87.物騒な領域
かっぽかっぽと馬の歩く音だけが森の中に響く。
時折ガサガサと聞こえるのはウェアウルフの歩みか小さな魔物の移動する音か。
心地のよい静寂が辺りを支配していた。
「静かですね。」
「結界を越えたら何かしらのアクションがあるかもと警戒してたんだけどね。」
ラピスグラスを出る前から続く胸騒ぎは杞憂だったかと、ぼんやり周囲を眺めていると、子供達の中から声が飛ぶ。
「お兄ちゃん、なんか居る。」
クネムの視線は目隠し越しに、そのまま森の奥を見つめているように見える。
彼女の眼は魔力が見えすぎるため、目隠しにより強制的に視界を遮っているのである。
ツムギも彼女に習い、魔力を視るべくスキルを発動させる。
『魔眼』
こちらに至ろうとする魔力は極めて多く、一個小隊程(約50人)の魔力が、円を描くように何かを囲んでいるのが見えた。
「御者さん。止まってもらって良いですか。皆は少し身を隠して、何かあったらレティ、ヴィルマ、頼むよ。リュカ、ルガル、ライカ!背に乗せたままで悪いが牽制して欲しい。僕も出る!」
囲まれている何か。
それもまた魔力を帯びた人であった。
近づくにつれ、数人の人が囲まれている事が目視でも確認できた。
周囲を取り囲むのは野盗同然の姿をした亜人であった。
棍棒や鉈のような剣を振り回し、中央にいる人影に殺到する。
中央にはローブを纏い縮こまっているのであろう影が二つとそれを取り囲むように、二人の騎士然とした者が盾と剣を駆使して攻撃を受け流している。
「遠距離ならまず、うちが出る。ルガルお願い!」
「承知。」
『突風』
アニスタは一呼吸で、杖に魔力を込めて突風を放つ。
暴風ともなり得るほどの風圧を一方向へと向けて放つそれは、所謂空気砲のように、直線上にいる暴漢を弾き飛ばした。
「よし、みんなやっちゃって!」
そこからは一方的で、簡単なものだった。
獲物を追い詰めたはずの暴漢達は後ろからの奇襲により統制を取る間も無く、制圧された。
「物足りないですぅ。」
「ツムだけでもよかった。」
二人とも嬉々として暴れてた気がするんだけど。
ソフィアが撹乱しつつ誘導、フェリが足で蹴り倒す。
手際良すぎて、どこかで練習してたのか疑うレベルでしたよ。
「ご主人様も人の事言えないですよ。」
「ナツミもね。」
肩口から広げた金属による広域制圧に加え、ナツミの金属触手による取りこぼしの捕縛。
大雑把にも連携がとれるようになったのかもしれない。
「主!逃げたやつらもこれで最後だ。」
リュカ達が気安く放り投げた亜人は四人。
ナツミが素早く手足を縛り、暴漢の山に放り投げる。
無血制圧。
襲っていた彼らからすれば、あまりにもお粗末な幕切れではあったのだろうが、生きてるだけマシだと思って欲しい。
「で、この山は一旦置いておいて、彼らはどうします?」
アニスタが指を指すのは襲われていた騎士と…。
「子供?」
「見たいですねぇ。騎士さん、ちょっとお話良いですか?」
呆然としていたのか、フェリの言葉により我に返る騎士。
その鎧は銀ではあるが、全身余すところなく艶消しがなされている。
森の中で姿を隠すための処置だろう。
彼らは即座に僕らに剣を向ける。
「き、貴様らは何者だ。」
「僕たちは冒険者、旅の者です。大丈夫でしたか?どこか怪我などされていませんか?」
「…大丈夫だ。」
騎士は一人が僕と会話し、もう一人がローブに身を包んだ子供二人を守るように立つ。
ずいぶん警戒してるな。
「最近は大変みたいですね。」
「あ、あぁ。」
「クレアに向かおうと思っていたのですが、時勢的に難しそうですかね。」
「クレアに?正気か?今あそこは勇者が率いる討伐隊とさっきの反乱軍が入り乱れて酷い有り様だぞ。悪いことは言わないからクレアは止めておけ。」
聞いていると、どうやら彼らは天を貫くほどの巨木の周囲を拠点とする融和派とも人間排斥派とも異なる派閥であるらしく、内乱もやや他人事のように話をしてくれた。
ぼそりとフェリが耳打ちをする。
「お兄さん、確か彼らの言う巨木はクレアにあるダンジョン、ノスフルヴァニアダンジョンの入り口のはずですぅ。」
「え?ダンジョンってギルドが管理してるんじゃないの?」
「あれは本来はエルダーエルフ達の持ち物になるんです。名目上ギルド預かりで、ダンジョンの管理を元々の所有者に委託するような形で、表向きはギルド所有としているんですよ。」
「何でそんなややこしいことを。」
「冒険者の管理とダンジョンの管理を同時に行うためとかなんとかアニスタは言ってた気がしますけどぉ…。」
なるほど。
一般人がダンジョンに入らないようにするためだったり、定期的にダンジョンの様子を見たりするためか。
で、彼らがその管理を委託されている住人だと言うことね。
「ここであったのも何かの縁です。その巨木の拠点まで送らせて貰いますよ。彼らの引き渡しもありますし。」
騎士達は少し悩み会話を重ねている。
そりゃ助けてもらった上に送ってやると冒険者に言われたら、警戒もするか。
拠点に入ってから暴れられても困るしな。
「ツム、彼らに子供達の話してみたら?」
あ、そうか。
それなら子供達の親も見つかるかもしれないし、クレア領域内で多少ツラい思いもしなくて済むかもしれない。
「貴方達は子供が連れ去られた話とか知りませんか?」
「なぜそれを。」
「僕たちはその子供達を返しに来たんです。ただ、親の手がかりもなく。良ければ助けていたーーー」
騎士は突然、懐の剣を抜き放ちツムギへと振りかぶる。
ツムギが受け止めようと片手を上げるが、その前にナツミの触手によって剣が絡め取られ、そのまま『吸収』されてしまう。
「ぐっ…貴様、やはり子供達を…。」
「僕らは子供達を保護して親に返すためにここまで来ました。」
「信用できるものか。」
騎士の目がチラと僕の後ろを見たような気がした。
「じゃあ、馬車まで貴方達が来てください。僕らはそこで引き渡してもいいんですから。」
「無論、そうさせてもらう。」
無手になった騎士と、二人の子供を守る騎士を連れて来た道を戻る。
誘拐された子供を返しに来ましたって言ったらこうなるとは思ってたよ。
クレアまで遠かった。(まだ着いてない。)