1-9 ノラニャーを捕まえたい
マナを追いかけるために、細い通りを抜ける。やっと、広い通りに出たと思ったら、今度は駐車場のようなところを通らされた。さらに、明らかに人の敷地と思われる場所にまで足を踏み入れる。先ほどから、変な道ばかり通らされる。
「……これ、人の家の屋根じゃないの?」
「そうだよ。でも、こっちが近道だから」
心の中で家主に謝りながら、私はあかりに続き、平らな屋根の上を渡る。落ちたら大変だと、細心の注意を払い──、
「うわあっ!?」
「あかり!?」
目の前の影が急に消え、私は下を覗く。次の屋根へと渡るときに、あかりは落ちかけた。──いや、正確には落ちた。魔法でなんとか助かったようだが。
「ここの幅、七十センチくらいしかないけど……。てか、最初から魔法で渡れば?」
「いやあ、このくらいなら大丈夫かなって思ったんだけどなあ」
「むしろ、落ちに行ったように見えたけど?」
「両足でぴょーんってね、はは、あははは、あはははははは……」
私も落ちるとは思っていなかった。遅いなりに助走もつけていたし。まあ、踏みきったときに、これは駄目だ、と確信したけれど。
もちろん、私は難なく飛び越え、次の屋根へと移る。
「ねえ、本当にこんなところ通る必要あるわけ?」
「それは保証するよ。こっちが近道」
「暗いし、あんまりこういう道は通りたくないんだけど」
そういうと、あかりは指先に火の玉を出現させ、辺りを照らし、どや顔をしてきた。
「……通りたくないの方がメインなんだけど」
「あ、そうなんだ。ま、これくらい、大丈夫大丈夫」
「さっき落ちたばっかじゃん……」
どちらにせよ、こんなところに置き去りにされても困るので、私はあかりについていくことにした。
「うおおっ!! 落ちたあっ!」
──とても、心配だったけれど。
***
そうして、歩くこと約三十分。一向に先ほどのノラニャーとマナの姿は見当たらなかった。
「三十分も追いかけっこしてるって、あんた本気でそう思ってんの?」
「まあね。アイちゃんなら、三十分くらい全力疾走できると思うよ」
「マナの方は知らないけど、ノラニャーの方が持たないでしょ?」
「……はっ、確かに!」
私は頼る相手を間違えたのではないかと、眉間のシワを指で伸ばす。あの速さなら、すぐに捕まえていてもおかしくないと思うのだが。
「……あれ、ここ──」
「ん、どうかした?」
そこは、今までとは違い、明らかに、見覚えのある通りだった。私に見覚えのある通りといえば、今のところ、宿舎から学校とトンビニまでの通りしかない。そして、ここは後者だ。
「あ、まな。地図、取り返せたー?」
そう話しかけてきたのはまゆだ。
「まだ見つかってないわ」
「そうなんだ。頑張ってねー」
「相変わらず、他人事ね……」
まゆは、トンビニの駐車場の隅の方で、じっと星を眺め始めた。まあ、まゆに頼ろうとする方が間違っている。
「──ラー」
その鳴き声に、私は咄嗟に振り返る。後ろ足で立つネコ──ではなく、ノラニャーだ。実は、マナを追う最中にも何匹か見かけたが、地図をくわえているものはいなかった。
「あれ? まなちゃん、このノラニャー、地図持ってった子だよ?」
あかりは何も盗られる心配がないのか、不用心にノラニャーに近づき、頭を撫でる。
「ラーガブ」
「痛い」
噛まれていた。すぐに魔法で治していたけれど。
一方で、私は盗られるものなど、レシートだけ入っている財布以外何もないが、警戒して距離を取っていた。
「地図は持ってないみたいだけど? ネコ違いじゃない?」
「いやあ、それはないと思うけどなあ……」
仮に、あかりの言葉を信じるとしても──あれだけの大冒険をしておいてたどり着く先が元の場所、という人を信じられるかどうかは微妙だが──このノラニャーが地図を持っていないのは確かだ。それならば、地図は一体どこにいったのだろうか。
あかりはノラニャーを抱き上げ、撫でながら目を閉じる。
「うーん、困ったねえ……」
「なにか分かったの?」
「それがさあ。この子、別のノラニャーに地図を渡したみたいで、どうなったか知らないって」
動物の言葉でも分かるのだろうか。魔法で動物と話せるなんて、ファンタジーの世界だけだと思っていたけれど。
「マナはそっちを追いかけてるわけね。それで、どこにいるわけ?」
「この近くに、ノラニャーの巣、みたいなのがあるのかな? そこにいるっぽい」
「巣にまで持ってかれたら、取り返すのはもう無理ね……」
ノラニャーの巣には、数多くのノラニャーが集まる。そして、だいたいの場合、ノラニャーよりも遥かに強いモンスターが近くにいて、巣を守ってもらっていることが多い。
そして、一度、巣に持ち込まれたものが奪われるのを、ノラニャーたちはとても嫌がる。おそらく、そんなことをしたら、取り返すまで追いかけられ続けるだろう。
「お姉ちゃん、帰りましょう」
「地図はいいの?」
「諦めるわ。盗られたあたしも悪いし、次から気をつけるしかないわね」
そうして、まゆを伴って踵を返そうとすると、あかりが声をかけてくる。
「え、まなちゃん、帰るの?」
「ええ。そろそろ日も越すだろうし、また汗かいたから、シャワー浴びて寝ないと。明日も学校でしょ」
「それはそうだけど……」
「マナにも、取り返さなくていいって伝えておいて。迷惑かけたわね」
「いや、それがさ──」
歯切れの悪いあかりの様子に眉をひそめると、宿舎の方向から、地鳴りのような音が聞こえるのに気がついた。
その音と振動は、こちらに近づいてきており──、
「まなさん、取り返しました!」
嬉しそうに地図を手に走ってきたのはマナだった。──その後ろを、ノラニャーの大群が追いかけてくる。その数、およそ、五百といったところか。
「──逃げるわよ!」
「言われなくても!」
「わーい、鬼ごっこだー!」
私の声にあかりが答え、走り出す。必死な私たちと対照的に、まゆだけが、どこまでもマイペースを崩さなかった。