4-19 僕の悩みを話したい
机に伏せていた。本当に、僕はどうしようもないやつだ。
「大丈夫か?」
かけられた声に顔を上げる。青い髪に茶色の瞳。確か、ハイガル・ウーベルデンだ。ちゃんと話すのは初めてかもしれない。
「全然、大丈夫じゃない」
「だろうな」
ハイガルがお茶を注いできてくれた。僕は、ありがたくそれをいただく。
「ハイガルくんでいい?」
「ああ。別に何でも。榎下、だったか」
「僕のことは、あかりって呼んでよ。僕さ、ずっとハイガルくんと話してみたかったんだよね」
「そう、なのか?」
「そうそう。だから、気軽に話しかけてよ。ね?」
「お、おう……」
引かれたかもしれない。まあ、人の心など完全には読めないので、考えても仕方のないことだが。
「ハイガルくんって、ルジさんの知り合い? 魔族?」
「ああ、そうだが……」
今度は、怯えているように見えた。この話題は続けない方が良さそうだと判断し、僕は話を変える。
「そっかそっか。何か、僕に聞きたいこととかある?」
「えっと、急に、言われても」
どうやら、ハイガルは本気で困っているらしかった。あまり、知らない人と話すのが得意ではないのかもしれない。
「だよねえ。じゃあ、僕の話聞いてくれる?」
「ああ、それなら」
「ありがとう。僕さ、知っての通り、勇者なんだけど。実は、異世界から召喚されたんだよね」
僕の経験上、この話題に食いつかないやつはいない。違う世界のことを聞ける機会など、そうそうないのだ。色々な疑問が湧いている頃だろう。
「へえ……」
「反応うすっ。てか、あんまり、異世界とか興味ない感じ?」
「そうだな。この世界のことすら、俺はまだ、知りきれていない。知らないだけで、この世界にも、楽しいことは、たくさん、ある」
そんなことを言う人には、初めて出会った。それは、新鮮で、
「──めちゃくちゃ、いい考えだね。まあ、異世界はいいや。それで、勇者になったから、修行したんだよ。一年でやっと基礎が分かったかな? もう、僕ってとにかく、人間としてのスペックが低いからさ、一年頑張っても、全然強くならなかったんだよね。あ、魔法は最初から強かったけどね?」
「魔法が強いのは、すごいことだ。それに、一年間の努力は、決して、無駄には、ならない」
自虐にも丁寧に対応してくれる。なんとなく笑って流すという風ではなく、ちゃんと、話を聞いて、考えを返してくれる。優しい。調子が狂う。
「……ありがとう。ま、そういうわけで、昔、本当に勇者なのか、って疑われたんだよね。そのあとすぐに、王様が病死しちゃって。僕が殺したんじゃないかって、疑われたりして。僕、つい、エトス──王子を、思いっきり殴っちゃったんだ」
さあ、今度はどう返してくるか。
「ほう。なかなか、やるな」
なるほど、そうきたか。
「でしょー? それで、なんやかんやで、マナを連れて逃げてきたんだよ。それでさ……」
なんやかんやと、話していた。僕ばかり話していたが、ハイガルはちゃんと最後まで聞いてくれた。
そして、僕は、ハイガルの顔を見る。ハイガルはただ、じっと、僕の言葉を待っていた。三十分ほど、僕は、口をパクパクさせているだけだったが、ハイガルは何も言わなかった。
「……昔から、やりたいことがあったんだ。それを、実現させることができるかもしれない方法が見つかって。だから──魔王と、手を組んだ」
「そうか、魔王様と」
「そう。僕がやりたいことっていうのは、絶対にやっちゃダメなことなんだよ。僕の道は、いつでも、残酷で、非道で、日の当たらない場所にある。だから、それに、マナを関わらせるわけにはいかない。それで、婚約を破棄したんだ。……どうせ、ろくな死に方しないだろうし。距離を置く方が、良かったんだよ」
何が望みかまでは言わなかった。ただ、やっと、人に言うことができた。どうしてか、彼には打ち明けられた。
「言えて、ちょっとだけすっきりしたよ。ありがとう、ハイガルくん」
「俺は、かなり、もやもやするけどな」
「あはは。君って、面白いんだね」
「そうか?」
「うん。もっと、早く話しておけば良かったよ」
ハイガルは僕のことなど気にせず、マイペースにお茶を飲んでいた。何を話しても反応が薄いというのも、僕的には安心できる。人は他人のことに興味などないという考えが、僕の根底にあるからだ。飾らない反応は、少なくとも、僕にとっては好ましい。
「王女には言わないのか?」
「言わないよ。言ったら、きっと、自分のせいだって責めるじゃん。僕をちゃんと見てなかったからだって」
あのとき、マナに止められていたら。僕は、きっと、魔王と手を組むことを、選んではいなかっただろう。だが、過ぎた話だ。僕のために感情を割いてほしくないと思う一方で、そこまで思われているのが嬉しくもある。
「クレイアには?」
「まなちゃんは、正論しか言わないからなあ……」
ちゃんとマナと話し合えだとか、魔王と手を組むなんてあり得ないだとか、悪いことしようとしてるならやめなさいだとか。そういうことを言ってくるのが目に見えている。
だから、僕は、まなちゃんには何も言わない。すべて、分かりきっていることだ。分かっていても、できないからこその、今なのだ。
「ハイガルくんはどう思った? やっぱり、望みを叶えるなんて、やめた方がいいと思う?」
ハイガルが言わずにおいた感想を、僕はあえて聞いてみる。それだけ、彼に興味が湧いたのだ。
「──誰にでも、一つや二つ、後ろめたいことは、ある。誰かを、殺したい、とか、酷い目に合えばいいのに、とか、そんなことを望むやつは、いくらでもいる。望むこと自体は罪ではない。そして、望みを叶える手段が見つかったなら、そのために、多くを犠牲にしようとする心も、分からなくはない。ただ──」
ハイガルはそこで言葉を区切って、瞑目し、
「今あるものを失ってまで、やる価値があるかどうかは、考えた方がいいと思う。一度、失ったものを手に入れることは、難しいから」