この世界について
死にかけ魔王を助け、仲間にした。
「そういえば貴方、名前は?魔王に名前を覚えてもらえるなんて二度と無い機会よ。名乗りなさい」
「おれは… 友雄だ。お前の名は?」
「ふぅん…トモね。変な名前だわ。というかこの私の名前を知らないなんて、貴方冗談が上手いのね」
トモじゃなくて友雄だよ…。
まぁいいか。
トモの方がこの世界に合ってそうだし。
何ならヴォルテノンみたいなカッコイイ名前に変えるのもアリだな。
てかこいつ、まだおれのことを魔族だと思ってるみたいだ。
自己紹介から始めないと。
「おれは異世界から来た、人間だぞ。年齢は17歳。好きなことは…あー…研究だ。読書も好きだな。好きな食べ物は肉!女神に召喚されて最初は神々の淵にいたけど、間違って落っこちてここに着いた。よろしく!」
「は…………」
ただの自己紹介だというのに、魔王はぽかんと口を開けて呆けている。
ぽかんとしてても綺麗な顔だな。
顔の筋肉も相当美しいんだろうな…おっと、この思考はいけない。
おれが溢れる欲求を堪えていると、魂が戻ってきたのか理性ある顔つきになった。
「ちょ、い、今神々の淵って言った!?その前に異世界の人間って…え、貴方もしかして本当に人間なの!?」
「そうだよ、何回も言ってるだろうに」
「異界人なら、人間なのに生身で魔界に存在出来るというのも理解はできるわね…。異界人はずば抜けた能力を神に授かるという伝承があるから。人界の歴史上には数多くの天才や偉人が居るけれど、その中でも特に大きな功績を残した英雄たちの多くが神の加護を受けた異界人らしいわ。でもそんな人間ここ二百年で見たことが無いし、ただの伝説だって思っていたわ…」
「二百年も生きてるのか、お前。とんでもないご長寿さんだなおい」
「し、失礼ね!魔族の寿命は基本五百年以上、王の血族となると千年以上が普通よ!」
「へー、この世界の魔族ってなんか凄いんだな。あ、でも魔子さえあれば寿命とか無いんじゃないのか?魔体を維持出来さえすれば生きれるんだろ」
「魔体も消耗するのよ。本当に微々たるものだけれど。それが積み重なると、数百年もすれば衰えてしまうわ。
というか本当に何も知らないのね、貴方。
魔子関連の知識はあるようだけれど、神から教わったの?」
「いや。おれを召喚した女神はすぐにころ…じゃなくて、詳しい説明を受ける前に天から落ちちまったんだよ。
だからおれが落ちた森の魔子を使って実験した結果だ、おれが魔子について知ってるのは。ただ現状分かってることは少ない。例えばーーーーー」
おれは魔子のことについて実験を経て分かったことを伝える。
空気中の魔子は、生命や物体の維持に必要不可欠ではないこと。
意思に反応して、空気中の魔子が凝縮して魔子の球が生み出されること。
空気中の魔子が枯渇しても、他から魔子が流れ込むわけではないこと。
などなどエトセトラ…。
多分この世界じゃ常識みたいなもんだろうが、魔王は黙って話を聞いてくれた。
案外親身なヤツなのかも。
「へぇ…以外とやるじゃない。なんにも情報が無いところからそれを得るのは、凄いことだと思うわ。そもそも、ここでその黒球を作るのも相当苦労したでしょう。
ところで、空気中の魔子を枯渇させるのはどうやったの?
魔子の少ないところで黒球を作れば枯渇はするけど、肉眼じゃ空気中の魔子濃度は見分けられないでしょう?」
「どうって、黒球をその場で何度も作ればいいだろう。球が出来なくなるまで作れば、そこの空気中の魔子は枯渇したことになる」
「…」
「…何だよ」
「それ、冗談じゃないわよね」
「本気も本気だ。こんなことで嘘ついてどうする」
「…貴方が異常な魔子量を保っている理由も何となく理解できたわ」
「何だよその感じ、わけを言えよわけを」
「それは置いておきましょう。そんなことより、今度は私の番ね。この世界の知識を授けてあげる。」
「おお。待ってました!」
あのヤバいものを見るような目。
若干、いや大いに気になるが、今のところはスルーしてあげよう。
おれがヤバい奴なのは自分で理解している。
そんなことよりこの世界について、だ!
おれは黙って魔王の話を聞いた。
「この世界は、全てのものに魔子が宿っているわ。というより、全てが魔子で構成されていると言っても過言では無いわね。
じゃあ草とか石とか、生物とかもみんな魔子として使えるのかっていうと、厳密には違う。
この世界の物質は、殆ど魔子が姿を変えて不可逆的に実体化したものなの。
一度実体化した魔子は魔子に戻ることが出来ない。
魔法というものがあってね。
魔法陣を介して魔子を変質化・実体化することで使えるのだけれど、その実体化したものは元々魔子だったじゃない?
それがこの世界全ての物にも当てはまるの。
元々、この世界は一つの大魔法によって作られたという伝承もあるのよ。
それがこの世界の基本。
次に、世界の形と主な種族について教えてあげるわ。
大きな丸型の大陸が真ん中にドンとあって、その丸の周囲に細かい島々がある感じよ。
この世界の遥か上。神界に住むのが、神族。
世界の左半分を大きく支配しているのが、魔族。
残った右半分のうち、下方にたくさん国を形成している、人族。
右半分の上方は、森の住人や獣族が住んでいるわ。
大陸には住んでないけれど、竜族や鉱族なんていう珍しい種族も存在する。
こんなところね。
ここまでで質問は?」
「ありませーん」
「じゃあ次は魔族について教えてあげる。
魔族と人族・獣族の決定的な違いは、肉体。
もう貴方は知っているわ。「魔体」よ。
魔体を持つ者たちのことを、総称して「魔族」としているの。
魔体と通常の肉体で何が違うのかっていうと、それは魔子への近さ。
さっき、この世界の物は全部魔子が変質して実体化したものだ、と言ったわよね。
けれど、魔体は少し違う。
実体化はしているのだけれど、根本的な性質は魔子のまま。
分かりやすく表現するわ。
この城の外に生えている草。あれは、魔子が『草』として実体化したもの。それに対し魔体は、魔子が『魔子』として実体化したものなの」
「でもお前の姿、殆ど人間と変わらないよな。魔子がそのまま具現化したら人間の形になるってのか?」
「それは、まだ謎。色々と研究されているようだけれど、何故魔子が『魔子』として実体化すると魔族の姿を象るのかは、全く分かっていないみたい。
そもそも、私たち自身についてもよく分かっていないし」
「魔族は性交するのか?」
「もっ…!も、もう少し他の言い方があるでしょ!
…まぁ、気になるのは当然ね。
実は、性質が魔子に近いというだけであって、繁殖方法や栄養摂取・排泄その他の生命維持の様子は、人間とあまり変わらないの。
魔子と深く関わる分、魔族の方が魔法や身体能力の面で大きく有利ではあるけれど、その他は大体一緒」
「ほーーーーん」
「どう?この世界について少しは分かった?有難く思いなさい」
「おれが人間だって言った時、おまえ最初信じなかっただろう。あれは何でだ?」
「魔界は、《魔淵の邪気》と呼ばれる、邪性を纏った魔子で充満しているの。
この中で影響を受けず居られるのは、同じ邪性を纏う魔族だけ。
魔族以外の種族は、強い邪性にあてられると魔子暴走が起こって爆散するわ」
「色々と知らん単語が出てきたな。
まず何だ邪性て。
あれか。属性的なやつか」
「その通りよ。それぞれの種族にはそれぞれの属性があるの。神族だったら神性、魔族だったら邪性。
人族は例外で、火性とか水性とか、何種類もの属性に適性を持っているわ。人族の強みはこれね」
「魔子暴走ってのは?」
「適性の無い属性魔子の元に曝されると、体内を巡る魔子が抵抗するのよ。その抵抗力があんまりにも強いから、体が耐えられずにどかん!よ」
「そいつは怖い」
「でも、属性についてはあまり気にしなくていいわ。魔子が命に関わるほど強く属性を帯びるのなんて、《淵》とその近くの場所くらいのものだから」
「その淵っていうのは、神々の淵と同じ認識で良いのか?」
「ええ。あれの正式名称は《神淵》。さっき、魔界には《魔淵の邪気》が充満していると言ったでしょう。魔界の奥には、神界と同じように《魔淵》があるのよ。《魔淵の邪気》はそこから生まれているの。
…で。
話は逸れたけれど、貴方は生身でここにいる。
言ったわよね、魔族以外が濃い《魔淵の邪気》の中にいると爆散するって。
だから、貴方は魔族だと思ったのだけれど…。
神に能力を授けられたのなら、人間でも耐えられるのでしょうね」
「おれは神から何も貰ってないぞ。貰う前に神界から落ちたから。その邪気とやらに耐えられるのは、魔子量が多いからじゃないのか」
「…え、能力を授かってないの…?じゃあその異常な魔子量は何なのよ…?
っていうか、普通に考えて、魔子量が多かったらその分魔子暴走の影響が高まるじゃない。魔子量は関係無いわ。
貴方は人族なのだから、そもそも邪性を持っていな…あ!
分かったわ、貴方が異界人だからよ!
きっと、異界人は何の属性も有さない。
だから平気なのよ。
歴史上で活躍したという異界人も、神に貰った能力以外にそれを武器にしていたのかも」
「なるほどな。確かに世界の外から来た場合は例外って感じがする。それだったら、『神性』を持った魔子が充満してただろう《神淵》に居ても何の影響も無かったことに頷ける」
「そうね!凄いことよ、《神淵》から正気を保ったまま帰ってこれるなんて」
おれが正気か否かは置いといて、とにかく色々な情報を得ることが出来た。
こいつも、魔王とか言いつつチュートリアル村人みたいなムーブをしてくれたし。
いい収穫だった。
この世界は魔子で出来ていて、魔法も存在する。
各種族は属性持ちで、それぞれの種族が治める土地の奥に《淵》ってのがあるお陰でお互い容易に侵入出来ない。
でも、異界人であるおれはその属性に捕らわれない、と。
大体理解出来た。
他にも、魔王に魔子を与えようとしてた時の会話で出てきた色々なワードについても尋ねておこう。
と、その前に。
本来おれがしようとしていた事を、こいつにも手伝ってもらうことにした。
「石版を集めたい?」
「ああ。女神に貰った、能力を得られる石版だ。あ、もしかしたら、あの石版だけじゃ能力得られないかも知れないけどな。
石版を指定して女神に提示すれば授けて貰える、とかいう制度だったらおれはもう詰んでることになるから、石版だけで能力を得られるタイプであって欲しいけど」
「どうして女神に直接授けられる方式だったらいけないの?もしかして貴方、女神を怒らせたせいでここまで落とされたとか…?」
「いやそんな事はない。決して無いよ。ただ不都合があって、女神は今遠いところへ行ってしまったんだ。暫く帰って来ないと思う。だから、石版だけで済んで欲しいのさ」
「は、はぁ…。やけに早口だし、なんだか目が怖いわよ、貴方。まぁとにかく、その散らばった石版を一緒に探して欲しいということね?」
「ああ。頼む」
「いいわ。最初は魔族だと思っていたけれど、異界人となれば立場は対等よ。命を助けて貰った恩は返させて貰うわ」
「魔族だからってだけであんな偉そうな態度取るのかよ…。
命を捧げさせてあげる、だの何だの」
「勿論よ!私は魔族の王なの!王が民に対して尊大に振る舞わなくてどうするというのよ!私は威厳のある魔王になりたいの」
「もう既に威厳は無い!」
「何ですって!?恩人だからって調子乗るんじゃないわよ!!焼き異界人を作ってあげましょうか!?」
「さっきまで干し魔王になってたのは何処のどいつだよ!
ベンベロバァ〜」
「ムカーーーーっ!もう許さないわ!ボコボコにしてあげる!」
「やってみろよへなちょこ魔王ぉ〜」
わーぎゃー わーぎゃー…
やっぱこいつ面白い。
さっきまで真面目にこの世界について話していたというのに、今や面影が無い。こっちが本当のこいつなのだろう。
威厳のある魔王になりたいとか言っていたので、大方周囲から期待の目という名のプレッシャーが寄せられていたせいで、本来の自分を押し隠して魔王を演じているんじゃなかろうか。
そんなこんなで、バカみたいなケンカをしてるうちに夜になった。
石版の捜索は明日から、ということで、もう寝ることにした。
魔王は自室の天蓋付きベッドで優雅な睡眠だ。
おれは同室のソファらしきフワフワなモノに寝た。
にしてもこいつ、警戒心無さすぎじゃないか?
無防備に寝ている魔王を見てつい開きたくなったが、器具も無いし、何より面白いヤツだし、と思って我慢することが出来た。
なるべく友好関係は築いて行きたいのだ。
魔王なれど、神なれど。
但し、ちょっと最近欲求が湧く頻度が高くなっている気がする…。
それもそうだ。なんてったってここは異世界。まだ見ぬ生物、まだ見ぬ建造物が沢山あるのだ。
解剖するのに都合の良い展開が来ないかな…なんてぼんやり思いながら、眠りに沈んでいった。
ほとんど異世界の説明になりました。
情報量過多ですね、申し訳ない。
覚えなくても物語を読む上でそんなに問題は無いと思いますので、頭の隅にでも置いておいて頂ければ。