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ヤバい奴らとヤバい生活 in 異世界  作者: バウム
第二章 魔法学園編
31/40

入学試験

 






 入学式当日。






 魔族のチンピラやっちまった事件の後、魔王に呪いの指輪を貰って力を抑えた。

 その後ラミィにおれの指を食わせたらそのまま手ごといかれたり、商業区画でガラの悪い輩に絡まれたりと色々大変だったが、充実した二日間であった。

 一般居住区画にも赴いたが、建造物や広場以外に見るところが無かったので様子は割愛。


 そんなわけで、魔法学園へ入学するその日がやってきたのだった。





「今頃、通常の入学試験が行われている最中ね。貴方たちにはこれから、別方式の試験を受けて貰うわ」



「別方式」



「えぇ。あまり詳しく説明していなかったけれど、貴方たちは『魔王推薦』という形で入学する。私直々に学園への入学を決めるから、事情も隠して問答無用で入れるわ」



「おぉー…権力乱用」



「失礼ね!そうでもしないと貴方は入れないのよ。…とにかく、推薦で入った人に向けて特別な試験を行うの。これで失敗しても入学取り消しになったりとかはしないけれど…ま、貴方たちなら心配は無いわね」



「王都の学園って程なら、みんなもう魔法使える前提なんじゃないのか?その試験で魔法を使わなきゃならんとか無い?」



「確かに入学試験は一定の魔法を習得している必要があるけれど、推薦に関しては別よ。試験官と戦うっていう内容だから」



「何であれ勝てばいいのか。良かった」



「…あ、そうだ。貴方たちの名前についてなのだけれど」



「ああ、おれの名前はトモ・ヨシダで良い………………いや、なんか異世界っぽくないな。別のにしたい」



「貴方はとりあえず後で。ラミィは、学園で獣王だっていうことを隠して貰うわ。ただ、獣族っていうのはどうしてもバレるから、偽名を使わせてもらった。大丈夫よね?」



「いいよ。なんて名前?」



「ラミリス・ヴォルスト。貴方の遠縁に当たる苗字を選んだわ」



「ヴォルスト家はあんまり知られてないし、偽名だってバレることは、たぶんない」



「良かった」



「あ。もしかしておれの名前ももう決めて出した?」



「えぇ。貴方、自分の苗字を異界っぽいものにしたいって前も言ってたから…とりあえず私の遠縁の『ディエジーク』をそのまま使ったけれど、どう?」



「トモ・ディエジークか。いい感じだ。サンキュー」



「異界の言葉で、『ありがとう』ってとこかしら?」



「よくわかったな」



「魔王舐めないでよね」




 獣の王が魔族の学校に入るなんて相当騒ぎになるし、おれはおれで得体の知れない人間だ。偽名で入るのが得策だな。

 出身とか聞かれたらどうしようとおもったが…あの魔王城近くのガルヴ村でいいか。一ヶ月過ごしたし、まぁ実質故郷みたいなもんだ。


 そいで、推薦で入った人のための入学試験をこれから受けに行く。

 緊張はしないが、そこでなるべく爪痕を残さないようにすることだけは気をつけることにしよう。

 魔法学園とも言うくらいだから、おれくらいチート能力持ちだと有名になってしまうかもしれん。

 おれはひっそりと、ヤバい奴とだけ関わって学校生活を送りたいのだ。




「それじゃ、制服ちゃんと着たわね?出発よ」




 例の移動用自律人形…車に乗って学園へ向かう。

 貴族街区画の中にあるということだから、だいぶお金持ちの学校なのだろうな。

 てか魔王が自ら作った学校らしいし、規模がデカくないハズがない。

 元の世界では、学力も普通・大きさも普通のど真ん中普通校に通ってたから、王都のエリート学校には非常に興味がある。

 期待しよう。











 体感十分ほどで学校に到着した。

 期待を裏切らない大きさだ、魔法学園。

 運動場と思しき場所は特にとんでもない広さで、おれたちが住んでいる屋敷が優に二つは入りそうだ。庭園もある。

 色々と建物があるが、恐らく中央にある最もデカいのが校舎だ。

 コの字型で、中庭らしき優雅な道に迎えられて玄関にたどり着く形になっている。



 校舎の前で立ち止まり、魔王が喋る。



「改めて。ここは、セレネス王立魔法学園。王都最大にして魔界最高の魔法学校よ。存分に学びなさい」



「セレネス……て、お前の名前から取った?」



「………ええ。この学校を作ったのは私だけれど、運営するのは教師陣だから…学園長に名前を付けるのを任せたら、私の名前から取るって言って聞かなくて。渋々、これで了承したわ…」



「自分の名前が付いた学校をお持ちで、どんな気分?」



「からかわないでよ…!私が自分で付けたって思われてて、すごく恥ずかしいんだから…」



「どうでもいいけど早く行こうぜ」



「何よその扱い!」




 魔王を一頻りからかったところで、校舎に突入。

 中庭だけで既にそこらの体育館を余裕で超えるレベルの広さだ。

 校舎も無論のことデカい。


 玄関まで歩くと、数人の魔族が並んで立っていた。

 真ん中に居た長髪の老人が一歩前に出て話し始める。




「魔王様。この度は、ご来訪頂き誠に感謝申し上げます。只今入学試験中の為、教師全員でのお出迎えが叶わず申し訳ございませぬ」



「久しぶりね、メイジィ。わざわざ手の空いてる教師全員で迎えなくてもいいのに…」



「そんなことはございませぬ。この学園の創設者であり、尚且つこの国を平和に保つ魔王様を、蔑ろにする扱いは何人にも許されておりませぬゆえ」



「固すぎるわよ…。それより、この二人が『魔王推薦』で入学する者よ。試験の準備は大丈夫かしら」



「はい、充分に。今すぐにでも行うことが出来ますが…いかが致しましょうか」



「二人とも、行ける?」



「おう」




 こくりと頷くラミィ。


 あ、やべ。

 ついいつものように返事をしてしまったが、おれは今ただの一魔族に過ぎない。そんな奴が魔王に「おう」はヤバい。

 一瞬だけ老人がこちらを睨んだ気がした。





「じゃあ、二人をお願い。私は一般試験の様子を見るついでに、試験監督の教師たちに会ってくるわ」



「承知致しました。宜しくお願い致します」




 そのまま、魔王を迎えた教師たちが道を開けるのに従って、彼女は校舎の中に入っていった。


 はてさて、今魔王と会話を交わした老人が恐らく学園長なのだが…とても印象的な見た目をしている。

 腰の辺りまで伸ばした長い白髪、立派に整えられた鼻髭と顎髭。清潔感のあるジジィだ。

 纏った黒いローブの下はスーツのような服で、これまた黒なのだが所々に金の装飾が施されている。

 更に見るべき点は、腰に携えた杖。

 剣のようにして腰に差されているが、どっからどう見ても老人が使う杖である。仕込み杖だとしても仕込みの意味が無い。

 そんなクセ強ジジィが、おれとラミィの前に出てくる。




「『魔王推薦』の二方。私は、このセレネス王立魔法学園の学園長を務める、メイジィ・グラークスだ。偉大なる魔王様に推薦を受けた君たちは、これから実力を見極めるための試験を受けてもらう。…君たちの情報は魔王様より頂いているが、まずは自己紹介を頼む」



「トモ・ディエジークです」



「魔王様より、出身や経歴については秘匿とのお達しを受けている。その為それ以外の情報は必要無い、がしかし…先程魔王様に良からぬ態度を取っていたように見えたが」



「その際は大変な不遜を働いてしまったと深く反省しております。魔王様の寛大なお心により私が度々行ってしまう無礼については許されておりますゆえ、何卒お見過ごし下されば」



「………むう。魔王様は、異常な程に寛大であらせられる。魔王様が許可をお与えになったのなら言うことはないが…呉々も気を付けるように」



「はい」




 この学園長、魔王と話している時魔子が凄く荒ぶっていた。

 既視感があると思ったら、アレだ。

 魔王軍幹部…もとい魔王ファンクラブの人たちに似ているのだ。

 恐らく魔王に強い忠誠心を抱いているジジィ。

 さっきはミスって魔王にテキトーな返事をしてしまったが、これからはちゃんと態度に気を遣う必要がある。

 てか、よくよく考えなくてもあいつ王様だしな。

 他からしてみればおれ無礼すぎるわ。




「ラミリス・ヴォルスト。獣族。出身は、王都ガラグート。王都で魔法基礎を学んだ後にここへ来た」



「君が魔界で魔法を学ぼうとする理由は何だ」



「魔族の魔法に興味があった。魔王様が以前獣界にいらしたとき、知り合ってここを紹介してもらった」



「宜しい。それでは試験会場に参ろう。ついてこい」




 ラミィは、不器用そうに見えて案外ちゃんと魔王に対しては敬語を使っている。

 …魔王に対して使ってるだけで、いつものぶっきらぼうな口調は一切変わっていないが。

 学園長は魔王への無礼以外は気にならないようで、ラミィのタメ口には何も反応しなかったな。ほんとに魔王至上主義って感じだ。学校に魔王の名前を付けるだけある。




「君たちには、この学園の実力者と戦ってもらう。その詳細の前にまずは、学園の評価制度から説明しよう。


 このセレネス王立魔法学園では、魔王様の考案された『勲星』制度が適用されている。達成した功績を元に、勲章として『星』が与えられる制度だ。その星の数によって、卒業後の活動においてに様々な利点を得ることが出来る。


 この学園では、今のところ星を五つ貰い受けた生徒たちが頂点に立っている。

『五星』と呼ばれる者たちだ。

 多くの功績を積み上げて星を得た彼らだが、無論のこと実力は学園の中でも最高峰。


 今回は、そんな『五星』の中の一人と戦ってもらう」




 言い忘れていたが、セレネリアから学校についての説明はちゃんと受けている。

 その中でやはり気になったのがこの「勲星」制度だ。

 学園長の言葉にもあった「五星」だが、今の所この学園に四人しか居ないらしい。

 魔法が不得意な人でも魔法を使わない方法で功績を残せば星を貰えるらしく、実力的に劣っていながら四星になった生徒も多いのだという。

 だが、五星のメンツは四星以下と一線を画す強者たちで、学内はもちろんこの王都の中でも有名という話だ。


 …強者というか、トップに立つ人達はみんな一癖二癖あるというおれの経験則からすると、その五星の生徒に会うのが楽しみで仕方ない。

 今回会えるのは一人のようだが、学校生活の中で絶対に五星のメンツとは全員会いたいものだ。




 格式高い雰囲気がそこかしこから漂ってくる校舎の中を通って、校舎の裏側へ出る。

 この学園に入る時異常に広い運動場が見えたが、あれ一つだけでは無かったらしい。

 そこには、「第二魔法技場」と書かれた魔法の看板が浮かんでいる、二つ目の運動場があったのだ。



 様々な色で魔法陣が描かれた地面。

 一つ目の運動場の半分程度の大きさではあるものの、充分に広いスペースを持つその「第二魔法技場」の中心には、一人の女生徒が立っていた。




「彼女こそ、五星『銀棘(ぎんきょく)』クイン・ヘルナー。魔剣士術の天才だ」




「銀棘」の二つ名に恥じぬ、爛々と煌めく銀髪。

 軽くボブカットに切り揃えられた頭の頂点には、一本だけくせっ毛が伸びている。

 顔の造形も見る者が目を見開くほど整っていて、魔王に劣らない美しさだ。

 ただし、その目は棘を放つように鋭い。

 見る者が目を見開いた隙に蜂の巣にしてしまいそうな程の視線である。

 またそれも、魅力の一つと言えよう。

 制服はラミィの着用しているものと同じ女生徒用だが、ラミィのものは赤胴色の線が入っているのに対して彼女は銀色。

 これは恐らく、学年の違いによるものだな。

 胸には五つ星を示した勲章を目立つように取り付けている。




「遅い!」




 見た目に合った刺々しい口調で学園長を睨みつけるクイン。




「大して待っていないだろう。クイン、君は忙しなさすぎる。少しは大人しくすることを覚えなさい」



「うっさい!そもそも今年は私じゃないでしょ!」



「仕方無いことだ。君以外に手が空いていないんだから」



「もういいわ!さっさとやるわよ!」




 刺々しい口調の上に、うるさい。

 ガンガンと脳を刺すその声は、本当にトゲを受けているかのような気分を味わわせてくれるな。

 ただ、声も充分に美しいと分かる。

 大人しくしていれば秀麗な美少女になりそうだ。




「……彼女は学園史上最速で五星になるほど優秀で、多くの功績を残してきたのだが…少々、気が荒くてな。だが…能力は高いため手加減は上手い。君たちを傷つけすぎる事は無いから安心して戦ってくれ」




 少々とは言い難い荒さだが、確かに実力はあるのだろう。

 魔子を覗いてみると、彼女の総魔子量は魔王の十分の一くらい。

 王都の町で魔族を観察した感じ、平均の魔子量は魔王の五十分の一程度なので、単純に考えて彼女は一般人より五倍多い魔子を持っていることになる。

 …てか、魔王を基準にすると差がありすぎて分かりにくいな。

 普通の魔族を見てみると、いかにあの魔王がヤバいかが理解出来る。今更だけど。




「それではまず、トモ・ディエジーク。クインと手合わせをしなさい。持てる力を出し切って彼女に対抗すること」



「はい」




 魔法技場とやらの中心で仁王立ちするクインのところへ歩いていく。

 学園長に刺さっていた棘の視線は、悠々と近付くおれの方へ向いた。




「あんたが『魔王推薦』?こんな覇気のないヤツが魔王様の目に止まるなんて、何か不正でもしたんじゃないの?」



「そんなことするわけないだろ。それよりさっさと始めたいんじゃなかったのか?」



「は?何なのあんた…!調子乗ってんじゃないわよ!」



「もう少し声小さくしてくれ。うるさい」



「ッ!!」




 気性の荒い輩を見ると反射で煽ってしまうせいで、ただでさえイラついてたクインが激情を目に宿しこちらに飛びかかってきた。

 学園長……手加減は上手いって言ってたのに、彼女本気で来てない?


 ていうか、そうだ。

 ここで爪痕を残すと後から面倒なことになるのだ。

 大人しく普通に始めていればよかったものを…おれも頭が回ってないな。



 にしても、飛びかかるクインの動きがひどく緩慢に見える。

 神王を筆頭とする神族との戦いを経験して、おれは感覚が鋭くなっていた。

 戦闘経験もクソもない転生したての時はヴォルテノンさんの動きも見えずボコボコにされてしまったが、経験と魔球トレーニングを積んだチート持ちのおれなら今のところ敵無しだろう。

 怖いのは仲間を狙われること。

 この有り余った魔子を有効活用して仲間を守るために、おれは魔法を学びに来たのだ。

 あと普通に魔法の仕組みを知りたいってのもある。


 そんな回想めいた考え事をしていると、クインが目前まで迫ってきていた。

 その手に剣を握りしめ、横薙ぎをしようと振りかぶっている。

 あくまで試験だからか、彼女が抜いた剣は木で出来ているようだ。


 …果たしてどうするべきか。

 このまま木剣を受けても全くダメージは食らわない。

 だが、彼女の攻撃をマトモに受けて動じないというのは流石に目立ってしまう。

 かといって、やられるフリをするのも難しい。

 シンプルに避けるか。

 …しかし今彼女から繰り出される剣撃が本気のものであれば、避けてしまうと少なからず彼女や学園長に印象を残すだろう。

 ままならぬものである。

 とりあえず、吹っ飛ばされるフリをしてみるか…。

 上手くできるか心配だが…頑張れおれ。




 ガンッという鈍い音が響くと同時。

 おれは地面を蹴る。

 吹っ飛ばされすぎるのも大袈裟かと思い、少し跳ぶ程度の衝撃を受けた風に振る舞う。

 ちょっと工夫して、砂埃が多く舞うように跳んだ。


 そのままよろけて体勢を崩すように動く。


 いやー、我ながら中々上手いフリだった。

「くっ…!」なんてセリフまでは出さないが、横薙ぎの剣撃を受けた右腕を押さえてクインに向き直る。


 完全に騙されただろうと思って彼女の顔を見ると…




「………?」




 ぽかん、と。

 効果音ほど呆けた面はしていないが、何やら疑問を浮かべたような表情をしていた。



 木剣を構えて、少しの間考え事をするように停止するクイン。



 すると顔つきが変わり、おれを怒りのまま睨むような表情が一変。おれの力を見極めるように、真剣に見据える顔になった。




 そして彼女が木剣を構え直した瞬間…その姿がブレる。




 予備動作の無い俊敏な動きと共に彼女が使った技は、突きだ。

 更にクインの左手を見てみると、五本指の先全てに小さな魔法陣が描かれていた。


 気づかなかった。

 いつの間に五つも魔法陣を描いていたのか。

 よく見ると魔法は既に発動していて、何らかのエネルギーが放出されているのだが、クインの突き出した剣先にその全てが集中している。


 見たところ剣を強化する魔法と言ったところか。


 魔剣士術の天才という話だったから、剣と魔法を兼ね合わせた技術に優れているのだろう。

 おれに気付かれず魔法を発動できたのもその証拠だ。




 その技に感心すると同時に、おれはあることを思い出した。

 防御に関する話だ。

 おれは、身体を強化している魔子を操作することで、本来出来ないハズの手加減…つまり弱体化を意図的に行うことができる。

 それは防御面でも同じだ、ということに考えが至るのはそう遅くなかった。

 敵の攻撃を受ける時にも、魔子を操作して自ら身体の強度を落とす。それをすることで、「やられたフリ」をリアルにすることが出来るのだ。

 実際に傷を受けるから、フリでは無いけども。


 そう考えついたのに…失念していた。

 それを使えば、普通に目立たない負けを演出できるではないか。



 もたついてる暇は無い。



 即座に身体中の魔子を動かして、身体の防御力を下げる。

 クインが繰り出した技は刺突だし、もし見誤って弱体化しすぎたとしても貫かれるだけで済むから再生も可能だ。

 そんなわけで、おれは大人しく彼女の魔法が篭った突きを食らうのだった。





 木剣が刺さったのは、腹。

 貫通まではしなかったが、割と深く刺さっているようだ。

 魔法が使われているからか、独特の痛みがあるな。




 ふと彼女の顔を見てみると、表情から驚きが漏れ出ていた。

 そりゃそうか。

 先程は防御力を通常のものにしていたために彼女の木剣では傷一つ付かなかったが、今は弱体化ゆえに脆くなっている。

 魔法を行使したとは言え、急に相手の硬さが変わったら驚嘆は免れない。

 木材を切ろうとノコギリを用意したら、豆腐みたいな柔らかさだったようなものだ。




 木剣がおれの土手っ腹にぶっ刺さり、遅れて血が溢れる。

 それを見た学園長が驚愕と焦燥を見せた様子で駆け寄ってきた。



「く、クイン君!何をしている!手加減をするよう何度も言ったではないか!」



「……………なんで………?」



「それはこちらが訊きたい!」




 クインを責め立てる学園長に見向きもせず、彼女は剣を見つめて考え込んでいる。

 彼女自身、ここまで急に状況が変わるとは思いもしなかったのだろう。

 恐らく最初におれを斬った際、その防御力に気付いた。

 そこから真剣な態度に豹変したのは、本気で攻撃しなければ通らないと思ったからだろうな。

 やはり、彼女は相当の実力を持っている。

 そして、やる時はやるヤツだ。

 普段から刺々しい態度のようだが、いざというときはまじめにやってくれるのだろう。


 …………ん?

 なんだかしこうがうまくまとまらない。

 これは………?

 しかいがぼやける。




「トモ君!しっかりしろ!…くそ、何でこんなに魔法を重ねがけしたのだクイン君!一つでさえ出血を…………」









 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー








 血溜まりの中に沈むトモを、学園長メイジィが運ぼうとする。


 その傍らで思考に耽るのは、学園の天才クイン・ヘルナー。

 彼女は先程の手合わせの最中に、人生で初めての感覚を得た。

 剣を持った時からその使い方を理解し、大きな努力も無く頂点に立ってきた彼女は、勝利に執着していた。

 その執着心が…通すつもりで放った刃、それが通らなかったという感覚をいつまでも彼女の心に留めたのだ。




「クイン君!治癒魔法を使いながら彼を運ぶ、手伝え!このままでは彼が死んでしまう!」




 試験監督として学園長が同伴してきたが、それ以外の人員は別の場所で職務をこなしていた。

 この場にいるのは学園長とクイン、そして大量出血をするトモとそれを見て息を荒らげているラミィである。




「クイン君!!」



「!」




 学園長の一声で我に戻ったクイン。

 そこでトモの有様を見るや否や、滅多に見せることのない焦燥を顕にして、学園長の指示を聞く。


 全員が全員平常では無くなった忙しない状況のまま、トモは医務室へ運ばれていくのだった。











<修正>

クイン先輩の髪型を最初はショートカットと表記しておりましたが、正しくはボブです。

ボブカットです。

大事なことなので二回言いました。

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