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ヤバい奴らとヤバい生活 in 異世界  作者: バウム
第二章 魔法学園編
32/40

知らない天井

 








 瞼を開けると、部屋に差し込む太陽の光が眩しかった。





「………お?」





 目を覚ます以前の記憶が曖昧だ、という状況を初めて味わった気がする。

 ここは…病院か?

 清潔感のある天井、それと白いベッド…。

 おれは異世界に転生したはずだが、もしかして今までのは全部夢だったとか。

 夢オチかよ…つまらんぞ。


 なんて適当なことを考えていると、ベッドの横に椅子を置いて座っている人物がいた。


 銀髪ボブカットの、麗しい女生徒。

 一本のくせっ毛…というかアホ毛がチャームポイントなガールである。


 …あ、思い出した。

 こいつはクイン・ヘルナー。魔法学園のエリートだ。

 そんでもっておれは入学試験としてこいつと戦っていたんだった。

 これから学園生活で目立たないために、自分の身体をあえて弱体化させて負ける予定だったのだが…どうやら、思った以上に負けたようである。

 布団を捲って見れば、腹には包帯。

 治癒魔法で大体解決出来そうな世界にも物理的な止血方法はあるんだなー…なんて思いながらも、クインを見遣る。


 寝てる。


 椅子に座ったまま、日光を浴びて気持ちよさそうに寝ている。



 …改めて見ると、本当に整った顔をしているな。

 陽光に照らされて輝く銀髪は宝石のようで、そこに居るだけで絵になる逸材である。

 ただ、普段の目付きと態度がトゲトゲしすぎてスゴい。

 美しい薔薇には棘がある、というが…彼女の場合は棘に薔薇が埋もれてしまっているな。


 そんな感じで顔を眺めていると、クインが目を覚ました。




「あ…………………」



「おはよう」



「………そ、その…………悪かったわ…」




 おや、急にしおらしくなっちゃって。

「あんたが弱すぎるのが悪いのよ!」とか言ってきそうな気がしてたが、やっぱり根はちゃんとしてるのか。




「生きてるし、気にするな。それより今何時だ?」




「…………十一時」




 この世界は、前の世界と同様に一日二十四時間、一年三百六十五日で区切られている。

 時間の概念も前の世界と全く一緒の呼び方をするようで、今何時だ、という質問が通用するのだ。

 ちなみに、数字も同じ表記である。

 …これは、かつてこの世界に来た異世界人の影響なのか、それとも女神にもらった言語理解能力がおれの分かりやすいように自動翻訳してくれてるのか…果たして真相は分からない。




「確か入学試験終わってすぐ入学式って聞いたが、もう試験終わったか?」



「………まだ。毎年、二時くらいまでやる」



「ほう」




 まぁ入学試験は普通そんくらい掛かるか。

 筆記試験なんかもあるみたいだし、前の世界の受験と大差ない時間は掛かるはずだ。




「…………色々と、聞きたいことがある」



「何だ?」



「………あんたが倒れたって聞いて、魔王様が駆けつけてきた。………見たこと無い顔してた。速攻で治癒かけて、出来る限り治してくれてた。…………魔王様があんな顔するなんて、あんた何者?」




 魔王が来てくれてたのか。

 何とも嬉しいことだ。

 見たことない顔っていうのは、恐らく心配してたってことだろう。

 思えば、今までおれは意識を失うほど追い込まれたことが無い。魔王からしてみれば、神族が来ようと平気な顔してるヤツだったのだ。

 そんなやつが腹から大量出血して意識不明なんて、あの甘ちゃん魔王が心配しないわけがない。




「あーーー…魔王とは親戚みたいなもんで、割と長い付き合いだから心配してくれたんだろ」



「……………そんな感じじゃ…………ま、いい」




 それにしても、おれの腹の傷が包帯で処理されているということは、魔王が治癒魔法で治しきれなかったということか。

 ガルヴ村では大火傷を即座に治し、欠損した部位も完璧とは行かないまでもある程度回復させていた…そんな魔王が、木剣で突き刺されただけの傷を治しきれないとは。

 このクイン、想像以上に強いのかもしれん。




「…次。学園長とか魔王様が治癒かけても治せなかった傷が、放っておいただけで回復した。あんたの身体、何なの?」



「…あ?お前が魔法で治せないほどの傷を付けたんじゃないのか」



「魔王様の治癒魔法に対抗出来る魔法なんて、使えないわよ」




 ん…?

 ということは、魔王の治癒で治るはずの傷が治らず、時間経過で自然回復したってことか…。

 もしかしたら、おれの魔子が悪さした可能性もあるな。

 でも考えても仕方ないし…一旦置いておこう。




「それについては、おれも分からん。何はともあれ治ったから良い」



「…………そ。じゃあ最後に…………一つ」




 スっと立ち上がり、こちらを向くクイン。




「先輩には敬語を使いなさい!!!!!」




 バシーンとビンタされた。



 急に来たぁーーー。




「黙ってれば何なの!?あんた初級生でしょ!!魔王様と親しいからって調子乗んないで!!!」




 殴打のように言葉を叩きつけ、そのままプンスカと病室を出ていってしまった。




 …………。

 しおらしくなってた分が一気に来たぁー。




 ただ、叩きつけられたのはド正論である。

 相手は先輩、この学園に多く貢献してきた凄い人だ。

 だが何か知らないけどクインにはタメ口を…というか生意気な口をきいてしまう。

 煽れば反応するタイプであるセレネリアとどこか同じ雰囲気を感じるが、それが原因だろうか。

 元の世界では先輩や年長者、立場の高い人には適切な態度で応じることが出来ていたのだが…異世界だからって舐めてたのかもしれん。

 集団生活での身に適したコミュニケーションは超重要だ。改善してこう。



 すると、クイン先輩が病室を出ていったのとほぼ入れ替わりで、ラミィがやってきた。

 若干火照った顔をしているが、何かあったのだろうか。




「おうラミィ。どこ行ってたんだ」



「いや……ちょっとしたこと」



「そうか。ラミィの試験の方はどうなった?」



「中止。魔王に認められてる事実があるからやらなくても問題ない、って」



「ならいいか。騒がせてすまんな」



「ううん…すごいの見れたから良かった」




 あ…そうか。

 おれは腹から大量の血を流していたのだった。

 意識が薄れる時の温水に浸かっているような感覚からして、相当量の血が溢れてしまっていたのだろう。

 ラミィの紅潮は、それを見て興奮した結果なのだ。

 血の量的に過去最大級の興奮度合いだっと思うのだが…見れなかったことが惜しまれるな。



 そしてラミィと会話を始めて間も空かずに、部屋に影が飛び込んできた。

 正に影のような黒い衣装に包まれたそいつは、それとは正反対に色付いた眩しい髪を揺らしながら喋り出す。




「大丈夫!?本当に治ったの!?」



「うわ、何だそんな慌てて」



「ちょっとお腹見せて」




 平常時の落ち着きようからは到底考えられない慌ただしさを見せ、半ば無理やりに腹の包帯を取られる。

 見れば、ヘソの上辺りに薄い傷跡があるが…注視しなければ見えない程度まで綺麗に元通りになっていた。

 だが少し妙だな。

 今まで腕を切断したりとかしてきたが、再生した後に傷跡などは一切残らなかった。だというのに、木剣が突き刺さった程度の負傷では若干の痕跡が残っている。

 しかしクイン先輩は魔王の治癒に敵うほどの強い魔法は使えないと言っていたし…甚だ謎だ。


 些細なことを考えていると、魔王がホッとした様子で包帯を全て取っていった。




「はぁ………良かった。詳細はメイジィ学園長から聞いたわ。クインの多重延導魔法を受けたのよね。…貴方がここまで死にかけるなんて、何かあったの?」



「多重延導魔法ってのは何だ」



「簡単に言えば強化魔法よ。魔法陣の応用で、後々習うはず。……そんなことより、何があったのよ」



「下手に倒して目立つのが嫌だったから、身体強度をわざと下げて負けることにした。で攻撃を受けて、いつもならすぐ再生するハズなんだが…魔子量を殆ど削ってたことを忘れててな。魔王の二倍程度しか魔子が無いと再生能力は失われるらしい」



「もう……馬鹿ね。魔子が増えるほど出来ることも増えていくけれど、再生能力を得るなんて聞いたこともない。だから魔子量を減らした後は気を付けてって言ったじゃない…無茶しすぎよ」



「クイン先輩が意外と強かったってのもある。……あ、てかお前が何で傷治しきれなかったか分かるか?自然回復したらしいんだけど」



「魔子による干渉を弾くような感覚があったから、恐らくだけど命が危険に晒されたせいで防衛本能的なものが発生したのだと思うわ。そういった現象は割とあるのよ…無意識に魔子で壁を作ったりとか。死の間際の力っていうのは物凄いから」




 恐らく多くの者たちの「死の間際」を見てきたであろう魔王が、実感を以て説明する。


 防衛本能で魔子の壁を作る……ね。

 何か引っかかるけど、今は置いておく。




「なるほどな。ま、何にせよ助かったんだ。心配してくれてありがとよ」



「そんな軽く済ますような出来事じゃなかったわよ…私にとっては。貴方が死んだらどうしようもなくなるわ」



「お?デレか?」



「なに急に訳の分からないことを…貴方の協力さえあれば、いとも容易く神族の企みを止められるのよ。やっぱりやめたは無しなんだから」



「命の恩人をこき使うねぇ」



「自分がしたいからそうするって言ってたじゃない。なら遠慮なく使わせてもらうわ!」



「開き直りすぎだろ」



「過去のことを気にしても仕方ないって言ったの、貴方よね?さっきから矛盾ばかりだけれど…傷がまだ治ってないのかしら?」



「おぉ、煽り方分かってきたじゃねーか。その調子だ」



「………何だか気に食わないわ」




 まさかのセレネリアからの煽り攻撃。

 今までこいつの煽り性能は小学生並みだったが、段々成長してきているな。育ての親として嬉しい限りだ。(謎)。


 それはそうと…確かに考えてみれば、魔王にとっちゃおれは神族&勇者にやられて諦めかけてたとこに舞い降りたチート戦力だ。

 世界平和を目論む魔王としては、何としても手持ちに残しておきたいカードだろう。

 おれとて、この世界についてまだまだ知れていないのだ。

 こんな所で死ぬわけにもいくまい。



 そうして話しているうちに、昼飯時がやってきた。

 傷も完治したため学園の食堂にて飯を食べたが、やはり王立学校。品揃え・味双方において素晴らしいものだった。

 セレブばっかの学校な雰囲気がしてたが意外と庶民系の食べ物もあって、しばらく昼飯時に飽きることは無さそうだ。


 一般受験の魔族たちも丁度昼休憩の時間だったようで、食堂は大勢の受験生で溢れていた。

 今からでもヤバそうな奴をチェックしておこうと彼らを観察するが…ま、実際話さないと分からんもんだ。

 チンピラに絡まれてたあのガンギマリ娘然り。

 彼女、同じ年くらいに見えたが…何かの手違いでこの学園に来てたりしないだろうか。

 あんな素晴らしい狂人と出会える機会は無い。

 神様魔王様獣王様。どうかおれに奇跡を。


 再開を一頻り祈ったあと、当然のように共に行動するラミィと校舎の二階へ向かう。あ、ちなみに食堂は校舎と別の建物で、例に漏れずデカい。学校の敷地内に豪華なレストランがあるようなものである。金持ちやべぇ。



 校舎の二階へ昇る理由は、学園長からの指示だ。

 始業式までおよそ二、三時間。

 それまでの暇つぶしを学園長が担当してくれるのだろうか。

 ………てか、冷静に考えて受験直後に合否が出てそのまま始業式、なんてだいぶ頭おかしいスケジュールだな。

 これ考えたヤツの正気を疑う。

 あ、魔王だった。



 二階の指定された教室に到着すると、前の世界のものと大差ない教室の様子が出迎えてくれた。

 大差ないと言っても、全体の構成だけのことだが。

 前方に黒板らしきデカい板、そして教壇。

 その黒板を向くように机が均等に並べられている。

 ただ、机はガラスっぽい材質のもので出来ていて、それら全てに同じ魔法陣が描かれているのだ。

 魔法学校、って感じがしてテンション上がるな。



 教壇に立っていたのは学園長。

 メイジィ…だったか。メイ爺だな。

 そのメイ爺が、教室に入ってきたおれとラミィを見る。




「よく来た。……すまなかった。クインは手加減を間違えるような生徒では無いのだが、今日は様子がおかしかったのだ。トモ君が無事で何より良かった」




 丁寧に礼をし、謝罪を述べるメイ爺。

 綺麗なお辞儀である。




「いえ、私の力不足ゆえのことです。結果的に無事で済んだわけですし、この件はもう忘れましょう」



「…寛容な生徒だ。魔王様が推薦なさるだけある」




 お辞儀を解くと、彼はそのまま教壇の中心に歩いていった。

 そして改めてこちらに向き直る。




「さて、早速本題だ。トモ君、君は魔法の使役が出来ないという話だったね」



「はい。特殊な事情により、魔王様にこの学園で一から魔法を学ぶことを薦められました」



「ああ、魔王様よりお伝え頂いている。…だが、君以外の生徒たちは既に魔法の基礎を習得した上で学園の試験に臨んでいる。彼らは、更に上の魔法を学ぶためにここへ来るのだ。君一人のために魔法の初歩の授業を全体で行うというわけには行かない。


 よって、君には始業式までの約二時間の間に、魔法の基礎を習得してもらう」




 魔法学園に入学する以前の学習形態については知らされていないが、おれと同じ世代の魔族たちは現在高校生くらいに当たる。

 つまり、小学生や中学生に該当する時期に魔法教育を受けてきた可能性が高い。

 すなわち年単位の教育である。

 それを二時間程度で網羅するとなると、相当量の知識をぶち込まれることになるな。




「魔王様いわく、『彼なら余裕でこなす』とのことだ。正直に言うと、素性をあまり知らない君のことを私は信じきれない。この二時間で魔法の基礎を覚えられるとも思っていない。…だが、魔王様があそこまで仰られるのだ。出来ないとは言わせまいよ」



「ええ。楽しみです」



「習得できなかったとしても、授業開始は明日からだ。今日中に覚えることが出来れば授業には参加できる。頑張りたまえ」




 にしても、魔王め。

「貴方には一からちゃんと魔法を学んでほしい」的なことを言っていたくせに、二時間で詰め込めとは何とも強引なことだ。

 もしおれが習得出来なかったらどうするんだ…。


 …ま、時間がどうであれ今おれは魔法のスタートラインに立とうとしているのだ。

 わくわくが止まらんな。



 メイ爺が黒板に魔法で図を描き始めるのを眺めながら、おれは魔法生活の始まりを実感したのだった。










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