後処理と安らぎ
「ふぅ…」
純白の肉片を拾いつつ、汗を拭う。
これで最後かな?
大方集まっただろう。
小学生だった時、ボランティア活動だか何だかで草むしりをやったことを思い出す。
始めてから少し時間が経つと飽きてきて、草むらに潜む虫を探し始めたんだったな。
見つけた虫を開いて観察していると、「雑草が無くなるまで続けて下さい!」なんて声が聞こえてきて、残る草の量を見て顔が引きつったのを覚えている。
そんな地道でつまらん作業の思い出が甦った。
おれが拾った肉片も最初は大量に散らばっており、全部拾いきるのに相当時間が掛かったが、そんな気の遠くなるような作業も完了すると気持ちが良いものだ。
草むしりをした近所の河原の景色を想起してノスタルジーに浸りつつ、魔王城へ戻るため足を動かす。
何故肉片を集めていたのか。
そもそも、それは何の肉片なのか。
数時間前に遡って見るとしよう。
魔王に「神智廻級」だの「獄炎」だの色々な情報を聞いたり、誤って殺害を好むような発言をしてしまったりで放ったらかしにしていたが、神族のゼオグリフさんは相も変わらず窓からこちらをじっと覗いていた。
おれの神殺したい発言を聞いても特に動揺しなかった魔王を見てホッと胸を撫で下ろしつつ、改めてゼオグリフに向き直る。
「無視しててごめん!おれはトモだ。ゼオグリフさん、お前には申し訳無いが、死んで貰う。出来れば傷を付けず一気に絶命させたいので、じっとしていてくれると助かる!」
『………………淵の略奪者……ここマデ急激に進化するトハ………神王の懸念ヲやっと理解出来タ……』
女神の時と同じように、頭の中に直接ゼオグリフのものと思われる声が響く。
棒読みな感じで、ところどころカタコトになってる。
発声器官の都合で変な口調になるとかは分かるけど、こいつの場合脳内に直接語りかけてくるタイプなのに、何でこんな不器用な喋り方なのか謎である。
しかし、なんか凄いこと言ってた。
淵の略奪者がなんの事か分からんけど、カッコイイな。
それがおれの二つ名になってるんなら、チョー歓迎だ。
男はいくつになっても厨二心を胸に秘めてるものだからな。
「どうなんだ?動かないでいてくれたら、おれも楽だしお前も苦しまない。WIN-WINの関係ってやつだ。あ、これ通じないか。どっちも得をするってことだよ」
『…………その問いに頷ク選択肢は私ノ中に無い。かと言ッテ、貴様の攻撃に耐エル手段も無い』
「じゃあどうする?」
『……………………』
黙りこくってしまった。
埒が明かないぞ…。
殺した後に中身を見る関係上、バラバラにはしたくない。
じっとしていてくれれば心臓辺りをバシッと貫ぬけるんだけど…。
…あれ?
何でおれ、攻撃したらこいつがバラバラになるなんて思ったんだ?それに、心臓を貫くなんて、武器を持ってない今じゃ出来るわけがない…ハズなんだけど。
何かイヤな予感がする。
と、少し気が逸れた瞬間のことであった。
周囲の空気………いや、これは魔子か?
周りに漂う魔子が、大きく揺らいだ。
それと同時に、ゼオグリフが動き出す。
ヤバい、逃げられる!
神の体に興味があったおれは、もう何としてもゼオグリフを解剖したくなっていた。
焦って、思い切り床を蹴る。
バガンッッ
何かが大きく砕ける音。
と同時に、なんと目の前にゼオグリフの姿があった。
ヤツは、こちらに背を向けて今にも飛び出しそうなポーズをとっている。
まだ逃げていない。
右の拳に力を思い切り込めて、狙いは定めずとにかく腕を突き出した。
ボンッ!
爆発音。
それと手の先から、ヤツの体に触れていた感触が消える。
吹っ飛ばしたか?
無力化できただろうか。
情けなくも、殴るときに力をこめすぎて目を瞑ってしまっていて、ヤツを殴った瞬間を目視出来なかった。
目を開こうとすると、ドバッと顔に暖かい液体が降りかかった。
この質感、匂い。
血だ。それも大量の。
「きゃっ…!?」
後方から可愛らしい悲鳴。
魔王もそんな声が出せるのか、なんて思って顔全体に掛かった血を強めに拭いつつ、魔王の方を振り返る。
そこにはなんと、全身血まみれの魔王。
ていうか、魔王どころではない。
部屋が血まみれだ。
「えぇ…」
困惑しつつも魔王に近寄ろうとすると、足に何か重いモノが引っかかった。
ごろりと音を立てて転がったそれは、ゼオグリフの頭。
さっきまでおれと会話をしていたゼオグリフだが、その時と異なる点は首から下が無いということだ。
生首を見てちょっと冷静になる。
ヤツを殴った時の爆発音、部屋やおれ達に飛び散った大量の血、ヤツの生首。
これらの状況から極めて冷静に考察するに、これは。
「ヤツは自爆しやがったのか!!」
「馬鹿じゃないのっ!?」
「……冗談だ。おれの拳の威力が尋常じゃないってことだろ。ていうかよく見たら、おれがさっき蹴った床バキバキじゃねぇか。おれどんだけ強いんだよ」
「はぁ…それについては私もちゃんと説明すべきだったわ…。魔子保有量が高いほど、身体能力も上がるのよ。個人差はあるけれどね。貴方てっきり理解してるものかと…」
「確かに、相手殴ればバラバラになるっていう謎の確信はあったな。でも殴ってみないと分からないし、もしその確信が空回りしてゼオグリフを逃がすことになったら嫌だと思って、取り敢えず思い切り殴ってみたんだ」
「もう…この惨状どうしてくれるのよ…。部屋はそもそも光線のせいでボロボロだからいいのだけれど、この服は洗えないのよ?」
「水魔法みたいなの無いのか?」
「あるけれど、私は使えないの。貴方に洗って貰おうにも、魔法について全く知らないんじゃどうしようもない」
「というかあいつと戦って服もだいぶ傷付いてるじゃねーか。なんで今更血なんか気にするんだよ」
「ボロボロになったのはまた縫って繕えばいいじゃないの。血は洗わないと落ちないじゃない!貴方どれだけ服に興味が無いのよ」
「分かった分かった悪かったって。でも汚れて困る服着て戦うのもどうかと思う」
「これが魔王の衣服だから着ているのよ。どんな時でも魔王としての威厳は保たないといけないわ。見た目については特にね」
「血を浴びて『きゃっ!?』とか言う魔王が威厳をどうこう言っても説得力無い」
「う、うっさいわね!あれはただ少しびっくりしただけよ!」
「まぁ魔王の威厳は置いといて、おれは外に散らばったであろうゼオグリフを回収してくる。加護についても何か分かるかもしれないし」
「置いとくな!……獄炎を強化したいって言ったことについてなら、気にしなくていいわよ。そもそも神が死んだら加護は消えるわ」
「いや。おれがそうしたいからするんだ。正直加護よりも肉体の方に興味がある」
「……そう。まぁ、好きにしなさい。貴方が外に出てる間、私はお風呂に入ってくるわ」
「何っ!?お風呂があるのか!やるな異世界。おれは大のお風呂好きだ。城のお風呂なんて入ったことないから、是非使わせてくれ」
「まだ使えるかどうか分からないけれどね。貴方が来る前に城の中で戦ってたから、もしかしたらお風呂にも損傷があるかもしれないし。それでも良いのだったら貸してあげる」
「よぉし、楽しみが一つ増えた。それじゃ、拾ってくる」
「せいぜい頑張りなさい。相当細かく散っていたわよ」
「おうよ!」
こうして、おれはゼオグリフの肉片をせっせと拾い集めたのだ。
表面は光って見えるほどの白さを保っているが、中身はしっかり赤い。
魔王の言った通り本当に細かく散っていて、これ集めても調べ甲斐無いんじゃなかろうかとも思ったが、大きな塊も幾つかあったので、魔王城に戻ったらそれらを調べようと思う。
でも何より楽しみなのは、お風呂だ。
暖かい湯に浸かるという行為は、血行を促進させて思考をクリアにしてくれる。
何より、シンプルに気持ちいいのだ。周知の事実だけど。
そんなわけで、おれはお風呂が大好きなのだ。
我々に安らぎと深い思考を与えてくれる偉大な存在に敬意を込めて、お風呂と呼んでいる。御風呂とも書く。
ちょうど、この世界に来てから色々とあった出来事や得た情報などなど、一度湯に浸かって整理したいと考えていたところなのだ。
しかも、魔族とは言え王城のお風呂だ。
期待せざるを得ない!
魔王城に帰って魔王の部屋に行くと、丁度魔王がお風呂から上がってきたようで、格好が変わっていた。
ツインテールを解いているが、やはりその髪の魅力は変わらない。
水を含んでいるため潤いが増し、むしろ一層美しい。
ボロボロだった魔王の衣装は脱いで、胸から太腿までの大きさのバスタオルっぽいものを巻いている。漆黒の。
これまた、バスタオルすらも黒い。
というか、あれはバスタオルなのか?闇を纏っているようにしか見えない。闇を纏うってカッコイイな…。
けど巻き方からして多分タオルだろう。本当に、この城のものは暗黒に満ち満ちている。
そして、その漆黒タオルで隠されていない肌の部分。
良い湯だったのだろう、白い柔肌がまだ冷めぬ熱でほんのりと紅くなっている。
拭いきっていない水滴がその艷めく肌を垂れていき、名伏し難い魅力が溢れ出る。
上気した頬と、宝石のように輝く黒い瞳。
うーむ…これは、開きたい。
「何ガン見してるのよ…。異界人はお風呂上がりの女性を不躾に眺めるのを礼儀としてるのかしら?」
「おおごめん。あまりにも美しかったもんで、思わずひら…
閃いたよ。強くなるアイデアがね」
「何か今誤魔化したわよね?私の姿を見て何を閃いたっていうのよ。…とりあえず、もうお風呂入ってきなさい。水を温める魔法機構が損傷してて、尚且つ水の貯蓄も殆ど無かったから、今お風呂に溜まっている水が冷めたらもう新しいのは出せないわよ」
「そうか。じゃあ行ってくる」
「お風呂は一階の階段の奥にあるわ」
階段をルンルンと降りて、風呂へ到着。
見ると、所々装飾の施された広い脱衣所があり、その奥には大きな扉。
手際よく生まれたままの姿へ変身し、その扉へと向かう。
浴場は、凄い広さだった。大きめの銭湯ほどのスペースが取られている。
そして、バスタブは無い。だが、お湯が張られている場所は、大小様々な岩で囲まれている。銭湯よりも自然の雰囲気が強いこの見た目には、既視感があった。
温泉だ!
なんと、温泉が湧いているのだ。
魔王は水の貯蓄がどーたら言っていたが、温泉ならそんな心配無いじゃないか。杞憂を抱かせやがって。
と思ったが、温泉みたいなルックスをしてるだけで、実は普通のお風呂なのかもしれない。
…ま、いっか!
ザパーーーーーーン!
勢いよく湯船に飛び込み、大きく水柱が立つ。
モラル?この世界にそんなもの要らん!
素晴らしい温度だ。
熱すぎず、ぬるくもない。
じわじわと身体の芯から温めてくれる至高の温度。
そんなわけでリラックスした頭で、情報を整理し始めた。
おれが最初に降り立ったのは、《神淵》。
女神によれば、新しい神が生まれたりする場所らしい。
そこから真下に落ちて、魔界に着く。
森の中にある広大な丘、そこに唯一建つ魔王城。
魔王に聞いたが、魔族の国や町は存在するらしい。
しかし、ここから少し離れた、森を抜けた所から広がっているという。
城と町がだいぶ遠いけど、大丈夫なのか…?
という疑問には、この森が特別だから一般の魔族では立ち入ることが出来ない、という返答を貰った。
そんでもって、魔王城はこの森みたいな場所じゃないと建てられないんだと。
なら城と町が離れるのも仕方ないということか。
世界地図的には、中心にどデカい大陸があって、左半分を魔族が支配している。
右上はエルフや獣族、右下が人間。
その大陸以外にも諸島があって、そこには数の少ないであろう種族がいる、と。
次はおれの力についてだが、魔子保有量が異常なおかげで身体能力がえげつないことになっているようだ。
魔王の獄炎とかいう魔法も効かない。
女神に提示された石版の中にこんな能力は無かった。
似通った能力で「魔力無限」ってのがあったけど、無限だとは感じないし。
というかそもそも魔力って何だ。魔子とどう違うんだ?
魔王に聞いておかなければ。
…そうだ、おれがやろうと思っていたことが一つあったのを忘れていた。
魔王におれの性質について話すのだ。
スルーしていたが、ゼオグリフの肉片を集める前にしていた会話でつい「加護とかより神の肉体の方が興味ある」と言ってしまったのだ。
反応は、その前におれが口を滑らせた時と同様に薄いものだった。
しかし今考えると、その薄い反応をするまでに変な間があったような気がする。
やっぱりドン引きされているのか。
あいつとしては、おれの放つ魔子を吸収して回復するためにおれと行動を共にしているわけだから、おれがヤバい奴だと知っても離れるとまでは行かないのかも知れない。
迷ってきた。
暴露するか否か……。
むむ?違うな、逆だ。
あいつはもうおれがヤバい奴だと勘づいている。
その上で、魔子回復のために離別せずにいるのだ。
ならば今全て話したところで、あいつは何も変わらない。
そもそも、これは友人関係ではないのだ。
利害が一致しているゆえの同行なのだから、おれがヤバい奴であろうとあいつに利益があることに何ら変わりは無い。
よし。完璧だ。
暴露だ!
暴露をしよう!
自分の性質について告白しても拒絶されないという体験は、おれに何かをもたらしてくれる。
そんな気がするのだ。