89.ようこそハウォルティアへ
万象の樹を見上げていると、彼方から猛スピードでこちらに飛んでくる影を見つける。
それはもう凄まじい勢いと形相で。
「リオネル!レフリオ!」
「「ひぃ…。」」
「リヴとマインに逃げられたらしいな!子供にまんまと逃げ仰せられるとは、体が鈍ったか?今からトレーニングでも一緒にやるか?」
「…いえ、大丈夫です。」
「俺たちは彼らを賢王へ合わせる予定がありますので…。」
彼女はハーピーの二人によく似た黄褐色の髪色をしているのだが、その腕は人の腕そのものである。
上腕があり、前腕があって五指もある。
そう、その黄褐色の髪がまるで翼のように広がり羽ばたいていたのである。
キリッとした目尻は、性格がややキツそうに見えるのだが、姉御肌とでも言おうか、そんな雰囲気も感じる事ができる。
彼女は主張の激しい胸部を保有しており、尚且つ纏っているのは軽鎧であるので所々体のラインも目立つ。
凶悪な双丘は羽ばたく度に揺れているので、大変に目の毒であった。
「お客人か。じぶんはシャルロット=コールブランドと言う者だ。本日は何用で?」
「丁寧にどうも。僕はシロガネ ツムギというものです。今日お邪魔したのは、用事としては二つ。一つがこの後ろの山が関係してまして。」
クイと視線をやると、シャルロットさんも釣られてそちらに目を向ける。
シャルロットさんはそれほど驚かず、数人の顔を確認していく。
「こいつらをどこで?」
「リヴ、マインと共に狩猟場の辺りで襲われたのです。ツムギ一行の助力が無ければ、我々は帰ることは叶わなかったでしょう。」
シャルロットさんはふむと納得し、立ち上がると僕の方へと向き直る。
「どうやら色々世話になったようだな。どれ、長旅で疲れたろう。リオネル、レフリオ、彼らはじぶんが賢王の所に案内しよう。宿も決まっては居ないだろうし、それらもじぶんに任せてもらおうか。」
「お気遣い感謝致します。ただもう一つ、ハウォルティアに来たのは理由があります。」
「そうですよ、ロッティ!こいつらーー」
「任務中は愛称で呼ぶな。で、その理由とは?」
「えぇと、ハウォルティアでこの間、子供の誘拐事件があったと存じています。」
話を切り出すとシャルロットさんは怪訝な顔をする。
当然と言えば当然の反応だ。
突然外から来たものが、誘拐事件と言う陰惨な出来事に触れること自体が怪しいのである。
「…それが?」
「僕らはその誘拐犯とラピスグラスにて交戦、数人残して殲滅し、誘拐されたであろう子供達を保護しました。その後に子供達を親元に返すためにここまで来させていただきました。」
「それは本当の話か?お前達が誘拐したのではないのか?」
「残念ながら、僕たちにそれを証明する手だてはありません。強いて言うなら子供達の証言、となるでしょうけれど。ですので、僕たちがハウォルティアに害をなす存在であると思うのであれば、そのように動いてもらっても問題ありません。もちろん、僕らは抵抗させていただきますが…。」
シャルロットさんは伺うようにリオネルさん達に目をやるが、当のリオネルさん達は先ほど手を出して、呆気なく無力化されてしまったので首を横に振るしかないのだろう。
「ふむ…。取り敢えず子供達と会わせてもらっても良いかな?」
「それはもちろん。レティ、ヴィルマ、子供達の様子は?」
荷馬車で子供達の世話をしていた二人はひょっこりと顔を出してくる。
「皆疲れて眠ってますよ。彼女達と会ったことで気が緩んだんでしょう。」
こっそりと荷馬車を覗くと、ヴィルマが眠る子供に囲まれて身動きが取れなくなっていた。
精神年齢が近いからか、気に入られたのだろう。
「ヴィルマ、大丈夫か?」
「もちろん。子供は可愛いねぇ。マスターちゃんも子供が出来たらヴィルマちゃん面倒見るからね。」
「誰との子供だよ。」
「それはもちろんボク。」
「フェリかも知れませんよぉ?」
この話の流れはレティが混ざって混沌としてくると確信したので、遠ざかることにする。
素直に好意を向けてもらえるのは、嬉しいし恥ずかしいが、本気であるかが図ることができないため、冗談半分で受け止めることにしている。
その様子をさらに後ろから眺めていたシャルロットさんは、からからと笑っている。
リオネルさんとレフリオさんからは、何だか念の籠った視線が注がれている気がするけれど。
「可愛い女の子にあんなこと言われてやがる。」
「うらやまけしからん。」
念の籠った視線も気のせいだろう。
「ははは、人となりはもう少し付き合わなければわからんが、ツムギが善人であることは確かなようだ。あいわかった。リオネル。程好いところで子供達を起こして、親御さんの所へ連れていってやると良い。ツムギよ、そちらの人員も何人か借りていっても良いか?」
「えぇ、それなら旅の間一緒にいたレティとヴィルマ、ラピスグラスで世話役をやっていたライカに任せましょう。」
「おいら?」
「あぁ、任しても良いか?」
「もちろん。このために、あいつらを世話してたんだからな!」
ライカは人好きのする満面の笑みで返答してくれる。
ぐりぐりと頭を撫でてやると、尻尾が千切れんばかりにはためく。
かわいいやつだ。
「レフリオは先に賢王へ彼らのことと謁見する旨を伝達してくれ。ツムギ達はじぶんと来てもらおう。宿を先に案内しよう。レフリオが戻って来次第、賢王に会わせよう。」
「シャルロットさん、そう言えば賢王ってどのような人物なんですか?勇者とかではない…んですよね?」
この賢王という人物がクレアの勇者ないし、それに連なる人物立った場合、僕も命がけで会う必要が出てきてしまうのだ。
「勇者?あぁ、七大都市のトップの話か。それらとは全く異なるよ。彼女は樹林公国クレアすらをすっぽり覆っている『大森林ヴィドフニル』に昔からいる賢者の末裔だ。」
「それは長い歴史があるんですね。」
「それはもう。元々はエルダーエルフの車を引く役目を担っていたのだが、ある時に人化を会得し、エルダーエルフの相談役を担っていたため、後に賢者の任を与えられた、と伝わっている。」
エルダーエルフは長命だ。
どれだけ昔の話なのだろう。
「ちなみに賢王イクリール様達もグリフォンなのでエルフ程は長生きだ。」
「グリフォン?」
「そう、賢王イクリール様はグリフォンの人化した姿である。まぁもうすぐ謁見するのだ、宿まで歩きながら説明しよう。」
くるりと踵を返し、シャルロットさんは進み始める。
レフリオさんはシャルロットさんの一声を受けて、町中へ駆けていく。
ヴィルマや子供達を乗せた馬車とレティはリオネルさんの後ろについて、一度町中を巡る。
誘拐された子供達の家は把握しているらしく、確かな足取りである。
僕とナツミ、フェリ、アニスタ、リュカとルガル、ソフィアが残る。
「暴漢は放置で良い。どうせ謁見の後に処理するからな。ツムギ、さぁ着いてきてくれ。」
シャルロットの声で僕らはハウォルティアの中に進んでいく。
立ち並ぶ大樹は『万象の樹』程ではないがどれも巨木であり、その中がくり貫かれ家になっている。
様々な商店や屋台もあり、ラピスグラスに負けず劣らずの活気を醸し出していた。
町の中央には大きな広場があり、そこでは多種多様な亜人の子供が遊び、周囲には親も親でない大人も、子供達の挙動を微笑ましく見守っていた。
「外で遊べないのは子供達にとってはやや窮屈ではあるだろうが、誘拐に内乱と予期せぬ出来事が増えている。個人々々が皆を守る強い意思の元で、生活するしかないのだ。おかげで幾分か安心感のある町になっているよ。」
「そうみたいですね。ピリピリとした緊張だけでないのは、よくわかります。」
ここまで人が団結出来ているのは、仮想敵である人間排斥派の存在と、賢王の存在であろう。
どんな人物だろう。
シャルロットさんは女性と言っていたから、壮年の凛としたお婆様なのだろうか。
想像すると少し緊張してきた。
「案外小さな女の子だったりして。」
ソフィアがポツリと呟く。
玉座に座る幼女…。
それはそれで、ちぐはぐで面白いかもしれないけれど、そこまでファンタジーでは無いだろう。
未だ見ぬ賢王に思いを馳せ歩いていると、一つの巨木、宿屋に到着した。
「では、またな。レフリオにはここに連絡しに来るよう伝えておく。」
シャルロットさんはふわりと飛び上がると、一直線に飛び去っていった。
さて、チェックインしようか。
シャルロットさんはオフの時は黄褐色の髪を高い位置でポニーテールにしているそうな。




