対策
「はぁ!?魔族を殺した!?」
屋敷に居た魔王に報告するや否や、彼女は声を張り上げる。
「いや、聞いてくれセレネリア。殺すつもりは無かったんだ。最大限手加減したのに、粉々になっちまったんだよ」
「……だとしても、王都に来てもうそんなことするなんて……女の子を守るためとは言えやりすぎよ」
「だからそんな意思は一切無かったんだって。制御出来なくなったのかもしれん」
「………魔子を制御出来なくなる事例は割とあるわ。けれど、貴方がそうなるハズも無いし…分からないわね。
いずれにせよ、不本意であれ殺したことには変わり無い。これからはなるべく攻撃行為を控えて」
「そうする」
「でも、女の子を脅してお金を巻き上げようとしてたのなら、それを止める貴方の行動は正解よ。今回は、不慮の事故が起こってしまった。それはもう言っても仕方ないこと」
おや。
会ったばかりの魔王は、「殺すのは相手の全てを奪う行為だから何であれ罪深い」とか何とか言ってたが…気が変わったのだろうか。
過去のことを言っても仕方ないって事をようやく分かってくれたらしい。
…いや、今回死んだのはただの知らんチンピラだし、さすがのこいつと言えど同情は出来ないか。
ちなみに彼の遺体は開いた後にラミィが全部食べてしまった。やってること普通に殺人と死体遺棄だ。すまん、チンピラ。
ま、どっちにしろ魔王激おこの展開にならずに済んで良かった。
それはそうと、今回おれが加減をミスったことについて考える。
おれは今まで何度か戦った経験から、力加減が出来るようになっていた。事実、村を襲った神族はおれの思惑通りに原型を留めていたし、コントロールは抜群のものになったと思っていたのだが…。
そううまく行かないらしい。
これから色々なモノを解体していくに当たって、力加減を間違えるのは致命的だ。
「これから魔法学園に入るって時に、魔子を御し切れないというのは致命的ね」
「お?」
「貴方が手加減する原理っていうのは、多分身体強化に回す魔子を減らすことなの。つまり、魔子を意図的に操作して身体能力の増強具合を低減しているのだと思うわ。………普通は、そんなこと出来ないのだけれど」
「ん?手加減の原理、って…誰でも攻撃を加減するくらい出来るだろ」
「身体強化に魔子を費やしている場合、攻撃に手心を加えたとしてもあまり効果が無いのよ。例えば…相手を殴る時、殴りの速さを変えようと威力は大して変わらないの」
言い換えると、身体強化に魔子を使うとパンチのスピードが上がろうが下がろうが強さは変わらない、と。
ふと、今はもはや懐かしき神族ヴォルテノンさんのことを思い出した。
魔王によれば、彼はおれと同じく自分の魔子を身体強化に振り切っている超武闘派。
ヴォルさんのパンチは認識できないほどの速さで、おれは幾度となく食らってしまったが…思えば、全体的に威力が同じだった気がする。
実際、彼の拳を受けたところにアザが出来たが、それらは全て同じくらいの損傷だった。
「なるほど…つまり、魔子によって攻撃の威力は固定化されるわけだ」
「概ね正しいわ。身体強化に魔子を使うと、魔子が何らかの理由で枯渇しない限り半永続的に強化を維持し続ける。物理攻撃の威力が魔子依存になるのよ」
「魔子依存ってのは?」
「身体強化は、自分が保有している魔子をそのまま身体に巡らせて行うの。つまり、魔法では無い。自分の魔子量によって強化具合が左右されるのよ」
「魔球を吸収して強くなった場合は自分の総魔子量が増えるから、それと共に身体能力も上がるわけか」
「ええ。魔剣士という役目の人たちは、魔子の何割かを身体強化に費やしているわ。魔球を吸収してすぐに強くなったことが実感出来るから、利点と言えば利点なのだけれど…一度身体強化に回した魔子は、魔法に使えなくなる。魔子の五割を身体強化に使ったとしたら、それ以降魔法に費やせる魔子は残りの五割だけになるの」
なるほど…ヴォルさんは魔法が使えないという話だったから、保有魔子の全てを身体強化に回しているのだろう。
そしてそれはおれにも当てはまる。
…だがしかし、おれは手加減をすることが出来ていた。
レーザービームのゼオグリフを粉々にしてしまった時と、村を襲った神族に蹴りを入れた時とでは、明らかに威力が違う。
それはおれが、自身の魔子を操作することが出来るからだろう。
恐らく、普通はそんなこと出来ない。
「それで、学園に入るに当たって致命的ってのはどういう意味だ」
「貴方が魔子操作出来なくなったとなると、そもそも魔法が使えない可能性があるの」
「あぁ…普通は身体強化に全部の魔子を使ったら、固定されて魔法が使えなくなるからな」
「えぇ。魔子操作出来ないのなら………というか、魔子を操作するってこと自体訳が分からないのだけれど……それなら、魔子を無意識に身体強化に費やしている貴方は魔法が使えないことになるわ」
ゲーム的に表現すれば、今のおれはステータスを物理攻撃に全振りして、MPには一切振り分けしていない状態。魔子操作は、ステータスの割り振りを後から自由に変えられる力といった感じか。
厳密には表現として間違っているが、つまりは魔子を操れないと魔法が使えないのだ。
……でも。
「さっき試してみたが、魔子操作はまだ出来るぜ。ほら」
そう言って、身体の中にある魔子を外に出して、魔法陣を描いてみた。
…ちょっと上手くいかず、ぐちゃぐちゃの魔法陣になってしまったけど。
まだまだ練習中なのだ。
「………は、え…?貴方もしかして、魔子で魔法陣描いてる……?」
「ああ。つってもまだ修行中だ。全然お前みたいに綺麗に描けない」
「…………………わ、訳が分からないわ………」
「さすがの魔王でも魔子操作は出来ない感じか?」
「…そうだと言っているでしょう。魔子操作は、この世界の常識に無いことなの。………そもそも、魔子操作をするには魔子の粒一つ一つを認識しなければいけない。その段階にすら、私は至ってないわよ………」
「ん?じゃあ何でおれが今魔法陣を描いてるって分かるんだ?」
「…魔子が集合すると、ある程度その形を認識出来るようになるわ。今私が見えるのは、貴方の身体から魔子が溢れ出す様子と、貴方の前にある円状の魔子の塊だけ。大きさが魔法陣のそれだったから、辛うじて魔法陣だと分かっただけよ」
ふーむ。
この世界では、魔子をしっかり認識することすら難しいらしい。
歴代最強の魔王ですら出来ないことを知らんうちにやってしまっていた…って、今更だけどなかなかヤバいことしてんな。
なんてチート野郎だ。
…………にしても。
魔法は、体内の魔子を魔法陣に注入することで使える。
今試してもちゃんと魔子を意図的に体外に出せたので、魔法が使えない心配は無いんじゃないか。
「…………訳が分からなくて思考が止まってたけれど、そんなことが出来るなら魔法は使えるわ。魔子を操作出来るのなら、それを魔法陣に流し込めばいいだけ」
「おー、良かった良かった。これで問題は無いな」
「……………今貴方の魔子を見て、分かったことがあるわ。というか、貴方が自分の力を見誤った原因が分かった」
「なんだ?」
「貴方の魔子、濃くなってる」
「……と、言いますと」
「何故か分からない、けれど貴方の魔子が前より凝縮されたものになっているの」
「凝縮…………あ」
前から引っかかっていたことがあったのだ。
それは、「ラーク」について。
おれが編み出した、皮膚表面に魔子で薄い壁を作る技だ。
それをすることによって魔子の放出が無くなると同時に、他人からおれの魔子を感知されにくくなる。
そこで引っかかるのが、放出されるハズだった魔子たちはどこへ行くのかということだ。
そもそも、おれが何故普段から魔子をドバドバ流しているのか。
おれの予想では、身体が容量オーバーを起こしているのだ。もう人体が蓄えられる魔子量を越してしまって、これ以上強化出来ない状態になった。そのため、今も続けている魔球トレーニングによって得た魔子が、入り切らずに溢れている。
………では、それを「ラーク」で無理やり押し留めたらどうなるか。
そのうち爆発してしまうんじゃないかと思っていたが、魔王の言葉でピンと来た。
「ラーク」の使用によって魔子が体内に留められ、それらはおれの容量に何とか収まろうとして凝縮したのだ。
おれの保有する魔子の、密度が上がったというわけである。
「……単純に考えれば、の話なんだが……おれは以前よりも更に強くなったってことか」
「………ええ、そうよ…………空気中の魔子が集まれば『魔球』が出来上がるように、魔子の凝縮は更なる力を生み出す。出会った時の状態ですら神族を粉微塵に出来るほど強かったのに、貴方はそれよりもっと強くなってしまったのよ」
思えば、ラークを会得してからまだ誰とも戦っていなかった。
ラークのお陰で強くなったことに、チンピラを殺すことで初めて気づいたのだ。
「てことは、おれが身体強化に使う魔子を減らしても、魔子の質が向上してたから手加減として意味を成さなかったってわけか」
「そうね……もう貴方がどこまで強くなるのか、予想もつかないわ」
おれの魔子量を100として、今回チンピラを殴る際に使う魔子量を1まで減らした。
しかし密度が高まってしまったために、100の魔子の中に200入っている状態になった。
つまり、1まで減らしたと思ってもそれが持っている性質は2だったということだ。
数値は適当で、実際におれがどのくらい強くなったか厳密には分からん。
だが、これが今回のやらかしの原因だったのだ。
「……で。新たな問題よ。魔法陣に流し込む魔子が凝縮されたものだと、恐らくとんでもないことになるわ」
「ほう」
「この現代、魔法陣は度重なる改良によって、魔子効率がとても良いものになっているの。少しの魔子で大きな成果を得られるように研究が成されてきたから。だから、ただでさえ効率の良い魔法陣に、凝縮された魔子を流し込むとなると、魔法の威力が凄いことになってしまう」
「問題になるほど?」
「ええ。軽く見積もっても、普通の人より数十倍は強い魔法が生まれる」
「わお」
なるほど。
魔法陣の構造とか性能はまだ全く知らないが、流し込んだ魔子が魔法陣を通して何倍にも増えるように作られているのだろう。
その元となる魔子が凝縮されていると、増え方も倍増するというわけだ。
「………ただ、解決策はあるわ」
「なぬ」
「魔王が代々継ぐものは、《魔淵》の力の他に幾つかある。その中に、呪いの装備というものがあるわ」
RPGあるある、呪われた装備がまさかのここで登場。
この世界…勇者や魔王の存在と言い、王道ファンタジーRPGの世界な感じがすごいな。
ただ、魔王が優しすぎるのと、勇者や神が邪悪すぎるのがおかしな点だ。
「その呪いの装備は、かつての魔王の怨念…もとい魔子が込められたもので、様々な効果を持っているわ。効果というより、そのほとんどが害だけれど」
「それでそれで?」
「呪いの装備の一つ。第九代魔王の怨念、『渇きの指輪』。着用した者の魔子を一瞬にして奪う、死の指輪よ」
「よーくわかった。それでおれが耐えることに賭けるっつーわけだな」
「ええ…。死の指輪と言ったけれど、それは魔族にとっての扱い。魔子を全て吸い取られたとしても、人族である貴方は死ぬことは無いと思うわ。……でも、相当の苦痛を感じるでしょうから…それには、耐えて貰うしか無い」
「痛みは生来感じにくい性質なんでな。大丈夫だ」
「…………まぁ、貴方なら結局平気でこなしそうね。じゃあ、今付けてしまいましょう」
そういうと、魔王は魔法陣を描く。
彼女が度々使う、収納用と思われる魔法だ。
だが今回は様子が違う。
魔法陣を描き終えると同時に、それが漆黒の瘴気に呑まれる。
その中から無数の触手らしきモノがうじゃうじゃと出てきた。全て、魔王城を彷彿とさせる極まった黒に染まっている。
この場の魔子が揺れる。
気付くと、一際大きな触手が一本、魔法陣の中心から伸びていた。
その触手の先には指輪が嵌められており、魔王はそれを優しく取った。
それをこちらに渡そうとする魔王だが、指輪を見て一瞬硬直。
少しの間目を閉じた後、ややぎこちない動きにておれに指輪を差し出した。
「…………はい」
いつも喋る時は必ず人と目を合わせている魔王だが、この時だけは何故か目を逸らしていた。
感情の読めない真顔で目を背けられると、何だか心が痛い………なんて思いつつ、指輪を受け取る。
「大丈夫だって言ってるだろ。これでおれがとんでもない苦痛を受けたとしても、お前を責めることなんて無い。気まずく思う必要はねーぞ」
「………え?……あ、あぁ、そうね」
的外れの指摘をされたような顔で魔王が返す。
おれに呪いの指輪を嵌めさせることに罪悪感があるのかと思ったが、そうでもないのか?
まぁそれはそれとして、この指輪すごい。
真っ黒な魔子が立ち上っている。
状態で言えば、常に魔子を放出しているおれと同じ感じだ。
量は少ないと言えど、ここまで黒い魔子が溢れ出しているのは見たことない。
魔王の怨念だというので、恐らく《魔淵》の影響を受けているのだろう。
実質《魔淵》vsおれである。
果たしてどうなるか。
「ほい、着用」
指輪を右手の人差し指に嵌めた。
その途端、身体の魔子が指に集中して流れ込んだ。
そのまま流れに逆らわず、指輪に吸い取られていく。
「大丈夫…?」
「ああ。にしても、すごい速度で吸われるな。さすが呪いの力」
怨念のパワーは大体ヤバい。
しかも、それが魔王のものだと言うなら桁違いの強さだろう。
際限なく吸われていくおれの魔子。
十数秒経過したところで、おれの魔子量が認識出来るようになった。
今までは量が多すぎて見えなかったが、指輪に吸われてごっそり減ったことで可視化したようだ。
その量は…大体魔王の五倍。
改めて、何でおれはこんなに魔子が多いのかと疑問に思う。
異世界転生の十八番であるチート能力だが、あの女神に提示された石版の中から一つ選ぶ方式だった。
おれは選ぶ前に女神を殺したため、恐らくチート能力は得られていないのだが…。
やはり、ゼオグリフが言っていた「淵の略奪者」…つまり、おれが《神淵》の力を知らんうちに奪い取ってしまった可能性が濃厚か。
そう考えていると、段々と魔子を吸われるスピードが下がっていった。
「あれ?もう終わりっぽいぞ」
「………え」
間もなくして、吸い込みが止まる。
「…………まだ魔子、余ってるじゃない」
「……ああ。大量に」
指輪の吸収が停止した時点で、おれの保有魔子量は魔王のおよそ二倍。
歴代最強の魔王の総魔子量、それの倍ほどを残して呪いの指輪は沈黙した。
「…………それで、体の具合は?」
「平気だ。苦痛も何も無い。あ、少し喪失感というか…たくさん持ってかれた感覚はあるけどな」
「………………」
「………………」
「心配した私が馬鹿みたいじゃない!」
「いやいやおれに言われても」
「薄々そんな可能性も考えてたけれど…まさか魔王の怨念を受け切る生物が居るなんて」
「生物てオイ」
「冗談じゃないわ。呪いの装備を食べた巨大な化け物が、一瞬にして死んだことだってあるんだから。貴方…異界人とは言え、人間離れしすぎよ。生物離れと言ったほうが正しいかしら」
「そうなのか…」
魔王の怨念怖すぎる。
そしてそれを耐え切ったおれ…何なんだ。
ま、その疑問はやはり考えるだけじゃ解決しない。
今はとりあえず確認だ。
「セレネリア。おれの拳を受けてみてくれ」
「そうね…身体の魔子が強制的に奪われたなら、身体強化も軽減される。流石に私も粉々になることは無い…と、思いたいわ」
「最小限まで抑える。もし粉々になっても、何としても生き返らせてやるから安心しとけ」
「……………………えぇ、そうしてくれると助かるわ」
急に無表情になった魔王。怖い。
冗談混じりで言った「何としても生き返らせる」が臭かったか。
でも実際魔王が死んだらおれはそうするだろうし、これを臭いセリフと思われたらもうキリがない。
わからんな、コミュニケーション。
「いくぞ」
「ええ」
セレネリアの肩を狙う。
可能な限り身体強化を抑えて放ったパンチは、そのまま風を切って彼女の肩に当たった。
魔王はビクともしない。
「…………効かないわね」
「てことは」
「貴方が手加減する限り、誤って人を殺してしまうなんてことは無くなると思うわ」
「完治!!」
「はぁ…良かった」
いやいや、本当に良かった。
さっきまでのおれは、攻撃全てが必殺技みたいな状態だったからな。
魔法学園じゃ魔法を使った実戦練習なんかもあるだろうし、そんなヤバい状態じゃまともに学校に通うことなんて出来なかっただろう。
魔王に感謝である。
…それと、ここで懸念すべきことが一つ。
指輪に魔子を吸われて弱体化した今のおれで、魔王やラミィを守れるかということについてだが…
「セレネリア。どうやらこの指輪、魔王の置き土産らしいぞ」
「え?」
「指輪に魔子を吸われてる最中に、これと繋がるような感覚があった。それでこの指輪の性質が何となく理解出来たんだが、これは収納用具だ」
「えっと……『渇きの指輪』、が?」
「ああ。第九代魔王だったか?そいつが遺したのはめちゃくちゃに容量がデカい指輪だ。魔子専用のな」
「魔子を吸収するのは、収納するため?」
「多分そうだ。九代目さんは失敗したんだろう。大容量の魔子タンクを作ろうとしたら、勝手に魔子を吸っちまう性質がついてきた」
「ということは…もしかして、魔子を取り出せるの?」
「その通りだ。おれの意思に応じて、魔子を返してくれるらしい。十秒くらいあれば全部戻ってくる」
「………凄い発見よ、それ。呪いの装備が高性能の道具だったなんて」
「まぁ、誰にも使えんと思うけど」
「そうね……」
そんなわけで、おれの魔子は奪われたのではなく一旦収納されたのだ。
これからは、ヤバい敵が来たらこの指輪から魔子を返してもらって戦うことが出来る。
何とも都合のいい展開で怪しく感じてしまうが…有難く受け取っておくとしよう。
「指輪のお陰で丸く収まった。ありがとう、セレネリア」
「いえ。貴方が魔法を学ぶにおいて出来る限りのことをする、と言ったのは私よ。感謝の必要は無いわ。私がそうしたいと思ったからそうしたの」
「随分それお気に入りだなおい。感謝くらい素直に受け取っておけ」
「最初に恩を感じる必要は無いとか言ってたのは貴方じゃない。お互い様よ」
「………ま、そうだな」
こうしておれは、力を制限して学園に通うことになったのであった。




