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どうせみんな死ぬ。  作者: 桜愛乃際
第一章 ~願いの手紙~
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4-1 二度寝がしたい

 目が覚めると、暗い場所にいた。私はふかふかの布団の中で、目をこする。それにしても、今日はなんだか毛布の感触がいい。もう少し寝ていたい気分だ。そうして、目を閉じ、二度寝に入る。少しくらい寝ても大丈夫だろう。


「これ、起きんか」

「だって、この感触、すごく気持ちいいし。もう少しくらい寝ても、バチは当たらないわ……」

「さっさとせんか!」


 毛布が自ら動き、私は地上に優しく放り出される。そして、気づいた。目の前に、巨大な白銀の生物がいることに。


「うわあっ、何!?」

「よーく、思い出して見よ」


 恐る恐る、目の前の生物の顔を見上げていると、やっと状況を思い出してきた。そう、私はチアリターナに頼み、人気のいない場所で、母からの手紙を読んだのだ。そして、


「泣き疲れて寝たわけね……」

「風邪を引くといかんからと、あのクマに命じてここまで運ばせたのじゃ」

「全然、気づかなかったわ……。ありがとう、チアリターナ」


 私は手に握られた手紙のしわを伸ばし、鞄にしまう。何度読み返したか分からない。すっかり、くしゃくしゃになってしまった。


「落ち着いたか?」

「……ええ。一応ね」

「あれだけ、ぴーすか泣いておったのに、まーだ、足りぬのか」

「げっ、見てたの……?」

「自棄を起こさぬか、心配でな」

「そんなことしないわよ。多分」

「そういうところじゃぞ。それから──」


 チアリターナは一呼吸置いて、少し言いづらそうな様子で言った。


「……そち、自傷癖があるのか?」


 そう、尋ねられた私は、考えるより先に、右腕を掴み、痛みがないことに気がつく。いつも、誰かに掴まれ、引かれる度、しくしくと痛んでいた、あの痛みがない。


「この前は気づかなんだが、たまたま見えてしまってのう。右腕の傷は、すべて治しておいた。そちに魔法は効かぬが、ドラゴンのもつ力であれば、それくらいは──」

「なんて書いてあった!?」


 私はチアリターナの言葉を遮り、そう叫ぶ。傷が見つかったのは、涙を拭っていて、袖がめくれたからだろう。それは、仕方のないことだ。ただ、治されては困る。


「お、落ち着──」

「なんて書いてあったの!? あたしの腕、見たんでしょ!?」


 私は腰から、モンスター用のナイフを取り出し、その切っ先を腕に向ける。人間には効かないが、魔族である私の肌を傷つけることはできる。


「ねえ、早く答えて!」


 とても大事なことが、そこには書いてあったはずなのだ。だから、決して忘れぬようにと、体に刻んでいたはずなのだ。忘れてはならない。忘れたくない。


「だから……思い出せんのじゃ!」



 ──絶望した。



 忘れないために、痛みとして体に刻んだ。それは夢のように、一度離すと、簡単に記憶から消えてしまう。毎日毎日、このナイフで、腕に刻んでいた。何百、何千と、それを傷で書いた。あの冷たい痛みを、鮮やかな血の色を、覚えている。だが、


 ──私はこの腕に何を書いていた?


「本来、ドラゴンの妾が、何かを忘れることなどありえぬ。腕に無数の傷がつけられ、それらすべてが同じ形をしていたことは覚えておる。じゃが、どのような形であったかだけが、思い出せんのじゃ」

「どうして、消したの……?」

「痛々しくて、とても、見ておれんかったからじゃ。……すまんの」


 枯れたと思っていた涙が、頬を伝っていく。そうして、次第に忘れていく。私は何をこんなに悲しんでいるのだろう。何にたいして絶望したのだろう。この気持ちは、どこから来ているのだろう。


 すべて、さっぱりと、きれいになくなっていく。


「──涙? あたし、また泣いてた?」


 おかしい。もう一度、母の手紙を思い返しても、今は、涙など少しも出そうにない。私はその涙を指で拭い、首を傾げる。


「え、なんであたし泣いてんの? 怖すぎるんだけど……」

「──なるほどな」


 チアリターナは納得した様子で、私の顔を見つめる。嫌なものを見た、とでも言いたげな顔だ。


「先刻、自分が口にした言葉を覚えておるか?」

「え? 自棄は起こさないって言ったと思ったけど……って、なんでナイフ!?」


 ナイフが抜かれていて、私は慌てて腰の鞘にしまう。抜いた記憶はないのだけれど、先ほどから、誰かに操られているのだろうか。


「──まあよい。とりあえず、今日は帰れ帰れ。学校もあるじゃろうし」

「忘れてた……! 今何時!?」

「たわけ。ドラゴンがそんな些事をいちいち気にするか」

「ちょっと、間に合わなかったらどうすんのよ!」

「一日サボったくらいでどうだと言うのじゃ」

「あんたと話してる時間が無駄だわ! それじゃあ、さようなら!」


 誰かに操られていたという違和感すら忘れて、焦る私は、一時間目に二十分遅れて到着したのだった。二度寝している暇などまったくなかった。

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