到着
王都ディエス。
魔界のほぼ全土に渡り点々と存在する多数の集落。
それらの中心部に位置する、魔界最大の都市…それこそが王都ディエスである。
数百年前、とある魔術士によって大きな技術的進歩を遂げた王都は、大陸の中でも有数の発展都市となった。
今代の魔王によってその技術は魔界全土へ広められつつあるが、王都ディエスが最大の都市であることはこれから先幾年が経過しようと変わりないことだろう。
巨大な城壁で囲まれたこの都市は、その広さ何と約五十平方キロメートル。
四方で表すと、一辺約七千メートルとなる。
都市面積としては広いという程では無いものの、その土地全てを高さ約三十メートルの壁が覆っているのだ。
その圧倒感は見る者を震えさせる。
その巨大な城壁を、興奮した様子で眺める人物がいた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「トモ、目輝いてる」
こちらを見て何事か呟いているイヌ耳少女を差し置いて、窓から見える景色に目を釘付けにされる。
その景色とは、広大な平原に広がる城壁のことだ。
何十メートルあるのだろうか…遠くからでもその大きさが目立って見える。
加えて、その広さと言ったら凄まじいものだ。
城壁に囲まれた都市というのは前の世界でもあったが、確か最長の城壁で数キロメートルだったハズ。
ここまで広く作られた城壁はおれの知る範疇にない。
桁違いの規模だ。
これを見て目を丸くしないヤツは居ないだろう。
「貴方が居た世界には、これ程大きな都市が無かったのかしら?」
「都市の規模で言えば全然あったが、何より城壁がデカいし広すぎる。そもそも城郭都市を見るのが初めてだからな。実際見るとだいぶ凄い」
「ずっと話してなかったけれど、そっちの世界についても教えて貰いたいわね。見に行くことは出来ない以上、想像だけになってしまうのが残念だけれど」
「それは後でな。今は何より王都にしか目が行かん」
現在、おれたちは移動用自律人形に乗っている。
人形とは名ばかりで、馬車の馬無しバージョンみたいな形をしている。
ただ自律という点に関してはよく出来ているようで、目的地を設定すれば自動的にそこに向かってくれるのである。
というかこれ、ほぼ自動運転の車だな。
やはりというか何というか、この異世界は元いた世界で言うところの昔の…言わば中世ヨーロッパのような文明を築いているが、魔法技術の組み込みによって前の世界以上の発展を遂げているのだ。
魔子を魔法陣に流し込んで作用する魔法だが、それだけで何故これほどまでに多くのことを可能にするのか甚だ疑問である。
ただ、そんな疑問もすぐに霧散した。
この王都ディエスとやらの前では、何事も矮小に感じられる。
それほどの威圧感、存在感をこの都市は持っているのだ。
「そろそろね…。長旅ご苦労さま。王都の門に着いたら私が出るから、貴方たちは中で待っていて」
「出ちゃ駄目なのか」
「客人を連れている、とだけ説明するわ。魔族には未だに人族への偏見だとか差別意識だとかを持っている人が一定数いる。全部説明してたら面倒だもの」
「学園でおれの立場大丈夫かよ」
「差別をするような教育はしていないわ。けれど、少し自分の力を過信している生徒もいるから…そういう子たちに絡まれるかも」
「この性質のお陰で昔は色々言われたりしたし、そういうのは慣れっこだよ」
「貴方…隠して生きてたんじゃなかったかしら…?」
「生きた人間は我慢した、ってだけだ。虫とか動物を開いてたのを見られて悪い扱いを受けたことは多々ある」
「…何とも言えないわね。まぁどっちみち、貴方が学習面における不自由を受けることは無いように尽くす。もちろんラミィもね」
「魔法が学べるならなんでもいいや」
会話をしているうちに、城壁が景色を埋め尽くす程度の場所まで近づいてきた。
前方に見えるのはこれまた大きな門だ。
魔王城にあった扉もデカかったが、さすがに城郭都市の門ともなるとそれ以上の重厚さ。
門番らしき人物が二人、門の両端に立っている。
門の傍まで進むと移動用自律人形は停止し、魔王が一人で降りた。
「魔王様、今日もご機嫌麗しゅうございます。此度の来訪は何ゆえのことでございましょうか」
「各地の防衛強化に取り掛かるわ。魔界全土の集落に強化を施すまで、ディエスを拠点とする」
「了解致しました。移動用自律人形の中に、他にどなたかいらっしゃいますか?」
「客人が二人。安全は私が保証するから、確認は不要よ」
「仰せのままに。お時間頂き有難うございます。どうぞお入り下さい」
マニュアル通りな感じの質問を受けた後、都市進入の許可を得た。
…というか、王ってこんな扱いでいいのだろうか?
普通は何十人もの護衛とかに囲まれつつ、仰々しく入っていきそうなモンだが…。
すると、おれの疑問を察して魔王が説明をする。
てかこいつ、察しすぎじゃないか。
心を読む能力でも持ってるんかこの魔王は。
「私が王としての大袈裟な扱いを控えるように言っているの。王様が帰ってくるっていうだけで一々人員を割いていたら無駄だから」
「魔王としての威厳がどーたら言ってたヤツの行動とは思えんけど」
「威厳と扱いは別よ!私は魔王らしく在りたい、けれど王様としての過度な待遇は不要。それだけのこと」
「難儀なモンだなおい」
どこまで行っても魔王らしくないというか、本当に変なヤツだこいつは。
ま、それはそうと無事王都に入ることが出来た。
城壁内の光景もこれまた圧倒的で、まず目の前に広がるのは横幅十メートルはあろうかという広い街道。
また街全体で言うと、中心に向かうほど少しずつ地面が高くなり、それによって都市の中心部にドンとある巨大な城が最も目立つ形になっている。
入口からでもよく見える、魔王城とはまた異なる美しさを持つ城。
魔王城とは違って白を基調としたデザインであり、散見される黒の装飾と相まって非常に麗美な城となっている。
そんな王城の周囲を取り囲む町。
レンガのような建材を中心として作られている場所、それと黒い建材で出来た全般的に大きい建物群。
色々ある。
この世界における都会の建造物にも興味があるので、学校に通い始めるまではこの都市を存分に探索したいところだ。
「貴方とラミィには、王城の近くにある来客用の屋敷に住んでもらうわ。一応家政用自律人形を配備してあるけれど、何か不便があったら言ってちょうだい」
「また出てきたな自律人形。今回のはメイドみたいなモンか」
「その『めいど』と言うのは知らないけれど、身の回りの世話と屋敷の維持をしてくれるのが家政用自律人形ね。必要無いかしら?」
「いいや。メイドの居る生活も面白そうだ。是非とも拝みたい」
「…あ、そういえば貴方生き物以外もバラバラにしちゃうんだったかしら。家政用自律人形はあまり壊さないで貰いたいのだけれど」
「さすがに悪いからそんな事はしないよ」
「まあ…好きにして貰っても構わないわ。経費と思えば」
「おれを何だと思ってんだ」
「……化け物?」
「そう来たか」
適当な会話をしつつも、街道を移動用自律人形で進む。
街はどこを見ても賑わっていて、大規模な商店街のような場所もあった。
流石に王都というだけあって栄えている。
そんなこんなで人生初めての王都の景色に興奮を隠し切れないでいると、おれたちが使うと思しき屋敷に到着した。
「……………デカい…」
「すごい」
おれとラミィとで、ぽかんと口を開けてその屋敷を凝視する。
この屋敷、軽く学校を越すくらいののサイズがあるのでは…?
「ラミィは王様だし、これくらいの建物には慣れてそうだけど」
「獣界には、あんまり大きな建物ない。お城はあるけど、ここまで大きな家は多分獣界に無い」
「ほー」
まぁ、普通はそうだ。
屋敷というか…これはもう家の範疇を優に越えている。
こんなのにおれとラミィの二人で住むってのか…。
「少し広すぎるけれど、我慢してちょうだい。使う部屋とかは自由に決めていいわ。利便性の面でも、玄関に近い部屋のほうが良いと思う」
「ああ、さすがにこんなデカい屋敷を余さず使うのは無理だ。自分の部屋と、お風呂とトイレくらいしか使わんだろう」
「お風呂も中々に大きいわよ。魔王城ほどとはいかないけれど、満足してもらえると思うわ」
今更だが、この世界では「トイレ」が通じるらしい。
こちらで度々言葉にしてきたカタカナワード達だが、その殆どが流通していないものだ。
しかし、「トイレ」や「バナナ」「パン」など、何故か元の世界と同様の意味で使われているものも存在する。
異世界人はおれ以外にも居たようだし、そいつらがそのワードを広めたという可能性もあるな…。
ま、考えても仕方無いな。
学校の図書館で幾らでも調べ物はできる。
小規模ではあるものの立派な庭園を通り、屋敷の玄関に辿り着いた。
扉を開けば、そこは広いエントランス。
もうホテルのようである。
「ここを右に曲がると部屋が並んでて、左に曲がると調理場とかお風呂、トイレがあるわ。正面にある階段を登った先は殆ど部屋ね。掃除は行き届いているはずだから、どこでも使っていいわよ」
「サンキュー魔王。さて、部屋は右曲がってすぐのところにしよう」
「丁度良いわ。その部屋には貴方とラミィの制服が用意してある。大きさとか確かめてみて」
「お、もう制服があるのか。ありがたいモンだ。行くぞラミィ」
「うん」
魔王はそのまま別の用事を済ませに行くらしく、別れを告げておれたちは部屋へ。
予想した通り…というか自明の理だが、一部屋が余りにも広い。
高級そうなソファやテーブル、三人は余裕で寝られそうなベッドが揃えられている。
それらの家具を配置して尚スペースが有り余っているのだ。
「この広さなら、おれたち同じ部屋で良いよな。これを一人で使うってなると流石に落ち着かない」
「元々ラミィはトモと一緒の部屋にするつもり」
「あぁそうか。ま、変わらんな」
派手さを各所に散りばめつつも、視界を邪魔しない程度にすっきりとしたデザインの家具たちだ。
思えば、今までおれが見てきた魔界の装飾は例外なくどこかスマートだったというか、派手すぎるものが無かった。
機能性を考えた形をしているというか…魔族は効率を重視する種族、的な感じなのか。
そんなことを考えながら、クローゼットを開ける。
すると、そこには男物の制服二着に女物の制服が二着。
おれとラミィの制服である。
制服のデザインはというと、淡く紫紺を帯びた黒地に赤銅色の線が入っていて、これまたカッコいいものとなっている。
元の世界の制服よりもやはりコスプレ感があるというか、学ランの裾部分に魔族らしい装飾が施されていて、The・ファンタジー世界の制服って感じだ。
「おれの制服もボロカスになってるし、もうこっちに着替えようかね」
気にしないでいたが、神王の大量レーザーを背中に浴びたことで、おれの白ワイシャツの背面はほぼ穴と化している。
村で復興作業をしていた時に魔王が服を用意すると言ってくれたが、どうせなら私服は自分で選んで買いたいと思っていたので遠慮した。
おれは意外とショッピングが好きなのだ。
そんなわけで、背中ほぼ丸見えのまま過ごしていたが…このまま王都を探索するわけにもいかないし、学園の制服をデフォルトの装備としよう。
「ラミィは、いい。この服落ち着く」
魔王がくれたもふもふフード付きの服を、彼女は気に入っているようだ。
まぁすぐに毎日制服を着る生活になるんだけども。
大きなベッドに飛び込むラミィを眺めつつ、制服に着替える。
サイズは…ピッタリ。
動くに当たって不自由しない程度の余裕を持たせつつ、制服のフォーマルさを維持している。
良い着心地である。
………さて。
「町へ繰り出すぞ、ラミィ」
「わかった」
始業式まであと二日、それまで自由にしてて良いと魔王からお達しを受けている。
その自由時間を有効活用するためには…そう。
この王都を良く知るべきなのだ。
そうしておれたちは、広い王都を探検しに出たのだった。
第二章、スタートです。




