」

「ぁ……」

「あなたが外で戦っているのが見えたから、私は勇気を出せたんです。あなたの前でカッコ悪い姿を見せたくなかったから」

「そんなこと、今まで一度も……」


 言われたことがなかった。少なくとも、記憶を失う以前の彼女には。彼女は、どこまで、カッコいいのだろうか。


「いつも、だらしないところばかり見せているのに、なんだか不思議ですね」

「マナ……」

「もう一度、言います。──私と、婚約してくれますか?」


 いつまで経っても、マナには勝てそうになかった。いいところも、全部持っていかれて。前も、こうやって、婚約しようと言ったのは、彼女の方だった。僕は、彼女のようになりたかった。


 そして、やっと、僕は、気がついた。


「それとも、もう、私のことは嫌いになってしまいましたか?」


 記憶を失った彼女に、僕は一度も、思いを伝えていないのだと。ずっと、思いを伝え続けていたから、伝わっているとばかり思っていた。


 そして、それが、どれほど、彼女を不安にさせていたのかということを。その顔を見るまで、気がつかなかった。


「嫌いになんて、なるわけないじゃん……」


 嫌う理由が見つからなかった。彼女はいつでも、完璧だった。優しかった。僕にとっては、もったいないくらいの存在だった。欠点と言えば、口笛が吹けないところくらいで、嫌なところと言えば、完璧すぎるところと、僕より少し、背が高いところくらいだった。


 ここで、うなずけば、きっと、僕たちは幸せになれる。僕はただ、うなずくだけでいい。それを問う勇気は、マナに任せているから。


 それでも、ダメだった。うなずこうとした瞬間、目の前が真っ暗になって、動けなくなってしまう。あがいても、その先へと進めない。


「──巻き込みたくないんだ。マナには、光の当たるところにいてほしいから」

「私があなたを、その妄執から解き放って、光の当たる方へと、連れ出します」

「無理なんだ……。僕は、君と一緒にいていいようなやつじゃない」

「魔王と手を組んでいるくらいでは、私はあなたから離れませんよ」

「知ってる。……でも、マナには、きれいなままでいてほしい。何も知らないでいてほしい。関わらせるわけにはいかない」


 そう言って、今までもずっと、監視を手伝ってもらったりしていたけれど、魔王との契約については語ったことはない。どうしても、それだけは、知られたくない。


「どうしても、ですか」

「どうしても。だから僕は、君と別れたんだよ、マナ」

「そんなに辛そうな顔をしてまで、やらなければならないようなことなんですか」

「……そうだよ。だから──」


 マナは僕を抱きしめた。マナだけは、不思議と、触れられても平気な存在だった。出会ったときから。


「許します。全部」

「全部って……、許されるわけがない。僕が、何をしてきたかも知らないくせに」

「知ってますよ」


 マナは僕の背を指でなぞった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ