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ヤバい奴らとヤバい生活 in 異世界  作者: バウム
第一章 神々の襲撃編
18/40

惨劇

 





 森を抜けてすぐの平原にある村。

 そこが纏っていた長閑で安らかな雰囲気は、既に灼き尽くされてしまった。


 黒く輝く炎が、景色の殆どを埋め尽くしている。


 人々の悲鳴で構成された旋律が響き渡る。



 邪悪に踊る炎を消そうと水を放つ男性が、その水ごと蒸発した。


 子を庇うように抱き締める女性が、子ごと灰になった。


 人々が平穏に暮らしていたであろう家屋は、尽く黒で塗りつぶされている。





 それは、地獄だった。


 この世の悲劇を凝縮したような光景が満面に広がっていた。





 村の傍らで、その地獄を薄らと写した瞳が静かに揺れている。


 金にも銀にも輝く長髪を靡かせ、ただその地獄絵図の前で立ち尽くしている女性。


 全身を漆黒たる衣装で包んだ彼女は、黒い炎の蔓延るその景色と調和している。


 魔族であれば知らない者は居ない、魔の王である。



 地獄を見る瞳の奥には、どういった思案が渦巻いているのか。


 それは、彼女しか知り得ない。









 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー











 セレネリアの向かった方向へ走り始めて結構な時間が経った。


 割と飛ばしているつもりだが、ラミィはしっかり付いてこれている。

 獣王の身体能力も侮るべからずということか。


 にしても、これだけ長く走っているのにまだ森が終わらない。

 正確には測れないが、少なくとも車より速いスピードで走り続けているというのに全く森を抜けられないのだ。

 おれが森を舐めていただけの可能性もあるが、ラミィの反応を見るにやはりこの森は異常な広さのようである。




「ラミィは今までこの辺に来たことあるのか?魔王城周辺に」



「何回か。レナとはけっこう会って話してたし、この森も探索したことある。広いだけで、何もないけど」



「やっぱこの森何も無さすぎるよな。他種族からすれば邪性魔子が濃くてヤバい所なんだろうけど…。


 …ん?そういやラミィ、お前なんで邪性魔子が濃い魔王城にいて平気だったんだ?魔族以外が邪性魔子に触れると爆散するんじゃなかったか」



「専用の魔法機構を使ってる。ていうか、他の国に行くときは、それが常識」



「属性魔子を防御する為の魔法があるってことか。それぞれの領地を攻め込めないわけじゃないんだな」



「でも、《淵》に近づきすぎると、魔法機構も効果が無くなるから、結局他族を完全に滅ぼすのはできない」



「なるほど……《淵》か…益々気になるな」




 セレネリアが魔子吸収出来なくなった原因も《淵》にあるという推定だし、《淵》が一体何なのか気になって仕方ない。

 神々の淵では異界人の受け入れだとか神の誕生だとかが行われていて、神族なら誰でも入ることができる。

 それに対して《魔淵》は魔王ですらまともに動けない程の邪悪な場所。

 種族によってその性質が異なる《淵》は、果たしてこの世界に何故どうやって生まれたのか。


 一番興味深いのが、魔族ですら力を削がれる《魔淵》だ。

 邪性魔子が多めに含まれるだけの魔王城ですらあんなに黒かったのだ。

 その邪性の生みの親は、一体どんな色をしているのだろうか。

 ちょうど今遠くに見える黒い炎くらい…………



 ん?



 黒い炎?





「なんだアレ」



「?」




 走りつつも、首を傾げてこちらを見るラミィ。

 視力が足りないようで、今おれが目にしている黒炎に気付いていないようだ。


 森の終わりが見えたと思いきや、その先の平らな原っぱに複数の家が建っている。

 柵などは無く開放的な村……のように見える。

 曖昧な表現を使ったのは、それが原型を留めていないからだ。

 家が軒並み黒い炎で焼き尽くされていて、もはや輪郭を残しただけの真っ黒い物体と化している。


 あの炎には見覚えがあった。

「獄炎」。

 セレネリアの使っていた魔法である。

 魔王の素質を持つ者が努力を重ねてやっと習得できるもの、だったか。

 自慢げにしていた魔王の姿が思い浮かぶ。

 何故その魔王の力が平原の村に牙を剥いているのか。

 …まぁ、魔王って呼び方だと村の一つや二つ簡単に滅ぼしてしまいそうなイメージが湧くものだが。

 あの魔王である。

 戦争を止めようと必死なあの魔王だ。

 まさか村を襲うわけもない。




「ラミィ、もっと速く走るぞ。何やら異常事態だ」



「わかった」




 駆ける速度に余力を残していたらしいラミィは、おれと共に大きく加速し現場へと急行した。





 鬱蒼とした暗黒の森を抜け、地に生える草の色が正常なものになった感動を置き去りにして、前方に見える村へと引き続き走る。

 ラミィも黒炎に焼かれるその場所を視認出来たらしく、魔王の「獄炎」も知っていたようで焦燥した様子を見せた。



 五分と掛からずに村へ到着する。

 燃え盛る黒が放つ熱を浴びながら村に入っていくと、そこは地獄以外の何物でもなかった。

 そこら中に倒れる、人であった黒い何か。

 未だ焼かれる者の悲鳴が耳を劈く。

 おれでも容易に理解出来る不快さ。




「………これは………酷いな」



「…さすがに、これは無い」




 血で興奮するラミィも、焼死体にまで発情するほど狂ってはいないらしい。


 さてさて…こんなことが出来るヤツは、おれの中では該当者一名である。

 この村を「獄炎」が襲ったのも何らかの理由あってのことなのだろうが、あの魔王が果たしてこれをするだろうか?

「こんなことが出来るヤツ」と言ったがそれは能力的な話であって、性格の点で言えばセレネリアはこの地獄を作り出すには甘すぎる。

 どっちみち、その真実を知るにはまずこの村に下手人が残っているか否かを確認しなければならないな。




「ラミィ、生きてるヤツを探せ。ついでにセレネリアも」



「レナがやったわけじゃない」



「分かってる。とりあえず生者を確保するんだ」




 二方向に分かれて捜索を始める。

 ラミィが「獄炎」に焼かれないか心配だったが、なにやら魔法を唱えて対応していたので安心。

 魔法ごと焼くのが「獄炎」の性質だったハズだが、もしかしてこれは獄炎では無いのか。



 まとわりついてくる漆黒の炎を振り払いながら村を歩いていくと、不意に「獄炎」によるものとはまた違う魔子の揺れを感じ取った。

 急げと叫ぶおれの勘に従って、足早にその揺れを辿る。



 燃やされながらも建ち並ぶ家屋の間を抜けた先には、広場があった。

 恐らく立派な噴水があったであろうそこは、既に噴水の瓦礫を添えた焼け野原になっている。



 ただ、その中心で二つの影が踊っていた。



 片方はこの黒い地獄に似つかわぬ純白。

 もう片方は地獄の景色に溶け込む漆黒。



 神族と、魔王である。



 例に漏れず白い髪を腰まで伸ばした、女性の神族。

 この世界で数日の生活を共にした、美しき魔王。



 多数の魔法陣が展開され繰り広げられる舞踏には一瞬一瞬に命を奪う力が篭っており、両者既に多くの血を流し満身創痍といった状態だ。


 おれがそれを発見して間もなく、その戦いに変化が訪れる。


 神族が魔法陣から生み出した白く輝く槍を間一髪で避けた魔王が、反撃しようと即座に魔法陣を描く。


 だがそこで、神族の視線が魔王から離れて民家の方へ向いた。

 釣られてそちらに目を向ける魔王。

 だがそれはただの釣りでは無かった。

 神族が向いた方向には、今まさに崩れ落ちる瓦礫の下敷きになろうとしている子供がいたのだ。


 魔王の判断は速かった。

 魔法陣を子供の上方へ向け、魔法を放つ。

 落ちる瓦礫よりも迅く空を駆けた斬撃が瓦礫を粉々に切り刻み、一人のか弱い生命が救われた。


 しかし。

 その瞬間、魔王は襲いかかる神族に対応する術を持っていなかった。




「やっぱ、甘々魔王じゃねーか」




 そう呟くと同時におれの立っていた地面が爆ぜる。

 瞬きすら許さない程の間に、神族は吹き飛ばされていた。

 槍をその手に握り魔王を貫こうとしていた神族の、横っ腹を蹴り飛ばしてやったのだ。




「!!?」




 今さっき対峙していた神族とちょうど入れ替わるようにして現れたおれを見て、セレネリアは目を丸くしている。


 吹っ飛ばされた神族は…どれどれ。

 村の建物をぶっ壊して、外まで飛んでったようだ。

 やりすぎたな。




「あ、貴方……なんでここに…」


「暇だったから後をつけてきた。それよりも、何でこんなことになってる?これはお前の『獄炎』か?」


「それは………っ、いえ、今はそれどころじゃないわ。村の人達を助けないと!」




 一瞬だけ辛そうに顔を歪めた魔王だが、すぐに切り替えて人命の救助へと移行する。

 おれと話すのを即座に中止して空へ飛び上がった魔王。

 上から助けを必要とする人を探すようだ。



 その様子を一瞥した後、おれは神族の元へ向かった。

 村の外まで蹴っ飛ばされた神族は、手加減した甲斐あってか原型を留めている。それどころか、生存していた。

 …完全に気絶しているが。


 最初に会った女神以外で初めて見る女の神族だが、どこかセレネリアに似ているような気がするな。

 開いてみたいが…道具も無ければ、今は神王に監視されている状況だ。

 生け捕りにでもしておきたい。


 ふとここで、こいつがセレネリアに似ていることから今回の事件のあらすじが読めた気がした。

 多様な能力を持つ神族だが、恐らくこいつは相手の魔法なり能力なりをコピーする力の持ち主なのではないだろうか。

 そのコピーの力が姿にも若干反映されると仮定したなら、この神族がセレネリアに似ている理由も分かるというもの。

 更には、この神族がセレネリアの「獄炎」をコピーして村を襲ったということで今回の事も説明がつく。

 不可避のハズの炎をラミィが防げていたのも、コピー能力は大体元よりも劣化するってセオリーがあるし納得出来るだろう。

 元凶はこの神族で、おれが出発前に感じた嫌な予感…つまり魔王が神族に狙われるという不安が的中したわけだ。


 神王さんはおれに敵対するのを止めてくれたと思ったが、まだ指示が届いてないのかそれとも神王さんにまだ敵対の意思があるのか。

 何であろうと、魔王の命を脅かしたのは見逃せないな。

 神族にはもっと穏便になって貰いたいもんだが…それも無理そうなくらいキャラ濃かったからな、みんな。

 どうして神族は戦争なんぞするのだろうか…。



 ぐっすり寝ている神族を抱きかかえ、村の中に向かう。

 気付けば黒炎は殆ど消えていた。

 村の中の建物という建物を焼き尽くしたのだろう。

 来た道をそのまま辿っていくと魔王が戦っていた広場に着いたのだが、そこには中々の景色が広がっていた。


 ボロボロになった毛布らしきものが何枚も地面に敷かれ、その上に生存者と思われる村人が寝かせられている。

 地獄の中で生き残ったのは十人か。

 元々の住民数が分からないが、多分相当の数死んだだろうな。

 そして、死なずとも重い傷を負った生存者たち。

 全員意識を失っているようだ。

 四肢が一部欠損した人も見られる。


 その生存者たちに、セレネリアとラミィが必死に治癒魔法と思しき施術を行っていた。




「………っ、はぁ…」




 汗を流しながら一人ずつしっかり治療していく彼女ら。

 魔王は治癒魔法にも長けているらしく、彼女が魔法を発動すれば瞬く間に村人の重い火傷が治っていった。

 ただ、身体の欠損までは完全に治しきれないのと、魔王の体力の消耗が激しいのが問題点と言った所か。


 何も言わず魔王の傍に歩み寄る。




「……!ああ、貴方ね。しばらく近くに居てくれると助かるわ」


「ああ」




 おれは傍らに置くだけで補給できる魔子タンクのようなものなので、居るだけでも力にはなれるだろう。


 おれは狂っている自覚があるが、冷酷なわけではない。

 むしろ人を助けるのには積極的であるべきだと思っている。

 何事も、一度失われてしまえば全く元通りにはならない。

 特に生命は。

 それに含まれる可能性の価値を考えた時、やはり命は助けられて然るべきなのだ。

 自分の研究の為に色々な生物の命を奪ってきたおれが言うのは筋違いだが。




 魔王も集中しているだろうと思って口を噤んでいると、そのまま誰も喋らず時が過ぎた。

 疲労を見せながらではあったが、セレネリアとラミィは生存者十名全ての傷を治して命を繋げることが出来たのだった。

 ちなみに、先程の神との戦闘中にセレネリアが守った子供もしっかりと生きていた。




「……はぁ………取り敢えず、傷は大丈夫ね…。…ああ、亡くなった人たちの遺体を回収しないと……………いや、今は止めておいた方がいいかしら」


「ああ。一旦休め。お前ら相当疲れてるから」


「ラミィは、別に平気。トモに、その、食べさせてもらったから」


「一口くらいの肉でそんな元気出るモンなのか…いや魔子を大量に摂取したからか」


「……確かに疲れてるというのもあるけれど、一番は生きてる村人たちの心を保つためよ…。目覚めてすぐ親しい人の遺体を見るのは…余りにも酷だもの。…それと、残った人たちと遺体を探すことで体力を使わせて、半ば強制的に寝させるの。充分な睡眠は、冷静さを得るために必要だから…」


「なるほど、そこまで考えてんのか。…まぁそれはそうとして、お前もちゃんと休んだ方がいい。見たところ魔子も大分消費してるし、おれの傍で寝てろ」


「………そう、ね………そうするわ。私も、冷静にならなきゃ…」


「距離が近いほど魔子の回復が増えるんだとしたら、おれを抱き枕にしても構わんぞ」


「いえ、遠慮しておくわ…。とりあえず、ちょっと寝るわね。…寝すぎだと思ったら起こして」


「分かった。ちゃんと寝ろよ」




 会話を終えるや否や、魔王は余っていた毛布の上に横たわって睡眠を始めた。


 薄々分かってはいたが、合流してからセレネリアの顔は終始沈痛なものだった。

 当然だ。

 戦争を故意に起こそうとする神族の企みを打破すべく行動していたのに、その神族に自分の魔法を使われて魔族の村を実質的に滅ぼされてしまったのだから。

 神族が魔王の「獄炎」をコピーしたというのはまだ推測の内に過ぎないが、どちらにせよ村を一つ守り切れなかったのだ。

 本人としては、自責の念に駆られているだろう。

 おれは寧ろ、よく十人も生存させたと思うものだが。




「初めて村規模の場所が崩壊してくのを生で見たが…中々酷いもんだな、本当に」



「………ラミィも、争いはよくするけど、弱い人を一方的に殺すのはしたことない。なんていうか、よくない」



「ああ、それで多分正しい。そもそも、無意味に命を奪う行為は悪と断じられて当然だ。神族はこういうことしかやらんのか?」



「こういうことだけじゃない、けど、知られてないだけでもっと酷いことしてると思う」



「んーーー…どうにか改心させたいもんだが…。てか、どうしてこの村が襲われてたんだ」



「レナに話聞いた。この村を通り掛かる前に神が襲ってきて、けっこう強かったから『獄炎』使ったんだって。そしたら、何故かそいつも使えるようになって、急に村に向かって攻撃し出した。多分『加護』の力だって言ってたけど、そんな『加護』は神智一廻の誰も持ってないし、そもそもその神のことを全く知らなかったんだって」




 おれの予想は当たっていたようだ。

 コピー能力を持った神族。

 確か、特殊能力を持つ神族は「神智一廻」以上の実力を持つヤツだけという話を魔王から聞いた覚えがある。

 そんでもって、魔王が知る限りの神智一廻にコピー能力者は居ないと。

 つまり完全な新手だったというわけだ。

 何とも非道い話である。

 コピー能力など初見で見破れるハズもなく、消えない炎を村に放たれてしまった。

 これはヘコむな…。






 手持ち無沙汰というか、別段やることも無いので魔王の傍に座りながら村を観察する。


 村と言っても、あるのは焼け野原と黒い瓦礫だけだが。










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