95.挑むモノ
少し小さな部屋には、いっぱいの木の匂いが詰まっており、深呼吸すると自然と心が落ち着くような気がする。
気がするのだが、雰囲気は和やかとは言い難く各々はやや緊張の面持ちの面々が並んでいる。
部屋の中央に鎮座する机を挟んで幼女と青年が、双方の後ろには端正な顔立ちの女性が二人立っていた。
青年こと、シロガネツムギは僅かばかり思案しているようだった。
「亜人の…保護?」
「あぁ。現在クレアにいるワシ達の同胞を助けてやってくれんか。」
幼女ことイクリール曰く、人間排斥派と融和派の争いに巻き込まれた亜人が多数いるらしく、それらの救出をして欲しいとの事だった。
「もちろん、その間の援助は惜しまぬし、報奨も用意しよう。」
「報酬…ですか。」
「なんじゃ、歯切れの悪い。」
「いえ…。」
正直なところツムギに欲しいものは特になかった。
強いて言えば情報だろうか。
しかし、その情報も足で探せばなんとかなると思っている。
「マスターちゃん、次行く都市とかもう決まってるの?」
「あー、あぁなるほど。」
ヴィルマが言っているのは報奨に次の都市への通行証を貰えばどうか、と言うことだろう。
クレアへの通行証はフェリがラピスグラスのギルドマスターと掛け合って手に入れてくれていた。
けれど、フェリとアニスタは今後も僕らに同行するのだろうか。
宿に戻ったら聞いてみよう。
「なんなら報奨にワシをもらってくれても良いんじゃぞ。」
ぱちんとウインクする賢王。
突然の申し出にシャルロットさんも口をあんぐりと開けている。
見た目愛らしい幼女なだけに、微笑ましさを感じるがそもそも彼女、初対面であの厳ついグリフォンの姿をしていたんだよな。
ご冗談を。と返そうとしていると、ふと腕輪から声が響く。
「ご主人様には、あたしがいますので大丈夫です!」
「…やはり…。やっと姿を現したの。魔王の娘よ。」
ふっと優しく微笑む賢王。
にしても、彼女は魔王を知っているのか。
すぐに笑みを戻し、少し視線を落とす。
魔王の末路を思い出してのことだろうか。
対するナツミは、そんなイクリールの姿も見えていないのか、途端にギクシャクし始める。
逆に怪しいぞそれ。
「なななな、なんの事ですかね…。」
「誤魔化すでない。ワシは魔王城にも謁見したこともある。…お主のことも知っておる。ローナ様。…すまなかった。」
賢王は視線を落としたまま、言葉を続けていく。
「謝らないでください。あたしは子供で何も知らず何もできずに一度死んで、ご主人様に助けられてここにいます。それに、その瞬間を私が覚えているわけではないんです。」
ナツミは、厳密に言えば死んだローナ=ツィルフェルミナではなく、死ぬ前に意識を写した人格だ。
例えて言うなら、死ぬ前のセーブデータのようなものなので、死んだときのデータとは異なる記憶なので、当事者であって当事者ではないと言える。
「だからこそ、あたしはローナ=ツィルフェルミナでなく、ナツミとしてここにいるんです。」
「それでも、ワシは言わなければならん。亜人を守護する槍のひとつを預かる身の者として。」
…なんか、そんな話があった気もする。
なんだったか。
確か魔王様の遺書か何かに書いていた気がする。
「その土地の先住民に、土地を守護するすべを授けた…だったかな。それが槍ですか?」
「いかにも。それらは七魔槍と呼ばれており、曲がることも折れることも、刃こぼれすることもない。万が一があったとき、近衛兵が使えるように普段から槍を教えておるんじゃな。」
そう言えば、レティとの御前試合でシャルロットさんは槍を使っていたな。
「…ワシは魔王様から七魔槍の一つを賜った。故にこそ、あの日ワシは魔王様の元に向かわねばならなかった。」
まるで、懺悔のように小さく悲痛な声で話は続く。
僕らは黙って聞くしかなかった。
「けれどな。亜人の拠点にも人は押し寄せてきた。ワシがあれらを打ち倒し、魔王城に飛んだ頃には既に遅かった。崩れ落ちた城下町を抜け、魔王城に向かうとそこには魔物が居た。」
そのとき既にダンジョン化し始めていた…と。
廃墟と化した魔王のお膝元を目の当たりにして、それでも尚、魔王城を探索し、部下に引きずられるように戻ってきたのだという。
「亜人はその後、魔王の庇護を失くし各地に散り散りに散っていった。」
「それにしては、今、亜人と人はそれほど争っていないですよね?」
「内乱が起こってる都市内でようそんなこと言えるの。まぁ、ええわ。魔王が討たれる間際に勇者との間にある契約が交わされたらしい。詳しくは本人から聞くしかないの…。」
本人と言うことは、魔王に直接手を下した二人の勇者。
そのうち一人からは丁度今僕が逃げている所である。
…と言うことは、もう一人。
「土塊の勇者…かなぁ。」
「ご主人様が聞くとすればそっちですよね。もう一人の方はなんか、ご主人様の事を目の敵にしてますし。」
「何もしてないんだけどな。」
そもそも紅蓮の勇者に追われていなければ、もっと自由にこの異世界を旅できたのだと思うと、少しばかり腹が立つ。
「亜人の守護を任された身としては、わしが直接クレアに乗り込んで、蹴散らしてやりたいのじゃが、それをすると十中八九、勇者が出てきてしまう。じゃからーー」
「だから、僕たちに…と言うことですね。」
「そう。無理を言ってるとは思う。ローナ様の事もある。内乱とはいえ、戦地に赴くのも好まぬだろう。けれど、それも踏まえ…頼めぬか。」
クレア周辺は内乱の影響で既に他国との交通が断絶されており、どの町村にも、よそ者は多くない。
その上殆どが商人であり、亜人を救出できるほどの力をもつ者も少ない。
居たとしても、融和派か人間排斥派に属していることが多く、クレア内では辺境であり、他都市との外交で栄えたハウォルティアは、目まぐるしく戦況が変わる内乱において、遅きに失していたのである。
「舐めないで下さい。あたしはナツミです。トリアリンブルダンジョンでも戦ってきました。それに、困ってる人が居るんですよね?なら、ご主人様が放っておく事は無いです。ね!ご主人様!」
ナツミからの期待の眼差し。
そこまで期待されても困る気持ちもある。
そして、ナツミを引っ張り出し、僕らをクレアの内乱に一枚噛ませるつもりたったのなら、賢王様の目論みは正しく達成されたと言えよう。
「…わかりました。保護対象と分かるものは何かあるんですか?」
「そうじゃな。ワシらとあやつらは『独立派』と呼ばれておる。」
「独立派?」
その言い方だと、目の前の賢王を含めクレアから抜けようとしているような物言いではないか。
「いかにも。ワシらは亜人のための都市を作ろうと思っておる。魔王の庇護があったときのように、な。そのためには同胞を救った後、内乱を制圧する必要がある。クレアに、他の都市に存在を示さなければならない。」
賢王イクリールの眼光は鋭く、王としての存在感を遺憾なく発揮していた。
やっと、亜人を守護する物の話を出せました。
上記の話は確か11話辺りで言われていました。