表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうせみんな死ぬ。  作者: 桜愛乃際
第一章 ~願いの手紙~
111/315

4-11 わたしを責めたい

「彼女を助けたいのなら、一つだけ方法がある」


 男はまなに向かってそう言った。


「その方法は……?」

「願いだ。お前の願いを魔王に譲渡すると、そう強く望め。それが条件だ」

「分かった、分かったから!」


 まなが閉じ込められた話には、続きがある。幽閉するにしても、殺さない理由が必要だった。


 だから、魔王は、こう言ったそうだ。


「──八歳だ。八歳になれば、願いの魔法が使えるようになる。その願いを以て、前線を押し上げる」


 そのためにまなは生かされていると、みんな本気で思っているのだ。


 魔法を信じるものの願いは、魔法になる。だから、魔法が使えないまなは、魔法のことも、願いの魔法なんてものがあることすら、おそらく、知らない。おとぎ話で読んだことくらいはあるかもしれないが、聡い少女だ。信じてはいないだろう。


 そして、魔法を信じない者には、願いを使うことはできない。──魔王から聞いた話だ。もちろん、私にも使えない。魔法の理不尽さは嫌というほど知っているが、あんなもの、死んでも使いたくないと思っているからだ。


「早くしろ!」


 ナイフが、わたしの腕を貫いた。鋭い痛みが全身を突き抜ける。


「ぐあぁぁっっ!」

「まゆみ!」


 痛い。辛い。耐えられない。わたしはこうも、痛みに弱かったのか。今まで、本当の痛みも知らずに生きてきたのだろう。自分だけが辛い思いをしていると勘違いしていた。だからこれは、その罰なのだ。


 ──まなを、逃がしてあげることもできなかった。


 そうして、わたしは意識を失った。人間である私の傷は治るのが遅く、まなの傷は、比較的、すぐに治った。


 一体、どれほど、そんなことが繰り返されただろう。全員があの男のようになっているわけではなかったが、皆、わたしたちの体の傷を認知しながらも、気づかないふりをしていた。手枷は、外してもらえなかった。


「まゆみ……? まゆみ! しっかりして!」

「──あ、まな。ごめん、ぼーっとしてた。えへへ」


 何が、どうして、わたしは笑っているのだろうか。決まっている。まなを、安心させるためだ。しっかりしないと。わたしがまなを、守らないと──。


「ごめんなさい、まゆ、許して、ごめんなさい……っ」


 繰り返し、謝罪の声が聞こえた。このままじゃ、ダメだ。何か言わないと。──まなは悪くない、そう言おう。


「まな。願いの魔法なんて、きっと存在しないんだよ。これはね、罰なの。わたしは今まで、たくさん悪いことをしてきたから、それを償わないといけないんだ」


 わたしの意思とは無関係に、そんな言葉が口から漏れた。わたしを庇おうとするまなに、そんなことしなくてもいいと、そう言いたかったのだろうか。いや、わたしはそんなに綺麗な人間じゃない。


 ただ、自分を責めたかっただけかもしれない。そして、それを、まなに否定してもらいたかったのだろう。そして、願いなど存在しないのだと、そう思わなければ、もう、無理だったのかもしれない。


 ずっと、耐えてきた。願いの魔法が存在することを、まなに隠した。この世界に魔法が存在することを伝えなかった。まなが何を命令されているのか、伝えなかった。


 まなの願いは、まなのために使われるべきだ。魔法なんてもの、人を傷つける以外、何の役にも立たないということを、わたしはよく知っている。


「そんなの、知らない! まゆは私に優しくしてくれた! なのに、どうしてこんな目に合わないといけないの!?」

「まな……」


 その思いやりが、何より苦しかった。こんなに、誰かに思われて、大切にされて、本当にわたしを守ってくれようとする人なんて、いなかった。


 ──物心ついたばかりの頃、わたしは両親を殺された。あの日のことは、鮮明に覚えている。一番、古い記憶だ。


 気がつくと、わたしはあの場所にいた。周りは誰も、面倒を見てはくれなかった。だから、真似することだけ覚えた。


 そうして、汚く汚く生きてきた。皆は違った。わたしだけが、汚かった。意地汚かった。あのとき、生きることを諦めていれば、こんな目にも合わなかった。


 あのとき、誰の首も切れなかった。何をしてでも生きる覚悟なんて、わたしには始めからなかったのだから。他人でも、極悪人でも、生きるためでも、人を殺すことなど、できるはずがなかった。


 願いの魔法──。なんでも願いを叶えてくれる。素敵な魔法。わたしは魔法が嫌いだ。わたしの居場所を奪った。あの日、両親を殺したのも、魔法だった。風の刃が、首をはねた。そして魔法は──わたしを、まなと出会わせてくれた。


 牢屋の扉が開く。光が部屋に射し込んだ。守らないと、まなを。自分の痛みには耐えられても、まなが傷つく痛みには、どうしても、耐えられない。


 生まれて始めて。心から、愛せると思った。まるで、妹のような存在だった。


 でも、もう限界だ。体の震えが止まらない。思考が停止していく。何もかも、どうでもいい。


「──死にたい」


 もしも、本当に願いが存在するのなら。


 どうか、わたしを殺してほしい。


 できることなら。まなの記憶からも消してほしい。


 そして、わたしは始めから、存在しなかったことにしてほしい。


 後悔しか残らなかった。わたしがいたから、みんな不幸になった。誰も、幸せにできなかった。


 わたしなんて、いない方がよかった。


「これ以上、傷つけないで!」


 まなの叫びが耳を突いた。わたしを必要としてくれる声だった。生きてほしいと、願う声だった。


 ──だから、わたしは、生きたいと、願ってしまった。


 ずいぶんと、欲張りな願いだった。死にたい。生きたい。そうして、わたしは、自分の異変に気がついた。少しして、まなは、わたしに抱きついて、


「死ぬなんて言わないで……」


 そう、涙をこぼした。その涙が、わたしの胸を──すり抜けていったのが見えた。


「走れ走れ走れーッッ!!!!」


 まなは、わたしの手を引いて走った。引かれている気はしなかったが、体はまなに吸い寄せられるように動いた。


 きっとすぐに、わたしは死ぬだろう。そう思った。だから、できるだけ遠くへ、まなを連れていこうと思った。まなを背負った。重くなかった。どこまでもいけそうだった。


「ねえ! ねえってば! もう誰も追ってきてない って!」


 まなに言われて、わたしは気がつく。ここは、どこだろう。本当に、ずいぶん、遠くまできてしまった。疲れを感じないからだ。


「あれ、走り過ぎちゃった?」


 立ち止まったわたしの背中から降り、まなは地べたに座り込んだ。


「はぁ、疲れた……」

「なんでまなが疲れてるの?」

「それは……まあ、色々と」


 わたしはまなの表情が暗いことに気がついた。なぜだろうか。分からない。だが、その理由を聞きたいとは思わなかった。なんとなく、嫌な予感がした。しかし、聞かずとも、まなはその理由を明かした。


「あのさ──あなた、誰だっけ」


 わたしが何かを責めるとしたら、運命でも、国でも、世界でも、他人でも、魔法でもない。


 このとき、消えたいと願った、わたし自身だけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ