一難去って
神々の王を撃退した。
今回の相手はめちゃめちゃ強かった。
なんてったって腕を切断させられたからな。
最終的に腕を斬ったのはおれの意思だけど、レーザーですら傷が付かないおれの身体を斬ることが出来るのは神王くらいのものなんじゃないだろうか。
もしこんなのにまた襲われたら、誰かを守りながらじゃ到底太刀打ち出来ない。
これからヤバいパーティの仲間を増やしていく予定だし、強くならなくては。
そのために日々の魔球吸収に加えて、魔法を覚えることにした。
さて、問題はどうやって魔法を習得するかだが、まぁ魔王が居るから問題無いだろう。
一度あいつに魔法を教えてと頼んだことがあるが、さらっと断られた。
理由は分からんが、今回のおれは本気だ。
教えて貰えるよう全力で頼めば、承諾してくれるだろう。
甘々魔王だし。
と魔王のことを考えると、そういえばあいつは今出掛けているのだったと思い出した。
更に言えば、それをこっそり追いかけようとしていた所だったのだ。
神王が来て色々大変だったせいで忘れてしまっていた。
「ちょっと休んでから、魔王の追跡を再開するぞ。怪我とかは無いよな?」
そう言いながら右手で抱きかかえるラミィを見やる。
すると、変化が起きていた。
獣の本能とか何とかいう力を使おうと集中していたラミィは、先程周囲の空気を揺らすほどのエネルギーを発していた。
だが今はピッタリ収まっている。
ただの可愛らしいネコ娘だ。
目がヤバくなっていることを除けば。
「………あ〜」
正気を失った目が見つめるのは、少し先の地面。
そこには、おれの切断された左腕が落ちていた。
おれの血がべっとりと付着している。
そういえば、今日朝飯食べてなかったな。
そんでもって神王に対抗するため、獣王の能力を発揮しようと体力を使ったハズだ。
腹減ってるだろうなー、と思ったところでGOサインを出してやろうとすると、なんと。
「トモ………、あれ、……食べて、いい?」
息を貪欲に弾ませ、ぐるぐる目でこちらを見つめるラミィ。
会話出来るほど理性が保てている、だと。
前回よりも限界状態では無いからか?
血を見たら問答無用でおかしくなると思っていたが、案外そうでもないらしい。
やはり王というだけあって理性を保つよう制御する力には長けているのだろうか。
いや、そもそも血を見て興奮する王が居てたまるかって話なんだけど。
………ここでもっと血を見せたら、理性が吹き飛ぶだろうか。
「いいや。ダメだ」
「な、何で、ぇ…」
「神王を退けた祝いだ。あんな地べたに落ちたやつじゃなく、おれの腕を直接食っていいぞ」
「!!!」
さすがに腕をそのまま食われるとなると相当の痛みが生じるだろうが、そんなことは意識の外だ。
それよりも、この獣娘がどこまで狂えるのかを知っておきたいという気持ちが勝る。
先日おれがセレネリアに腕を切断してもらった時の興奮具合から判断するに、血が吹き出したりする生々しいシーンが好きなのだろう。
なれば、もはや動かぬ切断済みの腕よりも、実際に血が巡っている腕の方により強く興奮状態を示すと思った。
「さぁ。食え」
「はぁっ、はぁ、はっ、はっ」
おれが差し出した左腕を凝視して息を荒くしていくラミィ。
そっと両手をおれの腕に添えて、噛み付く体勢に入った。
そういえば、わざわざ魔王に腕を切断させなくてもこいつに直で食わせれば良かったんじゃないかと今になって思い立ったが、まぁ結果オーライって感じでいいか。
変に考えて結果的に回り道になってしまうのを防ぐためにもっと広い思考を…なんて適当なことを考えていると、左腕に痛みが走った。
ブシュッと音を立てて鮮血が吹き出す。
ラミィがおれの腕に噛み付いたのだ。
血の噴水のような光景を目の前に、ラミィは更に目をヤバくして顎に力を込めた。
強く紅潮した顔にはおれの血が飛び散り、白い髪と真逆の鮮烈な色を刻んでいく。
そのギャップというかコントラストというか、雪のように繊細で美しい少女が血に塗れる姿には、筆舌に尽くし難い芸術性がある。
腕を鋭い牙で噛みちぎられる痛みは中々のものだが、それすら気にならないほどにその姿は感銘を与えてくれた。
刺激的な画を作り出すラミィを凝視していると、ついに一口目を完全に噛み切った。
ブチンッという筋肉やら何やらが千切れる音を放ちながら食われたおれの左腕は、骨が見えるところまで取られたようだ。
すると、その肉を咀嚼しているラミィがぺたんと座り込んだ。肉を口に含みながらも段々と呼吸を激しくしていき、その真っ赤な顔で食いちぎった部分をガン見していると思ったのも束の間。
大きく痙攣して、倒れてしまった。
「!?」
何かヤバいことが起きたのだろうか。
おれの身体に毒が巡っていたとか。
…いや、さすがにそれは無いと思うけど、多すぎる魔子が害を及ぼす可能性も無いとは言い切れない。
セレネリアが倒れた時の事を思い出してヒヤッとする。
…が。
倒れたラミィの顔を覗き込むと、恍惚な表情で乱れた呼吸を整えていた。
………………これは、まぁ大丈夫そうだな。
興奮が頂点に達しただけだ。ノープロブレム。
「………一応聞くけど、大丈夫か?」
「……だい、じょ、ぶっ…、」
未だ荒げな息を間に入れつつ、辿々しく応答するラミィ。
紅潮した顔、滴る汗、乱れた服等々、ちょっと見ちゃいけない感じがしたのでとりあえず目を逸らしておく。
食いちぎられた左腕を見ると、既に再生が始まっていた。
にしても本当に常軌を逸した身体だ。
魔子というものについてまだまだ理解が浅く、これ程までの能力を人体に与えるその仕組みは未だに謎である。
深く研究してみたいものだ。
しかし、前の世界で物質を構成する極小単位である「量子」について調べてみたものの、本質が分からなかった。
それは当然だ。
小さすぎて視認出来ないのだから。
こちらの世界の「魔子」だって同じで、粒が見えはするものの小さいためその中身までは詳しく分からない。
「この世の全てが魔子で出来ているといっても過言ではない」とはセレネリアの談だが、果たしてこの世界では原子までもが魔子で出来ているのだろうか。
それとも魔子は何らかの原子によって構成されているのか。
魔子は最小単位なのだろうか?
疑問は尽きないが、それを調べるにはやはりこんな森の中(今はもう広範囲に渡って更地だが)では難しい。
まずはこの世界において既に解明された情報を詳しく知る必要があるのだ。
魔王の知識だけでは恐らく足りないため、やはり魔法の習得も兼ねて早いところ魔族の国に行きたいものだ。
ふとラミィが立ち上がった。
といっても、震える膝を押さえつつだけど。
「おいおい…大丈夫かよ…。ちょっと部屋で休め」
「……うん…ごめん」
「空腹はどうだ?さすがに肉一口分じゃ足りないだろ」
「大丈夫…、もう満足、したから」
ラミィの肩を支えつつ部屋に連れて行く。
ベッドに寝かせて、落ち着くのを待つことにした。
……いやー、にしても凄い荒れ具合だった。
あとは人前でこれが発動するかどうかだな。
大衆の前で狂わせたい。
ラミィの尊厳的な面で可哀想だと思う気持ちも無いわけではないが、好奇心には勝てない。
いつか一度でいいからやろう。
ぼーっとしていると、ふと気になっていたことを思い出した。
ラミィがおれを名前で呼ぶことに対して、セレネリアが大袈裟な反応を見せていた時のあれだ。
おれは聡明なのでその背景が容易に理解出来る。
獣族の習性だろう。
相手の名前を呼ぶことは、すなわち自分が添い遂げる相手であることを示すのだ。
求婚の意思を名前呼びによって表すのである。
人間からすれば、というよりも前の世界の住人からすれば有り得ないことだが、セレネリアの反応具合と「ちゃんと考えなさいよ」的なことを言ってたのも加味してこれは間違いないだろう。
恋愛感情には疎いが、鈍感というわけでは無いのだおれは。
我ながら完璧な予測である。
「違う」
否定された。
「なんだと………ただの勘違い……!?」
「ちょっとだけ違う」
「どういうことだ」
「言うのはちょっと、恥ずかしい……。レナに聞いて」
「勿体ぶらずに教えてくれ。名前呼びにどんな意味が?求婚以外で恥ずかしがることなんて無いだろ」
「……いいから。レナに聞いて。今から追いかけて」
「お前まだ落ち着いて無いだろ。お前を残しては行けない」
「…………」
「また神王みたいなヤツが来たらどうする。とりあえず、常に一緒に行動することを頭に置いておかないと簡単にやられるぞ」
「…わかってる。でも名前のことについては、レナに聞いて」
「そんな恥ずかしいものか…?……まぁいいや。早いとこ回復してくれ」
「うん」
神王の襲撃に加え、ラミィが興奮で疲れてしまった。
セレネリアを追うに当たって横槍が多すぎる。
なんか悪い予感が……というのは考えすぎだとしても、今回神王にラミィが狙われたことで魔王の方にも若干心配が向いた。
そもそもだ。
勇者と神が手を組み、そいつらに瀕死にまで追い込まれた魔王。
神に追われ、殺される寸前だった獣王。
神族は、何やらそれぞれの種族の王を抹殺しにかかるような行動を見せている。
魔族の国や獣族の国の安否は未だ分からないが、少なくとも勇者と神は魔王城を直接襲撃していたし、ラミィは単騎で神に追走されていた。
神々が、王を執拗に狙っているというのが分かる。
セレネリアは、神族が勇者を使って戦争を起こそうとしている的なことを予測していた。
ただ、獣王も狙われていたとなると話は大きくなる。
戦争してたのは人族と魔族だったハズだが、もしかしたら獣族や他の種族までも合わせて戦わせようとしているのでは。
それはつまり、世界の戦争である。
それぞれの種族の民を戦争へと導くためには、王の存在は邪魔だ。
セレネリアはそんな企み絶対に止めようとする、というか今実際に止めようとしている。
ラミィは戦争好きそうだが、神の言いなりになってまで争いを起こさないだろう。
こいつらが神に狙われるのも分かるというもの。
なら、今現在一人になっているセレネリアが神族に狙われる可能性も考慮の外には置けない。
最初は興味本位だけでセレネリアを追おうとしたが、若干の懸念も今更ながら生まれた。
これは、急いで駆けつけるべきなのかもしれない…。
それから少しの時間身体を休ませて、ラミィが動けるようになった。
ささっと準備を整え、おれたちはセレネリアの出掛けていった方向へ走り出したのだった。
第一章がそろそろ終わります。
一章と二章の合間に軽いキャラデザを公開したいと思いますので、ご期待願えれば!